不器用な気持ち

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「だから、これっぽっちじゃたりねーんだよ!肉おかわり!」

食堂にいつものことながらラギの声が響き渡る。
その声を聞きつけて、また怒ってる、しょうがないな〜と思いつつも愛しく思う人の、その声に釣られるように自分の分の食事を持って向かう。
むすっとおかわりを待つラギの目の前の席にトレーを置いて、、ようやくルルに気づいたラギに、

「もう、また響き渡ってたよ!プーペさんだって一生懸命お仕事してるんだからもっと優しく、ね?」
「うるせー、いつも足りないって言ってんだから、最初から多めにしておくべきなんだよ!」
「・・・・・・十分過ぎる程だと思うけど」
「あ?何か言ったか?」
「ううん!何でもない!」

その時ようやく給仕のプーペがラギにおかわりを運んで来て、それを嬉しそうにどんどん平らげていくラギ。

・・・本当によく食べるよね。

その小さめの(ラギには絶対言えないけど)、細身の体のどこにそんなに食べ物を入れるところがあるのだろう?
不思議だけど…でも…

たまには、ああやっておかわり!って言うことなくそのままご機嫌に食べてほしいな。

そんなことをふと考えついたらどんどん頭の中にそのことが膨らんでいく。

ラギには試験でもお世話になったし…でも外で食べるのはちょっと手持ちがな〜…
いっそ、食堂の調理場を借りて私が作ってみる?

料理は上手とは言えないけど、それでも…ラぎが喜んでくれるのなら頑張って作ってみたい。

・・・・・うんうん!決めた!ラギのためにご飯いっぱい作ってみよう!

そうと考えたらもう落ち着かない。もぐもぐと急いでご飯を口に詰め込み、ぱぱっと食事を済ませるとルルは勢いよく立ちあがって、食器を片づけようとする。

「?お、おい、ルル。ちょっと待てよ、一緒に・・・」
「ごめんね!ラギ、ちょっと用事があるの!今度はゆっくり食べようね!」

ぽかんとするラギを置いてルルは片付けを済ませ、一目散に図書室へ向かった。


「う〜〜〜〜ん・・・お料理の本ってこんなにあるのね・・・」

目の前にずらっと並ばれたレシピ本の数々…でもいろいろありすぎて一体どれを作っていいかわからない。
「わ〜どれもこれもおいしそう!問題は私が作れるのかってところだけど…」

ぱらぱらっとページをめくって見るものの、やっぱりこれは!と思う見栄えな料理はそれなりに過程も複雑そうで…
「う〜ん・・・よくわからない言葉は山ほどあるわ!どうしようかな・・・」

うろうろうろうろ…めぼしい本は片っ端から取って机の上に並べて見るものの、いっぱい作るならちゃんとバランスを考えて献立なども考えなくてはいけないし…
ルルの頭から湯気がでそうになった時、

「・・・・あなたは、一体何をしているんですか?」
「?エスト!何って?」
「図書室の机の上にこんなに雑に本を置かれては調べ物ができません。迷惑です」
「あっそうか!ごめんね!」

急いで本を集めて、きれいに重ねていくと、エストは呆れながら立ち去ろうとする。ルルはその手をぐっと掴んで引きとめる。

「待ってエスト、ちょっと聞きたいことがあるの!」
「・・・僕にはありません」
「私にあるの!あのね・・・」
「聞くとは言っていません」
「う〜でもこのままじゃ終わらないよ…ちょっと意見を聞きたいだけなの、お願い!」
「・・・・放っておきたいところですけど、そうするとまた机の上を乱雑にして迷惑をかけそうですね、何ですか?」
「あ、ありがとう!あのね・・・エストは彼女が手作りの料理作ってくれるならどんなのが食べたい?」
「・・・・・・・・・・・・・・今の、空耳でしょうか」

無表情な中に、明らかに迷惑そうな色を込めてルルを見返してくるエストに、
「ねえ、どんなのが食べたい?」
としつこく聞いてくるルル。

・・・・・声をかけなければよかった・・・

エストが後悔してももう遅い。期待を込めてじっとエストの答えを待つルルに、はあっと溜息をひとつ吐くと、

「・・・ラギさんに作るのでしょう?」
「うんうん!どうしてわかったの!」
「わからない人はいないと思いますよ。・・・あなたが作れば何でも喜ぶんじゃないですか」
「私が作れば嬉しい?そうかな?そう思う?エストでも嬉しいって思う?」
「な、何でそうなるんですか・・・ラ、ラギさんの話でしょう?彼なら・・・喜ぶと思いますけど」
「う〜・・・それでも、何でも!って言うのが難しいの!ほら、料理にもいろいろあるでしょう?」
「・・・・・・・それなら、ラギさんの故郷の料理とかがいいんじゃないですか、僕は知りませんけど」

そう答えを返すと、もう知らないとばかりに踵を返していくエストに、
「そっか…故郷の料理…ありがと!エスト!」
図書室であるということを忘れて大きな声でお礼を言うルル。

相変わらずだな・・と少しだけ見えないところでエストは頬を緩めて。
そんな自分に自覚して、内心動揺しながら顔を引き締めた。
・・・これ以上ここにいるとまた振り回されそうだ。
エストは図書室で勉強することをあきらめて、自習室へ向かった。



一方図書室で依然がんばるルルは・・・
「ラギの故郷の料理…調べてみたけど…」
ラティウムでは手に入らないような食材がどれもこれも書かれていて。

「・・・でも喜ばせたい・・・」
同じのは無理でも、似たようなのなら作れるかな?そういえば・・・

「ヴォルカノ・ボッカとか、辛い料理好きなんだよね!」
なるたけ郷土料理に近づけて、辛めに味付けしたら喜ぶだろうか?

「・・・よし!じゃあこれで決まり!あとは食堂の調理場借りる許可得ないと・・・」

ようやく計画が少し進んで自然笑顔になったルルはそのまま食堂へ向かった。




夕焼けがミルス・クレアを彩ってくる頃、学校と寮とつなぐ道に一人誰かを待つように、夕焼けと同じ緋色の髪の男がキョロキョロと周りを見渡している。
その時、学校から勢いよく走ってこちらに向かってくる一人の少女の姿を確認して、男は知らず微笑みを浮かべ、手をあげて声をかけた。

「ルル、おまえ何してたんだ?ずっと姿見なかったけど」
「ラギ!どうしたの?待っててくれたの?」
「べ、別にそういうわけじゃ・・・?何だ?その本」
「あっこれは・・・」

気まずそうに体の後ろに本を隠す様子のルルに、ラギは訝しんで、

「何だよ、また魔法で失敗でもやらかして、課題をどっさりもらったとかじゃねーの?」
「ち、違・・・・・う、うん!そうなの!また失敗しちゃって・・・・」
「今度は何やらかしたんだよ・・・」
「え?あ〜色々…うん!色々あってちょっと説明しにくいかも!」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「まあ、いいけど…とにかく帰ろうぜ。オレは腹が減った」
「うん!そうだね、帰ろうか」

二人並んで歩きだすのと同時にラギは、ルルが不自然に手を後ろに回して、無理して持つたくさんの本にちらっと目を向けると、

「おい、それ持ってやるから貸せよ」
「え``!?い、いいよ、持てるもん」
「いいから貸せって、見てて手が変になってるし」
「だ、大丈夫!・・・あっ私急いで戻らなきゃいけないんだった!」
「はあ?」
「ラギはゆっくり帰ってね!私は走って帰るから!」

本を見られないようにそっと抱えなおすと、そのまま寮に向かって走る。
・・・・・気付かれてないかな?せっかくだから内緒で、驚かせたいものね?
ラギに喜んでもらえるように頑張らなくちゃ!

一人で意気込んで気持ちを上々させていくルルとは違って、一人残されたラギはむすっとした顔で、どんどん小さくなっていくルルの姿を見ていた。
今日は一日、ほとんど会話らしい会話もしていなくて。
こんな日はめったにないのに。
胸の中にぽかっと小さな穴があいたようで・・・

「・・・オレより大事な用事かよ」

一人愚痴を漏らすラギの声はルルには届くはずもなかった。






2へ続く