Having sincerely hoped




8



ラギやビラールと別れて部屋に入れば、パタンと静かにドアが閉まるのを音で確認して、そのままベッドに腰を下ろした。

寮を一通り案内してもらって、漸く自分の部屋に帰って来た。
・・・・・・帰って、来た・・・・・・

正直この部屋には、そんな懐かしい気配は微塵も感じないのだけど。
それでも寮内を歩きながら自然に足が慣れたように歩くような時があった。
何となくだけれど、歩いていて『この先には食堂…かな?』と思えば当たっていたり。

そんな時には頭がチリチリする。昔自分の目で見た風景と、今、自分の目で見た風景が重なるような感覚。

・・・・・・・いつか、その風景に、昔の俺が見たルルちゃんを見ることができるのだろうか。

ちらっとベットの脇に置かれた並んだ机。
自然に一つの机に向かう。写真とか、そういうものは一切なく。

ふと、机の端に置かれた透き通るような陶器の入れ物が気になった。
浅い平皿。その見た目に美しい皿には、不自然な組み合わせのもの、灰が入っていた。

・・・・灰皿、かな。こんなきれいな皿に…

煙草を吸っていたのかと単純に思ったのだけど、よくよく考えてみれば吸殻はない。
だとすると何かを燃やした跡。
きれいに燃やしきったのであろうその灰には、紙片などどこにも残されていない。

そのまま捨ててはまずいものでも、あったのだろうか?

何だかそれがものすごく気になって、机の引き出しを一つ一つ開けてはみるけれど、出て来るものは魔法薬学の専門書のようなものばかり。
ただ、奥には一冊の古い蔵書が。
何を書いているのかもよくわからないような文字。これは古代言語?

調べてみれば何かわかるかもしれない。けれど、今はまだ・・・する気にもなれない。
普段の生活に溶け込むので、それだけでも十分に精神をすり減らしているから。

アルバロは再びベッドに身を沈めた。
久しぶりに体をまともに動かして疲れたのか、すぐに眠りは訪れて、意識が沈んでいく。
その刹那、一人の少女が見えた気がした。

呆然とした、何かの恐怖に怯えたような、泣きそうな顔。
それを見て、俺は何かを言ったのに。
視界が・・・閉ざされていく。意識も遠ざかっていく・・・・・・・







「おはよう!アルバロ…・どうしたの?元気ない?」
「いや、寝すぎかな。部屋に戻って気がつけば朝まで寝てたんだ」

シャワーを浴びても、頭がぼんやりする、と言うアルバロにルルは優しく微笑んだ。

「いっぱい寝れるっていいことよ!元気になる基本だもの!」
「・・・ルルちゃんは何にでも前向きだよね」

ははっと小さく笑うアルバロに、ルルは本当にほっとしていた。
いろいろ悩んで、眠れていなかったらどうしよう?と心配していたから。
確かにぼんやりはしているけど、顔の色つやは問題なさそうだ。

「ねえ、その頬のタリスマン、つけたのね」
「うん、部屋にもあったし、魔法の媒介なんだよね?俺にはこれが合っているからつけていたんだろうし」

別に他にしっくりくる媒介を思いつかないしね、と両掌を空にかざして首をすくめる。

きっと猫かぶって生活してたアルバロの、よくしていた癖なのに。それを記憶を忘れたアルバロがする。
なんだか道化のアルバロにも、ちゃんと彼の本質が混ざっていたんだろうかと思って、それがなんだかおかしい。

ふふっと笑って、ご機嫌そうにニコニコしているルル。
昨日の落ち込んだ表情は全くない。

・・・・・昨日、夢で何か、大事なことを見た気がするのに・・・・・・

今は全く思い出すことが出来ない。
それを考えすぎてぼんやりしている、というのもあるのだけど。

ルルに、過去との自分の話をもっと聞くべきなのだろう。
このまま過去を断ち切って、未来だけを見ていくのもまた一つの道だとは思うけど。
それでも、それは嫌だと思う自分がいる。

それは意識の外にある過去の自分の気持ちなのか、今の自分の気持ちなのか、定かではないけれど。

「今日のお昼は何だろうな〜お菓子とかもついているといいなあ」
「もうお昼の話?ルルちゃんは甘いもの好きだね」
「うん!アルバロは…どうなの?」
「どうって…君は知っているんじゃないの?」

むしろ俺よりも、俺のことを知っているのに。
そんな思いがあって、不思議そうにルルを見つめるアルバロに、ルルは当たり前のように口にした。

「だって、私が言ったらそうなのかな?って思うでしょ?それは違うと思うの」
「・・・・・・・・・・・」
「やっぱり、アルバロが感じて思ったことが、本当のことでしょう?」

言われて初めて気がついたこと。
ルルちゃんは、俺が何を好きだったとか、そういう話は一切しなかった。
周りの環境に俺がなじめるように、それを第一に。
普通に考えれば、きっと好きな物の話とか、出たはずなのに。

・・・彼女の厚意が当たり前のように周りに満ちていて、そんなことにも気がつかなかった。

「・・・甘いものは、うん、そんなに得意じゃないかな」

・・・彼女の気持ちが胸に染みていく。心に出来た淡い染みは温もりを帯びて広がっていく。

「そうなの?でも・・・得意じゃないかなってことはまだそんなに食べていないんでしょう」
「そうだね、でも好んで食べようと思わなかったし」
「ふふっいいものがあるんだ〜みんなには内緒ね?ほら!」

ルルが嬉しそうに取り出した小さなかわいらしい包みの中には色とりどりのマカロンが。

「これ、すごく美味しいのよ!本当はお昼に、と思ったんだけど…特別に一つあげる!」
「・・・・・・いや、別にお昼で構わないよ」
「そんなこと言わないで!だって美味しいかもしれないじゃない」

疑うことを知らないような、純真な笑顔でそう言われれば、仕方ないかと一つつまんで。

「・・・・・・・うん、甘い」
「美味しい?」
「甘いね」
「・・・う〜美味しくはないってこと?アルバロは甘いものが苦手、なのね」

でも一つわかったね、と笑顔を向けて、ルル自身も一つマカロンをつまんで食べる。
美味しそうに顔を緩ませて。

隣を歩く彼女を、好きになれればいい。と、思っている。
努力しようと・・・・しなければいけないと思っていたのに。

彼女は自然に心の中に入り込んでくる。

・・・・・・胸の中が温かい。

昨日、俺の傍にいたいと言ってくれた彼女の言葉に、
同じように、傍にいたいと思った。

昨日よりも強く、傍に、居続けたいと…

そう願うこの気持ちは―――