Having sincerely hoped
6
退院して、まっすぐに寮へ戻らず、今は大通り。
アルバロが街並みをちょっと見たいな、と言ったから。
明日からは授業があるし、それなら今日見ておこうかということになった。
アルバロは初めて見る街並みに、戸惑いながらも面白そうな店を見つけては立ち止まっている。
「大きな町だね、いろいろあって見ているだけで楽しいかも」
「…うん、そうよね!私も初めて来た時、すごくわくわくしたわ」
…見ているだけで楽しい。昔のアルバロが聞いたら何て言うだろう?
頭にぼんやり、意地悪そうな表情が浮かぶ。
『まだ終わらないの?』
『うん、もうちょっと見たい』
『ふうん、俺はもういいかな。…ルルちゃんは、見ていて飽きないけど』
そんな日常が頭をよぎる。
アルバロの、からかう視線が体に絡みつくような気がした。
ふと、横にいるアルバロに視線を移せば、そんな表情など見せていたことがあったのだろうか?と思ってしまうような素の表情でキョロキョロと周りを見渡している。
「あっこんにちは~!」
その時、明るい声が通りに響く。
声に二人が振り向けば、にこにこ微笑みながら売り子さんがこちらをじっと見ていた。
・・・・・・・この売り子さんは・・・・あの時のっ!!
――アルバロと二人で街へ行った時のことを思い出す。
あの時はまだ、何も知らずに、心をどきどきさせていた。
彼の好意を何となく感じて、信じていた時。
「うわ~お二人とも運がいいです!!今またペアリングがお安くなっているんですよ」
「・・・・・ペアリング?」
「あ、あの…」
困ったようなアルバロに、ルルはどういえばいいのかわからず、とりあえず手で違うんです、とかぶりを振ったのだけど。
「指輪、なされていないんですね。あの時から日も経ったし、もう付き合い始めでもないし!、ぜひデートの記念に、ペアリングもどうぞ」
「あの時…」
「いえ、いいんです。そ、そういうのではないので」
否定の言葉を自分で言うのが、悲しい。
「またまた、婚約指輪買うまで我慢ですか?」
ふふっと微笑む売り子さんに悪気はないのはわかってる。
事情を知らないし、今また二人で休日をともに過ごしているように見えるだろうし。
・・・・・・・もう、アルバロがあの時、ペラペラ調子いいこと言うから。
本当に、調子よくて・・・・嘘ばっかり・・・
何が、婚約・・・・・・・・・
胸につかえる重い気持ちを振り切るように、ルルは笑顔で、でもきっぱりと…
「違うの、そんなんじゃなくて、いいお友達だから」
「え・・・・・」
ルルの言葉に、最初に声をあげたのはアルバロだった。
ユリウスとエストから聞いた話。
ルルが恋人、とは一度も言わなかったけど、二人からルルのことを聞かされた時、その子が恋人だったのだと思った。
思い出せない自分に、罪悪感。
会うのが怖いと思った。
知らない人間に気を遣い、傍にいなきゃならないのだろうか、と苦痛に思った。
けれど、初めて病室に訪れた彼女を見て、話して、とても気が楽になった。
それは、その時にはものすごく大きなことだった。張りつめた気を緩めてくれる…
どうして付き合うようになったのかはわからないけれど、過去の自分に、少しだけ感謝した。
ルルを、好きになることができればいい、と、そう思った。
そう、努力しようと…
・・・・・・・・・・
友達だからと言い切るルルは笑顔。
けれど、それを信じられないのは何故だろう?
きっと本音ではない言葉を、気丈に紡ぐルルに、どう、声をかければいいのかも、わからない。
昔の自分と、二人でここを歩いたのだろう。
ペアリングを買う、買わないて揉めたのだろうか?
わからない。何も思い出せない。
友達だと、ルルに合わせて答えた方がいいのだろうか。
「彼女さん、そんなに照れなくてもいいんですよ?ね?」
アルバロの思慮を断ち切るように、売り子の声が唐突に耳に届く。
何故かアルバロを見て、同意を求める。
どう答えればいいのか、戸惑いながらルルに答えを求めようと横を見てしまうのが情けない。
「照れてるんじゃなくって…」
「ふふっ、彼氏さんのおっしゃる通りですね」
「え・・・・・・・・・」
何が、おっしゃる通りなの?
言葉に詰まるルルに気がつかず、売り子は言葉を続けて…
「あげたいけど、照れ屋だから素直に受け取らないって」
「あ、あの、それ…いつの話ですか?」
「え?え~っと…半月前くらいでした?」
アルバロに同意を求めても、アルバロにわかるはずもなく、曖昧に頷くしか出来ない。
「半月前・・・・・」
「今度来るときは彼女さんも連れて来るからって。だから今日はそのためかと・・・」
「今度・・・・・・・・」
深い意味なんてないのわかってる。
私を連れてきて、反応見て楽しみたかったんだ、きっと私が否定するのわかってて…
「あの・・・・・今日は、失礼します。・・ちょっと用事あるので・・・」
「あ、そうなんですか!引き止めてすみません。またいらしてくださいね」
「アルバロ、行こう」
「・・・・・」
二人で並んで歩く。
無言で、でもどちらも言葉をかけようとはしない。
・・・あんな表情、初めて見た。
ルルが過去の自分を切望しているのを、今更ながらに気がついて。
・・・今、隣にいていいのだろうか、とそんな思いも湧いてくる。
彼女に指輪を贈ろうとするほど、好きだったのか・・・
ちらっとルルに視線を移せば、まるで自分に見られるのを嫌がるように、俯いてしまった。
風景が目に入らない。
・・・友達だから、と言いきれなかった。
今日は、と言ってしまった。また次があるように。
だって言えるはずがない。
彼が戯れにしようとした小さな計画。
それを残しておくことで、繫っていられるような気がしたから。
目に熱が集まる。
手に刻まれた刻印で繫れた絆。
でもそれだけじゃなかった。
二人のどうしようもない、嘘で塗り固められた言葉の応酬。
そんなことも、自分にとっては大事な絆だったのだ、と。
すぐ横にいるアルバロに気づかれないように、ルルは俯く。
俯けば隠せない涙が、ぽろぽろと零れ落ちていった。