Having sinserely hoped




5



ドアを開けて外に出れば、以前とは変わらぬ街並み。空気。
目いっぱい外の空気を吸い込んで、は〜っと思い切り吐いて。

うん、大丈夫。と笑顔で振り向けば、同じように笑顔を向けてくれる。

「退院、おめでとう、アルバロ!」
「ありがとう、ルルちゃん」

ツキっと胸の奥が痛い。

「・・・大丈夫?ふらふら、しない?荷物持ってあげようか」
「え?大丈夫。そんなに軟じゃないよ」

優しいピンクの瞳が自分を映す。
優しい眼差し。言葉。普通なら喜ぶことなのに・・・・・・








「え?・・・・何?嘘、でしょう?だって・・・・・・」

頭がくらくらする。
地に足つかない心地とはこんなこと?
考えようとしても、頭が真っ白で、だけど、体は悲しいほどに反応してる。
震えて、震えて、力が入らない。

「ルル・・・大丈夫?」

ユリウスの言葉に答えることが出来ない。

私の後ろを必死で追いかけて来た。その姿に気付いた時、アルバロの意識が戻ったんだ!!って・・・それしか考えられなくて、
どれだけ心が喜びに溢れただろう?
けれど、その喜びをかき消すように、言われた言葉。

『記憶喪失』

何もかもを、失ってしまったアルバロ。
名前も、過去も、全部。
彼の方が、辛い。彼の方が・・・・・そう思うのに。
忘れられたことで、心が引き裂かれそうになる。

「・・・・先生たちも来て診てくれるって。とりあえずそれだけ伝えようと思って…ルル、ごめん。どういえばいいか俺よくわからなくて」
「ううん、教えてくれてありがとうユリウス・・・やっぱり、戻る」

気を抜いたら倒れそう。
どうしてこんなに頭の中がふわふわするの?
夢だったら、どんなにいいだろう。

「戻るって・・・でもまだ彼は・・・それにルルもちっとも休められてないし「大丈夫」

帰るなんて、嫌。こんな時に、休むなんて・・・
記憶はなくしていたって、アルバロの意識は戻ったんだから・・・

・・・・・・・・会いたい・・・・・・・・

「大丈夫だから、行く」

ぽろぽろ、と次から次に流れてくる涙を、拭うこともせずに、ユリウスを超えて病院の方角をぼんやり見上げるルルに。
涙を拭こうと、出しかけた自分の手を、そうしてはいけない気がして、ユリウスはゆっくりと戻していく。


うん、じゃあ戻ろうか、・・・先生たちももうきっと来てくれているよ」
「・・・・・もう?」
「うん、メサージュ飛ばしたんだ。あっちの方が早いし」
「・・・・・・そっか、・・・・・ありがと、ね」

少し俯いて、手で乱暴に涙を拭うと、ルルは出来るだけ笑顔でユリウスに言葉をかけた。
メサージュで済むけど、だけど、自分の元には心配して、駆けて来てくれたのだ。

・・・・・うん、アルバロだって、私がへこたれてたら、きっと面白くなさそうな顔するし。
どんな状況でもめげない。前を向いて諦めない。
記憶なら、取り戻せる。もし・・取り戻さなくても、その時は・・・・・

ルルは刻印が施された手をそっと触ると、「行こう!」とそのまま病院へ向かった。




病室へ入れば、なんだか疲れたように、じっと虚空を見つめる彼がいた。
どうしていいかわからないような戸惑った表情。
どうしていいかわからないような、苛立ちも込めて。

『やはり、魔法の類は関係ないようですわ、ルル…』
『うむ、自然に思い出される日が来るのを待つしかない、ということか…』

先ほどイヴァン先生とヴァニア先生に言われた言葉を頭の中で反芻する。
その言葉はアルバロにも告げられたようだった。
彼は今何を考えているのだろう…

「・・・・・・アルバロ」

遠慮がちに、そっと声をかける。
ゆっくりこちらに視線を向ける様に、不意にいつものアルバロを思い出して。
張り付けた笑顔で、必ず・・・・・・

「・・・・・ルル、ちゃん?」

・・・・・・・・そう、言うの・・・・・・・・・

「ア、ルバロ・・・私のこと、わかるの?」
「あ、いや・・・・・・・」

すっと目を逸らされて、微かな期待が粉々に砕けていく。

「さっき、エストくんと、ユリウスくん、にいろいろ聞いたんだ。ルル、・・ちゃんのことを一番教えてくれたから」
「そっか・・・・でもどうして私がルルって思ったの?」
「それは・・・・・・」

もう一度、視線を向けてくれる。
心なしか、少し和らいだ表情で。

「聞いてた話のイメージ通りだったから、だよ?」
「・・・その話、ちょっと聞いてみたいかも。何て言ってたの?」
「・・・・・・・・・」

言わないで、困ったように笑う。
・・・・・・・アルバロだ・・・・・・

心の奥が轢む。
どうして、記憶がなくても、話し方、表情は・・・やっぱりアルバロで。
けれど、二人の間にはどうしても埋まらない距離が開けられている気がする。

・・・・・・ううん、距離は、最初から開いていたっけ・・・・・
好きには、なってくれていないものね・・・

落ち込みそうになる表情を何とか、明るく、笑うように・・・

「私、また来てもいいかな?」
「・・・でも、俺は・・・君のことを・・・・」
「学校のこととか、アルバロのこととか、いっぱい話したいの!あなたが・・・これから、生活で困らないように」

その言葉にアルバロは少し目を瞬いて。
なんだか驚いているよう。

「・・・・どうしたの?」
「・・・いや、・・・もっと、私のこと思い出してって言われるかと思ったから」

何も覚えていないけど、覚えていないから、すごく胸の中が嫌な感じで。
エストとユリウス、そして後から来た先生と言われる人達。皆にいろいろ聞かれて。
何もしていない気でいるのに、罪悪感でいっぱいになる。
これからのことを考えて、憂鬱になるしかなかった自分。
そんな自分ことを考えて言ってくれたルルの言葉は、心に、小さく芽生えた光のように思えた。

「ありがとう、来てくれると助かるよ。たくさん教えてくれる?」
「うん・・・・」

訪れた時よりも、柔らかい表情にほっとする。

「じゃあ、まず、ここはミルスクレアの病院です」
「・・・・・・・・・・・あ、あははっ!そんなことはわかるよ、いくら俺でも…君って面白いね」

退屈が嫌いなアルバロ。
楽しそうに笑っているアルバロに、心の中でそっと呼び掛ける。

・・・・大丈夫、退屈なんて思わせないからね



それから・・・退院するまで、毎日、毎日病室を訪れた。
私が顔を出せば、笑顔を見せてくれるようになった。
『ルルちゃん』と、自然に呼んでくれるようになった。

記憶が戻ることはなかったけど、アルバロが元気になっただけで十分。十分。

心に言い聞かせるように、

心の奥底に沈む、「思い出して」という本音をあなたに気づかれないように。

私は心に嘘をついて、あなたの横に並ぶ。

それを許してくれるから、それ以上望んではいけない。




「やっぱり少しふらふらしてるわ!ずっと寝ていたんだし・・・私が持つ!」
「え、ちょっとルルちゃんっ!・・・・・あ〜・・・・ぷっ・・・」

無理やり奪った荷物は重くて、ううっと眉間に皺寄せて持てば、よほど変な顔なのか、覗きこむ顔が笑っている。

「だから言ったのに・・・はい、じゃあこれ持って」
「・・・は〜い」

小さい軽い荷物を持たされて、並んで歩く二人はまるで以前のように見えるかもしれない。

けれど、二人を分かつ壁は確かにそのまま、存在していた。