Having sincerely hoped








・・・・・馬鹿なやつ。殺気が駄々漏れだ。

アルバロは歩きながら背後に感じる気配と殺気につまらなそうな表情を浮かべた。
付きあっても面白くなさそうではない。すぐに勝負をつけて、さっさと終わらせよう。

そう思った時に、その男が何かを投げた。

一応、狙うところは狙うんだな。でも甘い・・・
気付かれてる地点でもう終わりだ…

蔑むような笑みを薄く浮かべると振り返り自分に向かう刃を見ると、魔法詠唱するまでもない、とあっさりと交わす。

「ルル、すぐ終わらせる。大人しくしていろ」

これから絶望を味あわせる相手に視線を向けたまま、アルバロはルルに一言だけ。
その横顔は狙われているわけではないルルでさえ、竦んでしまうようなものだった。
無言でこくこくと頷くルルを目の端で確認すると、そのまま、さて、どうしてやろうか?とその隠れている相手に近づいていく。

相手がアルバロを見て怯え出した。その表情には危機感が込められている。

…駄々漏れの殺意。・・・この怯えよう・・・素人か?
・・・これは・・・

歩みを少し遅めて神経を周りに集中させてみれば、背後が何か気持ち悪い。
この感じ、何かひっかかる・・・こんなわかりやすい殺意に乗じて・・・…別の殺意を隠している?

その考えに行き着いたと同時に、アルバロはしまったとルルの方へ振り返る。
殺したいだけなら、ルルを殺すのでもかまわないのだ。手段は選ばない。そういう連中だって山ほどいる。

アルバロをじっと見ていたルルのすぐ背後に、短剣を構えた男が目に入る。
先ほどの男とは違い、何にも動じないような、薄暗い眼光。

・・・・間に合わないっ・・・・・
胸の奥が一気に冷えていく気がした。
いつもの、冷静を漂わせた感じとは全く違う、そのまま心臓が凍りつくのではないかと思った。
その瞬間、考えていたわけでもない。とにかく叫んでいた。

「ルルっ!!!屈め!!」

その声にビクっとしながらも咄嗟にルルはその場に屈む。
屈んだ何もない空間をヒュッと何かが突き刺していく。

その短い刹那にアルバロは駆け寄りながら魔法詠唱を始める。律を省略して、魔力を込める。
頬に埋め込まれたタリスマンに手を当てて、低く何かを呟いたと共にルルのすぐ後ろの地面が突き上がった。
それはまるで槍のように先が尖って、男の体を突き刺すと思われたが、その男も服を犠牲にしただけで、後ろに下がる。

それでも十分だった。突き上がった地面は、ルルの盾にもなる。
体を震わせるルルを無理やり起こして、自分の後ろへと隠すように。
先ほどいた、素人同然の男の気配は見当たらない。力の差を認めて逃げたのか、隠れたのか。
いずれにせよ、今は自分の背後にいた方が安全だ。

「・・・あり、がとう、アルバロ・・・助けてくれて・・・」
「・・・まだ終わってないよ、ルルちゃん。御礼の言葉は後で二人きりの時に聞かせてもらうよ」

いつもの道化の口調に、なんだかほっとする。
自分を守るように目の前にある背中を、ルルは遠慮がちにそっと掴む。
ルルの珍しい行動に、一瞬だけ視線を向ければ、怯えきった表情は融解して今は安堵の色を浮かべていた。

・・・・・・・まだ、終わってない、と言っているのに、なんだ?

自分の背中を掴む小さな手。震えはもう止まっている。

・・・・・・恐怖はないのか?何故こうも態度が一変する?
恐怖、そういえば・・・・・・

ルルが目の前で、殺されるかもしれない、と思った時の、あの奇妙な感覚は・・・?
ルルが死ねば自分も死ぬ。けれど死ぬことへの恐怖など生憎持ち合わせていない。

ここまでかばう理由が、どこにある?

無意識に背中にかばったのは自分。
生への執着?・・・そんなもの、そこまで強く感じたことはない。何か違う。

ふと、胸の冷えはなくなって、何か別の、違うもので満たされたような気がした。
それは…何だかなってはならない変化のように思えた。

「ふん、余裕だな。考え事か?」

土で造られた間にある槍盾を、いとも簡単に崩していく。

「その娘を抱えたままでは、おまえの負けだ」

男はそう言うとそのまま二人の方へ距離を詰めて、短剣を振りかざす。
『ルル、目を瞑れ』短く低く、微かに聞き取れるくらいの声の通りにルルは瞼を閉じた。
その途端、目を瞑っていてもわかる。光が周囲に溢れて・・・

抱きかかえられてどこかに運ばれる。
狭い路地にルルを下ろし、その表情を覗えばまだ固く目を閉じたまま。
もう開けていい。と言う声に目を開けば、いつも通りのアルバロがいて。何故だか笑みを浮かべていた。

「アルバロ…もう、終わったの?」
「ん?まだだよ。目くらまししただけ。君がいると、こちらに不利だしね」
「・・・・勝てる?私も何か・・・・」
「ルルちゃんはここで大人しく見学してなよ。・・・間違っても出てきちゃいけないよ?俺が心配して気を逸らしちゃうからさ」
「う、うん。わかった・・・・・・・・・何がおかしいの?・・・もしかして、楽しんでる?」

頷いたルルのことを面白そうに見ながら、ずっと笑みを浮かべたままのアルバロに、こんな時に、と唇を尖らせて問いてみれば、

「いや、やけに素直だな、と思ってさ。目もずっと閉じたままだったしね」
「私はいつだって素直に生きてるわ!」
「へえ?そうなの?」

見透かしたような視線でルルを見つめれば、そうよ、とツンと澄まして視線を逸らす。
やっぱりちょっと反応がずれている。自分の予想より半歩ほど、それが面白い。そんなことを考えながら、そろそろあの男の視力が戻る頃か?と頭を切り替える。

「…ルル、動くなよ。ここにいればおまえはやつらの視界には入らない」
「わ、わかった…気をつけて」


一人でさえあれば、先ほどの男だろうと、負けはしない。
けれど刺客は、弱いとはいえもう一人いる。
ルルは万全とは言えない。仕方ない、遊ばずに切り上げるしか…

ここまで考えて、一瞬眉を寄せた。
こうまでして、ルルを守る意味を、頭の片隅で考えながら、アルバロはようやく目が慣れてきた男の前に立った。




・・・・・・・くそっ!俺だって殺れるはずだ!!

初めての仕事で、多少緊張はしていたけど、あんな風に怯えてしまった自分に腹が立つ。
何とか・・・俺にだって・・・
ここに来る前の会話を思い出す。

『おまえにはまだ、あのアルバロとかいう男は無理だ』
『いいか、俺があいつを殺る。手助けはいらない。それは邪魔だ』

実際、力の差は明白だった。
あの男は強い。兄貴でも勝てないかもしれない…

そして、びくびくしていた男は落ち着きを取り戻す。
兄貴が相手をしている間に、あの女を探して殺せば・・・それが俺の仕事だ。

そして男はルルの気配を探す為に神経を張り巡らしたのだった。