Having sincerely hoped




15




「もう夕方…あっという間ね!」
「そうだね、もう…寮に戻る?」

カフェを出て、どこに行く訳でもなく街を二人で歩いた。
お互いが普通に、変わらないように笑顔を浮かべて歩く様は、すれちがう人の目には仲睦まじい恋人同士に見えていただろう。

「うん。そろそろ戻らないと…アルバロまだ行きたいところあるの?」
「いや、・・・・・あ、でもちょっと忘れ物…待っててくれるかな」

ルルをここで待つように制して、その場を離れようとするアルバロに、ルルは手を伸ばした。

「忘れものなら私も行くわ!一緒に…」
「いや、今日はたくさん歩いたから疲れたでしょ、ここで待っていた方がいいよ」

ルルの返事を待たずに、そのまま振りかえることなく走って行くアルバロに、何だか胸騒ぎを覚えた。
自分のことでいっぱいになっていたけど、アルバロの方がきっと…
そう思って初めて、少し様子がおかしかった気がしてきた。

・・・いつも気がつくのが遅くて、鈍くて・・・
そのせいで彼をこんな状態にもしてしまった。

・・・こんなところで大人しく待つのはやっぱり、嫌。

ルルはアルバロの背を追いかけるように後を追った。
けれど見えなくなった背を見つけられず、心に焦りが浮かんでくる。

今日寄ったお店、一軒一軒に彼の姿を探すのに、いない。
どこにも、いない。
漠然としていた不安が、現実になったような感覚に捉われて、素通りした店、道、全てに足を運ぼうとするのに
夕闇が強くなってきて、それを隠そうとする。

「アルバロ…」

もっと強くありたいって思うのに、勝手に目に熱があつまって、鼻がツンとして、視界がぼやけてきた。
目にたまってきた涙が落ちる前に、目をこすろうとした腕をぐっと誰かに掴まれた。

「ルルちゃん!待っててって言ったのに…どこに行ってたのさ」
「・・・アルバロ・・・」
「探したんだよ・・・泣いてるの?」

自分の腕を掴むのはアルバロ。
目の前にいるのは夢でも何でもなくて・・・

「だって、いなくなったから・・・不安になって・・・」
「?俺は忘れものって言ったよね」
「でも、どこにもいなかったもの」

探したのに・・と、アルバロを見上げるルルの泣きそうな表情に、アルバロは一瞬苦い顔を浮かべた。
その後、アルバロ自信も少し、泣きそうな表情を浮かべて、ルルを掴んだ腕ごと引き寄せた。

・・・・・震えてる・・・・・

自分を抱きしめる彼の腕は、微かに震えていた。
それを落ちつけたいのか、悟られないようにしたいのか…ルルの肩に顔を埋めて抱き締める力を強くして。

「――アルバロ?」
「・・・・・」

ルルを抱き締めながら、震える自分の体に辟易する。
引き受けなければ、ルルを…というのなら、悩むことはない。
ルルがそれを知れば、きっとしてはいけない、と言うだろう。自分なら平気だからと。
でも、それを聞く訳にはいかない。
そんなことは問題じゃない。
昔の俺がしてきたことを…また繰り返すだけ。
なのに体が震えてしまうのは…

「何か、あったの・・?」
「・・・ルルちゃん、俺は君を好きだって言ったよね」

抱きしめていた腕を緩めて、少しずつ離れる。
離れることで見えたアルバロの瞳は、見たことがないほど弱く揺れているようで。

こくっと頷くルルに、アルバロはゆっくり自分の手を見つめた。

「記憶を失くした自分と、失くす前の自分。同じ一人の人間なのに・・・別人のように思う時がたくさんあって…」
「・・・・・」
「俺の驚く事実ばかり浮かんでくるしね」

そこで困ったような微笑みを浮かべるのが、強がっているように見えて、ルルはアルバロの手にそっと手を添えた。
その手をじっと見つめたまま、アルバロはぽつりと呟いた。

「記憶が戻ったら、俺の・・今の気持ちはどうなるんだろう?」
「・・・アルバロ・・・」
「戻ればいい、と思うよ。けど、今の俺は・・・消えてしまうのかな」

あの薬を飲むと、もう決めているから。
だから…この今この体を動かしている自分の気持ちは、跡形もなく元の自分に塗り替えられるかもしれない。
さっきみたいに、ルルが泣いていたら・・・ちゃんと抱きしめてあげられるのだろうか?

「消えないよ」

痛みを感じるほどに強く握られた手。

「消えない。消えるわけないでしょう!」

目を真っ赤にして、怒った顔で見上げる目には揺らぎが全くなく。

「アルバロは、アルバロだもの!私には…わかるの!」
「・・・どうしてルルちゃんが泣くのかな」
「だって、馬鹿なこと言うから!」

怒ったように口を尖らせて…いや、本気で怒っているようだ。
自分が不安に思うことを、震えてしまう理由を、馬鹿だと言い切って…
ルルがそう言うから、本気でそう思っているのだとわかるから、自然に緊張が少し解けていく。

「馬鹿か…ルルちゃんに言われたらおしまいかな」
「・・アルバロ〜もう!・・・・・あ、あのね」

怒っていた顔が、たちまち自分を見守るような、温かい表情になって。

「こんな時だけど、…嬉しかったの。ちゃんと言ってくれて…」
「不安に思うこと話してくれて・・・」
「ありがとう・・・アルバロ――私も・・・同じ気持ちだから…好きだから」

最後の言葉を告げた途端に、繋いでいた手をぱっと離して、顔を逸らして…
今の俺に向けられた言葉は、震えを止めて顔を綻ばせる。

「――ありがとう、ルル…」

驚いた顔で振り向く君を、この目に焼き付けて。
明日はきっと、記憶の戻った俺を見て、また驚く顔を見られるだろうと信じて・・・