Having sincerely hoped




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「こんなところで優雅に茶か?まあこちらには好都合だが」

ルルが席を立つのを見計らっていたように、すぐに背後から声をかけられた。
すぐ背後にいたのに全く気付かなかったことで、アルバロが多少驚いて肩を揺らした。
そんな仕草をその男は目を細めてじっと見ていた。

「・・・俺に何か用、なのかな?」

その男から少し間を開けるように、少し後退して警戒しながら言葉を返す。
その風貌は一見普通だけど、何か不穏な…そんな気配が漂って、危険だと頭が警鐘を鳴らしている。

「その様子だと、記憶喪失・・・本当のようだな」

アルバロをじっと見る男はぼそっと確認のように言葉を漏らした。

いくら連絡しようとしても、その連絡が繫らない。
どうにか街におびき出そうと身辺を調べれば、『記憶喪失』という事実が浮かび上がって来た。

記憶喪失ならば、当然の結果だった。
アルバロがギルドからの連絡を取るように動かないと…あの学院には迂闊に手を出しにくい。
記憶を失ったアルバロに送った筈の連絡は、きっとどこかで止められているか、消失している。

「俺を知っているのか…まあ、そうじゃないと話しかけてこないか」
「そうだ。おまえの知識を借りたい。ギルドのことは…今いた女と話していたな」

ずっと傍のテーブルに座って話を聞いていたのだろうか。
そんなことにも気付かなかった自分に、アルバロは顔を曇らせる。

「ただ、盗賊まがいのことばかりではない。おまえに手伝ってもらおうと思ったのは…暗殺だ」
「・・・暗、殺?」

その言葉に、普段見せない動揺を表情に出すアルバロのことなど知ったことではないように…
何でもないようなことのように、さらっとその言葉を言い放った男は、さらにその目を鋭く細めた。

「そうだ。この内容…おまえの魔法薬学の知識を借りないと難しい」

男は指令書を静かにアルバロに突きつけた。
嫌でもその内容が目に焼きつく。見ようと思っていないのに。
体が勝手にその内容を理解してしまう。

過去の自分はそんなこともしていたのだろうか?
刻印を刻んだ右手にふと目を向けて、その手が急に血で塗りつくされたような錯覚に頭が錯綜する。

「・・・・・・・そんなものは引き受けない。しようとは思わない。思えない。」

記憶を失くしたのが本当ならば、アルバロがこう言うのはわかっていた。
けれど、この仕事にはどうしてもこの男の協力がいる。
だから・・・指令書を突きつけたのだ。

習慣というものは…ちょっとはそっとでは消えはしない。
見せればこの男は内容を理解する。ならば…

「おまえはこの件にもう関わったことになる。拒否はできない」
「・・・っ俺は見ていな「そんなことは通用しない。それはわかっているだろう」

男は顔色を変えずに、淡々と冷酷に声を響かせる。

「おまえが引き受けないならば、このことが漏れないように口封じ・・・ということになる」
「・・・・・・・・・・・・」
「おまえに死なれるのは、まだ、困る。嫌だと言うのなら…」

不意に男がアルバロから視線を外した。
視線の先には、ルルが走り去った方角・・・

「あの女が大事なのだろう」
「・・・・・・・っ卑怯者!!」

目を向いて、そのピンクの瞳が一瞬赤に染まったかのように、怒気の感情剥き出しの視線がその男に刺さった。
それなのに、その男は楽しそうに顔を歪ませる。

「おまえがそんな顔をするとは…以前のおまえに教えてやりたいくらいだ」
「・・・どうすればいい」
「簡単だ。ここに必要とする薬条件を記載している。それを調合してくれ」

アルバロがゆっくりその紙を受け取り、内容を確かめたのを見ると、男はそれを取り上げすぐに燃やしてしまった。
後には灰が落ちるばかり。

「何を・・・まだ見て・・・「もう、覚えただろう?ああいうものは残すのは危険なんだ」

確かに、もう覚えている。
この男とは何度か仕事をしたのだろうか?
・・・・・記憶を失って・・・部屋に戻った時にあった・・・灰。あれは・・こういう指令書の・・・

視界が歪む。
ルルはこのことを知っているのだろうか?
きっと・・・知らない。知っていれば・・・傍になどいない。

足元が崩れていくような感覚の中、アルバロは絞りだすように声を出した。

「以前の俺なら…出来たのかもしれないけど。記憶を失って・・・こんな高度なものは作れそうにない」
「・・・まあ、そういう可能性もあるとは思っていた。これを使え」

出されたのは小瓶。透明な液が僅かに入っているようだ。

「これは・・・・?」
「記憶を取り戻す薬。学院のやつらは施さなかったようだな」
「そんな魔法はない、と言っていた。信じる要素がどこにもない」

アルバロの言葉は聞いてないのか、その小瓶を無理やり押し付けられた。

「魔法はない。これは…ギルドの知識で作ったもの。多少魔法薬学も必要だが・・・」

その男は愉快そうに言葉を続ける。

「おまえだって、何度もその薬の効果を見ただろう」

その時、ルルの姿を視界の隅で確認した男はそのまま、何事もなかったかのように無言でその場を去った。
次に会う時にまで作れ、ということなのだろう。

ルルが小走りでこちらに来るのがわかる。
笑えるだろうか?彼女に心配させずに・・・

・・・・・・・どうすれば?いや、答えは決まっている。

「アルバロ、ごめんね遅くなって・・・」

はあ、と息を吐いて、にこっと微笑むルル。
ぎこちないながらも、笑顔を浮かべられたと思う。

――こんな男で、ゴメン・・・

心の中で何度も呟きながら・・・