Having sincerely hoped



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「美味しいね、ちょっと小腹が空いた時にはパテルキブスがちょうどいいよね」
「うん、そうね」

ぱくっと何事もなかったかのように食べていくアルバロに、ルルは半ばぽかんとしつつも一口口に運んだ。
食べ始めてさえしまえば美味しくて食が進む。

「ルルちゃんのは何挟んだんだっけ?」
「え?私のはね…これ!」
「フルーツまで入ってるね…こんなところまで甘党なんだ」

おかしそうに笑うアルバロに、何だか流されている気がしてこれじゃいけないと頭を振った。

「アルバロ!」
「わっ…何?」
「何、じゃなくて…あの、もしかして記憶戻ってる?」

いつの間にかペースに巻き込まれて、アルバロの思うように話が進んでいる気がして。
話したことで記憶が戻っているんじゃないかって、そんな思いはどうしても拭えない。

「う~ん・・・戻ったよって言えたらいいんだけど。残念ながら・・・」
「でも!ほら、いろいろ…あの、ね!」
「それで通じたらすごいと思うけど…でもわかっちゃう自分に身震いするよ」

ははっと笑ってルルのおでこをツンとひと押しした後、急に笑顔を引っ込めて真顔になる。
その切り返しの早さが本当に元のアルバロみたいだと思うのに、だけどどこか違うと心の奥底ではそう思っている自分がいる。

「本当に思い出せてないよ。ルルちゃんとの繫りが…これだけじゃないって思えたのは・・・」

ひらひら、と手を翳して意識を向けた後に、すぐにルルに向き直ってじっと見つめてくる。
瞳の奥まで覗きこまれているような、そのくらいに強い視線で。

「あの蔵書しか部屋になかったから」
「・・・・?どういう意味なの?」
「もし、俺がこんなの嫌だって思っていたら、君の事を何とも思ってなかったら、普通耐えられないと思うんだ」

『嫌なら、自由になることを選ぶ』と、確かに言っていたけど。

「嫌だから、どうにかしようと思ってその本を調べていたんじゃないの?」
「逆だよ。調べているなら…もっと調べた跡がでてくると思うけど、あれ一冊だけでしょう?」

自由になりたくて、きっと知らないところで調べていたんだと思っていたけど、そうじゃないの?

「あれはただ単に…刻印がどんなものか知っておこうっていう…それくらいだと思うな」
「で、でも調べようとした矢先だったとか…」
「いや、奥の方にしまってあったし、あまり積極的な感じはしないよ」

違うなら、傍にいてもいいと思っていてくれてたんだろうか。

「あ、そういえば、ちょっと気になっていたんだけど」
「ん?なあに」
「試験の合格の為のものって・・・メダル?だったかな。それをどうして俺は奪おうとしたのかな」

ルルは途端に声が詰まってしまう。
ギルドのことは、アルバロの本当の姿のことはぼかして、話をしようと思っていたからだ。
正直そこらへんのことはルルにもよくわかっていない。
わかっていることで、真実だと思えることだけを話すというのはとかく難しい。

「あれ、もしかして言いにくいことだったかな」

そんなルルの顔色をすぐに察知して、困ったように口だけを微笑ませた。
アルバロだって、こんな態度されたら不安だよね、・・・・うん。

「あのね、私にもよくわからないんだけど…ギルドっていうのに入っていたみたい」
「ギルド?」
「うん、何のことかはよくわからないけど…でもそれでメダルを手に入れたかったんだと思うの」
「へえ・・物を欲しがって奪うって…盗賊ギルドみたいなものかな・・・」

目を虚空に泳がせて考え込む様に少し不安になる。
これでギルドに興味が湧いて、色々調べようとしたらどうしよう?
人を殺せるような薬を平気で扱っていた。闇の組織だというし…あまり深入りしてほしくない。

でも調べたいと言ったら、止める権利がない。それなら一緒に…
そう思っていた時に、変だなと呟きが漏れた。

「え?変って何が?」
「ん、そういうのに入っていたなら、コンタクトを図って来るんじゃないかって思うんだけど、ないから」
「そういえば…」

何かの仕事の依頼が舞い込んでくるかも知れない。
そうなったら彼はどうするのだろう?

「ろくなことしてないみたいだね、俺」
「・・・・・・・・・・・え?」
「ルルちゃんは、俺の気持ちのことばかり気にしているけど・・俺には君の方が不思議で仕方ないよ」

アルバロの言葉に、ルルは訳がわからずきょとんと、少し呆けた顔でアルバロを見つめた。
それがアルバロの少し強張った表情を和らげて、アルバロに安堵をもたらせているなんてルルはわかっていない。

「よく、俺を好きになったねってことだよ」
「あっ・・・そういうこと・・・だってそういうのって自然に・・」

言いかけてはっと口をつぐませて黙る。
そう言えば『好き』とか、普通に言えるような関係ではなかったのだ。
むしろその気持ちを隠していたのに、あっさり言いそうになってしまった。

・・・・というか、バレバレなのかな。

「どうかした?」
「ううん!何でもない」
「へえ、・・・そういうのって自然に~の続きは?」
「うう、それは・・・」

言って、アルバロの記憶がもし戻ってそのことを覚えていたら、色々言われそう・・・
好きになってもらうまで、言わないって・・・好きに・・・

『ルル、俺の負けのようだ』

その時不意にアルバロの…記憶をなくす前の彼の最後の言葉が頭に浮かんでくる。

どうして急にあの言葉を?どうしてこんなに胸が騒ぐのだろう?
相手は倒したけど、自分もやられてしまったから・・・だから負けた、とそういう意味だとばかり思っていたのに。

何故かその言葉が違う意味に聞こえて来る。

覚えてる。いつも和らぐことのなかった瞳が、和らいで自分を見つめたこと。
そんな目をして、私を見つめて…ただ負けたことを伝えた?違う。

「ルルちゃん?そんなに考えこまなくてもいいよ。ほら、紅茶冷めてる」

今目の前にいるアルバロの言葉に、こくっと頷いて、でもカップを持つ手が震えそうだった。

「アルバロ…ご、ごめんね。ちょっと手がべたべたで洗ってくる!」

苦しい言い訳をして、その場を後にした。
急いで店内の化粧室に入って鏡の前にうずくまる。

違う。違う…違ったのに!頭の中で何度も声にならない叫びをあげた。

どうして今まで気づかなかったのだろう。
アルバロは目で、これ以上ないくらい、彼の気持ちを言葉にしてくれていたのに…

あの最後の言葉を、言葉通りに受けていた自分が嫌で、嫌で嫌で…

ごめんなさい、ごめんなさい・・・アルバロ・・・

どうしてあの時、ただ倒れる彼を抱きとめるしか出来なかったのか。
「好き」だと言葉に告げたところで、結果は変わらない。それでも…

言いたかった。ずっと言いたかった言葉だったのに。

ずっとほしかった気持ちをもらったのに。

今目の前にいるアルバロも好きで。
以前の、…冷たい目をした彼だって…嫌いになんかなれなかった。好きで、大好きで。

入り混じった気持ちがルルの頭の中を巡っていく。

ちょうどその時、彼に振りかかるもう一つの厄災に気付くことなく。