Having sincerely hoped




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「しかし、出て来る言葉が何だか物騒なものばかりだね」

図書館に着くと二人はすぐに、その蔵書に書かれている文字をいろんな言語と照らし合わせた。
ようやく見つけた訳に必要な本を見ながら少しずつ読み解いている。

「うん…難しい内容だけど…どう?何かピンときたりする?」
「いや何も…ルルちゃん目が疲れない?大丈夫?」
「うん!平気!」

作業を止めて、一度アルバロを見上げるルルはにこっと笑顔を作る。
自分の笑顔に目を留めて同じように微笑むアルバロに、ここを出る時、同じ笑顔が見られるのだろうか・・とつい考えてしまう。

自分がアルバロに鎖をつけた日、その前にこの本を読み漁っていた。
だから内容は全部覚えてる、忘れるはずがない。けど…
こんな突拍子もない話を、自分がしても信じられるだろうか?

この本を調べれば、嫌でもアルバロの左手に隠された楔のことが書いてある。
今は見えないけれど、でも自然に思い出せればそれがいい。

今の、闇に染まっていない彼にどうして言えるだろうか?
同じ苦しみを、私は知ってる。
彼を信じて疑わなかった頃、本当の彼を知って、この目で見ても信じられなくて・・・
どうしようもないやるせない気持ちに包まれて、涙しながら前を向くまで。

あの思いを彼にさせるなんて…そこまで考えて、頭の隅で『違う』と声が鳴る。
心の奥に埋めたいた筈の自分勝手な気持ちが、疼いて頭をもたげる。

真実を知る前の、甘い心地で胸一杯にする、そんな日々が戻ったようなそんな日々が今あって。
それをなくしてしまいたくない。と…
その気持ちの方が、今は強いってわかっている。だから言えなくて。
我がままな自分に辟易する。

「・・・・ルルちゃん?」

手が止まった私を心配したのか、かけられた呼び名の優しい声色に…そんな自分を見透かされた気がした。

「あ、ごめんね?難しくって…」

笑顔が歪んでいる気がする。大丈夫かな?変に思われていない?
アルバロが視線を手元に戻したのを見て、ほっとして自分も俯いて。

…アルバロだって本当のことを知ればショックだと思う。ううん、そんな一言では言えないほど、でも…
アルバロは大丈夫。私だって・・悲しかったけど、受け止めた。
私に出来たことを彼が出来ないはずがないのに。

大丈夫じゃないのは私。
真実を告げる勇気がないのは私。

彼の為を思うなら…言わなければいけないのは変わらないのに。

「・・・ルルちゃんはさ、隠し事下手なんだから。無理して一人で抱えこんじゃダメだよ」

気がつけば、目の前に座っていた筈のアルバロに後ろから抱きしめられていた。
私の前に回された腕は、離すまいと目の前でがっちり繫れている。

「やっぱりこの本に何かあるんだね、どれもこれも俺達には早すぎる高度な魔法ばかり。それに・・・」
「相手に何かを強いるようなものばかりだけど」

その言葉にびくっと体を揺らした私を彼が見逃すはずがなく。
すぐ傍でふう、と深く息をつく。

「俺を心配して言えなかったのかな・・・ごめんね、一人で考えさせることいっぱいだったね」

違う、違うの。私そんなにいい子じゃない。
自分のことばかりで…言葉は声に出せずに涙になって、彼の掌に落ちてしまう。

「ルルちゃん、俺を信じてくれるかな。今なら・・・何を聞いても大丈夫だと思う。」
「君が、ルルちゃんが今まで支えてくれたから・・・そう思えるんだ」

ひとりよがりな私の想い、ずるい私ごと、彼の言葉は大丈夫だと包んでくれているようで…

「君が好きだから、これからも傍にいたい。俺だってルルちゃんの支えにならせてよ」

恥ずかしいのか、冗談めかしてくれた言葉は…そのまますとんと胸の奥に下りてきて胸を轢ませる。
彼にこんな言葉をもらえると思わなかった。もうもらえないのだと思っていた。

…アルバロ、私もね、あなたが大好き…
好きなのに、好きだけど言えないなんておかしい。好きだから・・・言わなきゃ。
彼の温かい言葉が胸を滲ませて、悩んですり減った私らしさを瘉していく。

ぽうっと左手が熱くなるのを感じた。
覚悟を決めなきゃ、という気持ちに呼応して刻印が浮かび上がる。

「右手が…熱い?これは・・・この刻印は・・・」
「アルバロ、全部話す。話すから・・・聞いてね」

回されたままのアルバロの腕をそっと掴み立ち上がる。
そのまま後ろを振り向けば、真剣に話を聞こうとする彼の瞳が間近にあった。

「この刻印が何かはわかる?」
「・・・それはさっき、その本に記されていたのを見たけど」

本に記された内容を思い返したのか、アルバロのピンクの瞳が一瞬不安気に揺れる。
それでもためらわない。
話すと決めたから。

「私の手とあなたの手。同じ刻印が刻まれてる」
「…うん」
「これは…私があなたに施したものなの。」
「ルルちゃんが…?」

驚いたように目を見開く彼に、動揺しないように、声が震えないように。
ばくばくする心臓をうるさく思いながらゆっくり口を開いた。

「私とあなたはこの刻印で繫ってる。術者である私があなたの行動を制御しようと思えば出来る」
「けど、あなたにとっては枷としかならない」

目を逸らさないで、じっとアルバロだけを見て、

「この刻印は強力なもので、他のものとは違うところが一つあるの・・・」
「違うところ?」
「うん、・・効力。・・・永久的なもので、私とあなたの命は連動してる」

彼が目を逸らしてしまえばいいと思った。なのに、アルバロもじっと私を見て目を逸らさない。

「どちらかが死ねば、死を共にしなければならない。それがこの刻印の制約」

息をのむような気配がしたと思った。けど、それでも言わなければ…

「制約で強固にした誓約。それがこの刻印。私とあなたの繫りは…それだけなの」


自分でも驚くほど冷静になれて言えたと思ったのに。
気がつけば唇が震えてる。
頬を終わることなく伝う涙が、床にぽたっと落ちる音だけが耳に響いた。