Having sincerely hoped
10
「連絡は相変わらずか?」
「ああ…依頼を引き受けなくても連絡くらいは繋がったのに、最近は全くだ」
深夜、路地裏で全身を目立たないように黒でまとめた二人の男が、闇に同化しながら話をしている。
どちらの男も冷えた声で、淡々と話しを進めていく。
「あの依頼は…アルバロにも協力を頼むつもりだろう?」
「そのつもりだ。あいつの薬学の知識が必要だからな。まだ返事はないが…」
ギルドからの依頼には期限は定められてはいなかったが、早いに越したことはない。
いつまでも一つの依頼をこなせないというのは問題だ。
「…仕方ない。直接あいつに頼むとするか。これ以上待てはしないしな」
「だが、学院内にいるのでは入れないだろう?どうする」
「週末。街に出た時に接触だな」
その言葉に、男はそれでは無理だと口を歪めた。
「最近は指定場所にも来ないだろう?出て来るのを待っていては時間がかかる」
「そうだな…それなら呼び出しを図ろう。それまでは他の依頼をこなすとする」
「呼び出しに応じなければ?あいつは確かに学院内にいる。それでも連絡がないんだ。」
「出て来ざるを得ないようにするまでだ。簡単だろう」
そう言うとその男はそのまま身軽に体を動かして、あっという間に闇夜のはざまに消えていく。
それをもう一人の男は視線で追うことなく、同じようにその場を立ち去って。
闇の静寂が二人の痕跡などなかったように、辺りを覆っていった。
「おはよう!アルバロ」
「おはよう…自分で誘っておいて何だけど、朝っぱらからじゃなくてもよかったんじゃないのかな」
日曜日、まだ他の生徒たちはまばらにも見えない朝早くから、二人は待ち合わせていた。
ふわあと軽く欠伸をするアルバロに、ルルはだって、と口を尖らせた。
「アルバロからこんな風に調べ物手伝って欲しいっていうこと珍しいから」
「そうかな。それは…昔の俺もそうだったってこと?」
「昔?…う~ん…実験のお手伝いとかはたまにあったけど…」
そこまで言うとふいに顔をあげて笑顔で語りかけてくる。
「アルバロの方が頭がいいっていうか、先輩だし。教えてもらう方が多かったの!」
「そっか。じゃあいい先輩だったのかな」
笑顔で返すと、何故かルルはう~んと顔を曇らせる。
・・・・・・?
「でもね、間違った答えを…ひどく真面目な顔で教えたりとかもあったのよ?後で先生に指摘されるまで気がつかなくて…」
「それはまた…ごめんね」
「あ、謝ることなんてないのよ!?…何だかめちゃくちゃな答えを教えられて。気がつかない方がおかしいって…」
例えばね!と息巻いて話すルルから聞かされる珍回答は…確かに普通は気がつくだろうと思う答えばかりで…
「ははっ!それは…気がつかないってすごいよ。何だかすごくよくわかる」
「?わかるって何が?」
「昔の俺の気持ち。そんなことで騙されるなんて…見ていて飽きないし、楽しいと思うな」
話を聞くだけでも面白いのに。そう思いながら自然に顔を緩めていると、ルルが頬をほんのり染めて自分に視線を寄せた。
「見ていて…飽きないって…そう思う?」
「うん。飽きない。ルルちゃんといると毎日楽しいよ…前にもきっとそう言っていたんじゃないかな」
覗うように身をかがめてルルを覗きこめば、うん、言ってたって笑顔で答えて…
困ったように微笑みながら一瞬視線を逸らされて。
そんなちょっとした仕草が気になる時があるのだけど、あまり深追いしない方がいいのだろうか…?
「ところでアルバロ、何を調べるの?」
「え?ああ、…これをちょっとね」
アルバロが脇に抱えていた本をルルに見せた。
退院して寮に戻って来た日。引き出しの一番奥にしまわれていた古い蔵書。
言語がわからないため後で調べようと、しまったままにしておいたもの。
過去とも向き合う。そう決めたから、出来ることは何でもしようと思った。
そう考えた時にこの蔵書のことを思い出したのだった。
じっとその本を見ていたルルの表情が、真剣なものに変わっていく。
ルルちゃんは、何の蔵書か知っているのかな?
「それ…どうしたの?図書館で借りた本?」
「いや、俺の部屋にあったんだ。そっか、図書館で借りたのかな?言葉がわからないから何の本か気になって…」
本をルルに見えるようにパラパラとページをめくっていく。
ちらっと見ただけなのに、ルルの表情はいつものように好奇心旺盛な感じではなく、むしろ心ここにあらずといった感じだ。
「ルルちゃん…この本知ってるの?」
「…ううん。難しそうだなって思ったの。私で大丈夫かなって…」
嘘だと思った。張り付けたような笑顔は自分を納得させるための笑顔。
それくらいは…わかる。何度も何度も、本当の笑顔を見てきたから。
「無理なら…俺一人で「ううん!手伝う!言葉も昔のもので訳すだけでも時間かかるしね」
「すごいね、見ただけで昔の言葉ってわかったの?」
俺の言葉に、はっとしたように一瞬身をすくませた。
「うん…似たような本見たことあるの。だから・・・アルバロの手助け出来ると思うわ!頑張ろうね!」
「頼もしいね、期待してるよ」
図書館までの道のりはそんなに長いものじゃないけれど、自然にルルの手を引こうと自分の手が動こうとするのに気がついて。
自分で思っている以上に、ルルに惹かれているのを実感して。
昨日繫った手を思い出して、また…と思ったけれど。
ルルは自分の左手を、自分の右手で包んで、何やら思案しているようだった。
真剣な眼差しは、泣きそうに見えた。気のせいだろうか?でも…
「ルルちゃん」
「・・・え?あ、行こうね!図書館もう開いているかな~」
「…ルルちゃん、これ、見えない?」
え?と振り向いたルルの前には、繋ごうと差し出されたアルバロの右手。
「繋ごうとしたら自分の手で繫ぎあっているから・・・もしかして予防線張られた?」
「ううん!!そ、そんなんじゃない!そんなんじゃないの!…違くて!!」
真っ赤になりながら首を横にブンブン振るルルに、何だか自分がほっとする。
慌てる彼女が可愛いと、もっと慌てさせたいと思ってしまうのはきっと昔からだと思う。
「じゃあ、行こうか」
「うん!…え?あ、あのアルバロ?」
「うん?」
「あの、その…手は?」
「手?ここにあるけど…」
繋ことなくルルを通り過ぎた自分に、慌てて自分の手をおろおろさせるルルに。
我慢できなくなって大笑い。
「あ、アルバロ~!!からかったの!?」
「あははっ!だってルルちゃんが予防線張るから・・・」
「違うもん!予防線じゃないってば!!」
図書館に向かう前の一時。
何も知らず、笑いあえた一時。
彼女がこの時、必死で胸の痛みを我慢していたなんて知らずに。