Having sincerely hoped



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ある一枚の手紙を手に取り、指で弄ぶようにしながらさっと目を通す。
面白そうな話ではあるけれど…リスクが高すぎることは…さすがにルルの目をごまかせない。
以前なら、興味があれば引き受けた仕事も、今ではままならないことはもうわかっている。
・・・・・・それに、何故か、そこまで興味も惹かれない。

アルバロはその手紙を残らないように、火の魔法を軽く呟くと、ボッと燃やし始めた。
その表情には何の感情も添えられていない。
全てが灰になったのを確認して、そのまま部屋を出た。


「ルルちゃん、どうかした?怖い顔して…」

本当はわかってる。ギルドの仕事に気持ちが魅せられるとそれが伝わるのか、彼女はいつも気を引き締めるように、全く怖くもない顔をしかめて怒った表情を作る。
刻印も、そのせいか、呪縛がその時強まる気がする…

「また…何かするつもりなの?」
「したくても、これじゃあ出来ないでしょう?これだけきっちり制御されたらね…」
「危ないことはしちゃダメ。面白い事なら…危なくなくたっていっぱいあるんだから!」

いつもいつも同じことを諭すように言うルルに、表面だけの笑顔を見せる。
それはきっと彼女にも伝わっている。それでも、ルルも…同じように笑顔を見せるのだ。

それはいつものことで、いつもどおりの日常で平穏な…前なら、嫌いな時間。
今も、普通の日々は退屈で好かない。けれど、ルルといるのは面白い。
ルルをどうにかしてまで逃れようとは思えない。

一緒にいれば、やはり興味が湧く。自分をずっと飽きさせない、貴重な玩具。
バレバレな気持ちを押し隠す意地も、予想外の行動で楽しませてくれるのも、全てが未だに目を引いて。
だから今の事情を憂う日はあまりなかった。

「ねえ、アルバロ。あのね、これ机の上に置いてあったんだけど…」

唐突にルルが差し出したのは手に乗るサイズの小箱。
それをルルの手から取ってしまうと、くん、と軽くにおいを嗅ぐ。

・・・・箱の中から強烈に甘いにおいが漂ってくる。けれど…

「・・・・・・こういうこと、前にもあったのかな?」
「ううん。差出人がわからないから・・・食べちゃうのは待とうと思って…」

ルルの好きそうな甘ったるいにおい。けれどそれに紛れる微弱な香りが猛毒の薬だ。

「食べたら、死んでたよ」
「そうなの…って、ええ!?し、死ぬ!?」

アルバロは驚くルルを余所に、平然となんてことないように箱を開け、中を確認すると、何やら呪文を唱えてそれを跡形もなく消してしまった。ふん、と冷笑を漂わせて自分の掌を見つめる表情は、彼の素顔だろう。
・・・・私が狙われたっていうより・・・きっと・・・・

ルルはそんな冷たい表情をものともせずに、その瞳をじっと覗きこむ。

「ねえ、狙われてるのは、アルバロなんでしょう?」
「・・・・正解。ルルちゃんって時々鋭いよね。そういうアンバランスなところがいいよね」

にこっと目はそのままに、口だけを微笑ませて、その後おかしそうに顔を歪めた。

「自分の力じゃ俺にはかなわないから・・・君を狙ったんだろうね」
「でも…どうして刻印のこと、知っているのかな。学院にだって知っている人は限られているのに…」
「そりゃあ・・・」

続く言葉を一端区切り、ルルの方へ視線を向ける。

・・・こういう時は、私の反応が見たいって思う時、つまり、ろくでもないこと言い出す時!

きゅっとルルは唇を引き締めると、「続きは?」と促した。

「こそこそ嗅ぎまわる鼠がいたから、好きなようにさせていたんだよ。ついでに…刻印のこともわかりやすくサービスしてね」
「なっ…なんでわざわざそんなことっ…!?」

驚くものかと思っていたのに、驚いてしまって、アルバロはそれを愉悦を帯びた目で見つめてくる。
悔しさと共に、責めても堪えるどころか喜ぶ人だ、と思っても、つい不満が口をつく。

「向こうが真剣にこっちの命を狙ってくるんだ、それを返り討ちにして、絶望の表情を見る・・・楽しいものだよ」

もう何度も目にした冷えた瞳。
それでも…昔とは違う。怯えることなく、アルバロに言葉を向ける。

「でも…アルバロがやられることだってあるかもしれないじゃない。そうしたら…それでも、自由になれるからいいって思うの?」

自由になりたければ、私を殺して、自分も死ぬ。そう言っていたから、素直に感じたことを聞いた。

「う~ん、個人的にはそれはいいとは思わないな。自分から断ち切るならともかく…」

殺されてもいい、と思っていたわけじゃないことに、少しだけほっとする気持ちが湧いた。それでも…

「アルバロ、絶対なんてないのよ?そんなことばかりしてたら…いつか自分の首を締めることになると思うわ」
「俺はこんなの相手にはやられないよ。今まで予想を裏切る展開になったのは…ルルちゃんとだけ」

ひらひら、と手を舞わしてルルに見せるとそのままルルを手繰り寄せ、二人の間の距離をぐっと縮めた。

「何、もしかして心配してくれてるの?光栄だな」
「アルバロ、私と刻印で繫っているの、忘れたの?」

近づく顔、覗きこむ瞳に動揺しないように、じっと見返すようにしながらすぐに言葉を返す。
その反応に気を良くしたのか、薄く笑いを浮かべて、手は頬に添えたまま、ルルの唇を軽く指でなぞる。

「・・・忘れてた。俺のことが好きで、心配したのかと思ってたよ」
「それはアルバロでしょう?…私のことが好きだから、死ぬわけにはいかないわよね」

精いっぱいの強がりで、跳ね上がりそうな心臓を押さえて、そうにっこり微笑み返せば、アルバロはいつもの道化師の笑顔に戻って参ったように苦笑いをする。

「こうあっさり返されるのもつまらないね」
「そうは見えないけど」

いつものやりとり、いつもの騙し合い。何事もなかったように歩き出す二人。


その時、アルバロに向かって何かが投げられた。
それはまっすぐに線を描いて、アルバロの心臓に向かって放たれたのだった。