2 斎藤さんに送ってもらおう

「えっと、じゃあ・・・」

千鶴は斎藤の方にちらっと目を向ける。
それだけで、千鶴の言いたいことがわかったように、斎藤は微笑んでくれた。

「俺が送ろう」
「え~…僕も一緒に…」
「総司は、屯所に連絡を頼む」

やだよそんなのとぶつぶつ言う総司に、千鶴が沖田さんお願いします。と声をかければ、漸く、むすっとしたまま頷いて、そのまま部屋を出て行く総司を避けて、少女は千鶴の方をじっと見る。
千鶴は申し訳なさそうに、眉を寄せながら、
「あの、まだ話したいことがあるので、送ってもらってもいいでしょうか?」

千鶴の懇願するような態度に、少女は仕方ないと少しだけ口元を緩めて、

「わかりました。では私はお姐さん達のお手伝いにいきます」
「あ、ありがとうございます」

深々と頭を下げる千鶴に少女はきょとんとするも、何かおかしそうに笑ってその場を去っていった。
その様子に千鶴は、何かおかしいことありました?と斎藤に尋ねた。
いや、そんなことはない。と言いながら、斎藤は知らず優しい表情を湛えていた。

置屋がこれだけ厚遇してる千鶴に、あれだけ丁寧に頭を下げられるなんて考えもしなかったのだろう。
少女の顔がずっと堅かったこちらを警戒したようなものから、一転して友好的なものになった。

「・・・千鶴のそういうところに、皆惹かれるのであろうな」
「え?そういうところ?惹かれるって…?」
「い、いや、何でもない。送ろう」

すっと気恥ずかしそうに目を逸らして部屋を後にする斎藤。
その後を千鶴がついていくのだけど、いつもの袴とは違い、歩幅も小さいしゆっくりしか歩けない。
それでも二人の距離は広がらない。
一定の距離を保ったままずっと、そのまま玄関まで。

後ろを振り向いたりしないのに、それでもつかず離れずのまま、どうしてわかるのだろう?

外を出れば、もう真っ暗でそのまま風も冷たい。
斎藤に遅れないように、と少し早めに歩くと、何故か斎藤は少し遅めになる。

「・・・斎藤さん」
「何だ?」
「どうしてわかるんですか?」
「?」
「私の歩く早さ。さっきからずっと…急ごうとすればゆっくり歩いて・・・こちらを見ていないのに」

すごいな~と純粋に感心している千鶴の傍で、斎藤は内心自分を情けなく思っていた。
部屋に二人きりになって。
惹かれてる自分を再確認してしまって。
そう意識してしまえば、余計に、今の着飾った千鶴を直視できなくなってしまった。
だから、見れない分神経を張り巡らせて、千鶴のことを気遣っていただけだ。

そんな斎藤の気持ちなど知らずに、千鶴は無邪気に近づいてきて、ぱたぱたと小さい歩幅で必死に斎藤を追い抜くと、斎藤の目の前に立った。

「?」
暗くてよかった。薄暗がりだからぼんやり見えるくらいの千鶴がちょうどいい。
そんなことを思いながらも千鶴の行動に首を傾げていると、千鶴が手を体の前で合わせて、ピンと背筋を伸ばした。

「いつも・・・さりげなく気遣ってくれて、ありがとうございます」

そう言って、ぺこっとお辞儀をする千鶴。
あげた顔は、暗くて見えないはずなのに、何故かくっきりと笑顔が浮かぶ。
・・・ああ、そうか、と思う。
千鶴は、それだけのありがとうを自分に向けていてくれたから。だから…

「…千鶴、俺はそんなに大したことはしていない。礼など・・・」
「そんなことない!そんなことないです!すごく・・・いつもありがとうの気持ちでいっぱいになりますよ?」

芸者の格好をしていても、この娘は変わらない。
謙虚で、素直で、人を温かくする。

「千鶴のありがとうを、あと、どれほど聞くのだろうな」

立ち止まったまま向かい合い、暗闇のなかぼんやり見える千鶴をじっと見つめて呟いた言葉。
その言葉に千鶴も呟くように答えた。

「数えきれないです、きっと。思ったらすぐに言ってしまうから」
「千鶴は言わなくても、表情でも伝わる」

え、と小さく声を漏らす千鶴に、思わずふっと微笑んでいるような斎藤の表情はよくは見えない。
その表情を覗いたくて、千鶴もじっと斎藤を見つめながら、

「それでも言います。言葉にして、斎藤さんに伝えたいから」

その言葉に斎藤がはっとなったような気がした。どうしたのだろう?と斎藤をじっと見上げる千鶴を、斎藤は眩しい思いで見つめていた。
言葉にしなきゃ伝わらないこともある。それは、最近自分が一番思ったことだ。
ずっとずっと言いたくて、でも伝わらず。
今日こそはと思っていたのに、繰り返すところだった。

斎藤は変わらず自分のことをじっと見る千鶴に、ずっと胸に閉じ込めていた言葉を声に乗せる。
暗闇が力を貸してくれるように、千鶴の姿はぼんやりと。
でも今なら、明るいところでも目を見て言えるかもしれない。

「千鶴」
「はい」
「・・・・その姿、似合っている。とても・・・・きれいだ」
「あ・・・」

何故だろう、千鶴が頬を染めているのがわかる。
その表情は見えにくいけど、でも・・・

ふっと小さく息を吐いて笑う斎藤に、千鶴はえ?と余計に慌てる。
そんな千鶴に斎藤は、ほら、と笑顔を向けた。

「千鶴は表情でわかると言ったろう?」

その言葉に千鶴は余計に真っ赤になって顔を手で隠す。
その顔を隠していた手をそっと斎藤がはずして顔を見ると、困ったように笑いながら千鶴が一言呟いた。

「ありがとう、ございます…」

二人で顔を覗き込みながら微笑み合う。ふと繫る手に目をやって、斎藤は片方の手だけ外し、千鶴の横に立つ。
そのまま自然に手を繋いで、歩み始める二人の頬はうっすらと染められて。
そして、それをある人物に見られていたとは、二人は露ほども気が付かなかった。





斎藤⇔千鶴♥1up