3 少女を困らせるわけには…



「えっと、でも・・・」

千鶴は二人と少女と交互に目を向ける。

「一緒に帰らなければきっとこの娘が怒られてしまうんじゃ…」
「でも千鶴ちゃんに何かあったら、怒られるくらいじゃすまないよ?」
「そうだな、特に今は注意するに越したことはない。何かあればその娘では無理だろう」

すぐに切り返された言葉に、千鶴はたじたじとなりながら、少女の方へ目を向ける。
そんな会話の様子をじっと見ていた少女は、すっと頭を下げて、

「わかりました。そのようにお伝えしておきます。それでは私はお姐さん達のお手伝いにいきます」
「いい、んですか?あなたが怒られたり…」

千鶴が心配して駆け寄ると、少女も少し顔を和らげて、大丈夫ですと一言。千鶴は申し訳なさから
「すみません。ではそうさせていただきます」

深々と頭を下げる千鶴に少女はきょとんとするも、何かおかしそうに笑ってその場を去っていった。
その様子に千鶴は、何かおかしいことありました?と二人に尋ねた。

二人はそんな千鶴に困ったような微笑みを向ける。

置屋がこれだけ厚遇してる千鶴に、あれだけ丁寧に頭を下げられるなんて考えもしなかったのだろう。
少女の顔がずっと堅かったこちらを警戒したようなものから、一転して友好的なものになった。


「千鶴ちゃんは誰に対しても千鶴ちゃんってことだよ」
「??え?あの、どういう…」
「千鶴が屯所に馴染むことができたのが、よくわかるな」
「???」

きょとんとする千鶴を余所に二人は小さく笑う。

「じゃあ送るよ」
「二人で送ってくださるんですか?」
「いや、一人は屯所に連絡を・・・」
「じゃあ、斎藤君お願いね」
「・・・・・・・・おまえはどうしてそう・・・」

さっきまでほのぼのとしていた空気が総司の一言で殺伐としたものになってくる。
そんな空気を読まずに千鶴が口にした言葉でその場の毒気は抜かれてしまった。

「三人で歩くの、いいなあって思ったんですけど・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

「ほら、沖田さんと斎藤さんが二人で並んで歩いてると、無敵!って感じで」
「お互いが背中を預けられる関係っていうか、立ち位置も必ず決まってるし…だけど、この間三人で帰り道歩いて…」
「当たり前のように、お二人の間に入れてくれるのがなんだか嬉しくって・・・」

だめですか?と小首を傾げる千鶴に、だめなはずがない。と、二人は首を横に振る。

「本当は、二人がいいけど、千鶴ちゃんがそういうなら、それでいいよ」
「屯所への連絡は…明日にでもしよう。送る」

その言葉に千鶴は満面の笑みで応えた。

外に出ればもう真っ暗で。建物の中から洩れる明かりと月明かりが道をぼんやり照らすのみ。
ヒューっと吹きつける風はもう冷たく、広く開いた首元に風が忍び込み余計に寒さを感じる。
しん、と静寂が広がる闇に斎藤の声が響く。

「千鶴、あの紙のことはさほど気にするな」
「え?でも…」
「うん、あれは敵って感じじゃない」

ひょっとして置屋の中に、新選組を悪く思う人が?とおぼろげに思っていた千鶴は、二人の確信めいた言葉に素直に頷くことができない。
押し黙ってしまった千鶴を見て、総司と斎藤は安心させるような優しい声を出す。

「もし、敵ならば…もっと過激な発言をしてくると思うし、それなりの行動もある」
「うん、僕たちではなく千鶴ちゃんに紙を渡しているあたり、心配してくれてるのかもよ?」

だから、大丈夫だよと諭すように二人の言葉が胸に響く。
正直、紙を渡された置屋に戻るのは憂鬱な気持ちもあったから。

「あの…なんだか今回はお店の方に…見張られているような感じがしたんです。だからちょっと不安になっちゃって…」
「「・・・・・・・・・・」」

千鶴の言葉に二人は無言で頷く。やはり自分たちの考えは正しい。
けれど、もう少しはっきりするまでは…千鶴には秘めておくことにすると決めていた。
千鶴は隠し事には向いていない。どうしても警戒心が態度に出そうだし、何より・・・
角屋以外では離れる状況で、千鶴を不安にさせたくなかった。だから。
そんな二人の考えていたことなど全く知らずに、千鶴は言葉を続ける。

「考えすぎですね、すみません。気にしないことにします。明日も頑張り、ま・・!?」

声が一瞬上ずったと思った瞬間、千鶴はそのきれいな芸者姿で均衡を崩し、膝と手を地面につけていた。
簡単に言うと、転んだ。ただそれだけのことだけど…

考え事をしていた二人は反応が遅れ、暫し呆気にとられていたのだけど…

「あの〜…すみません。いろいろ重くて、うまく立てられないです・・・」

恥ずかしそうにぼそぼそと呟く千鶴に、総司は噴き出しながら、斎藤もふっと笑みを浮かべながら。
二人は同時に千鶴の両脇を抱えて、千鶴を立ち上がらせた。

「君って…ほ、本当に、なんていうか、ねえ?」
「沖田さん、笑いすぎです…」
「怪我はないか?」
「・・・ないです」

怪我より恥ずかしくてたまらない。
いたたまれないように、とぼとぼと歩く千鶴に同時に手が差しだされた。

「ほら、繋いでないと、千鶴ちゃんまた転びそう」
「大丈夫だ、転ばないように次は支える」

差しだされた手と共にうっすら見える二人の表情はとても優しいもので。
千鶴は頬を赤らめながらもそっと手に手を置いた。
置いた瞬間そっと握り返されるのがなんだかくすぐったい。

「・・・ありがとうございます。でも、もう転ばないです」
「支えているからな」
「斎藤さん!そうじゃなくって…」
「無理だよ、千鶴ちゃんだし」
「沖田さん!どういう意味ですか!」

三人で、千鶴を真中に手を繋いで歩く、その賑やかな談笑は遠く離れたところにまで響いてくる。
その声に気が付いたある人物に見られていたとは、三人は露ほども気が付かなかった。