1 沖田さんに送ってもらおう。
「えっと、じゃあ・・・」
無意識につつかれた頬に手を置いて、総司の方に目を向ける。
それだけで、千鶴の言いたいことがわかったように、総司は微笑んでくれた。
「うん、僕が送るね」
「・・それなら俺は屯所に連絡をしておこう」
「お願いします」
了解した、と頷いて、そのまま部屋を出て行く斎藤を避けて、少女は千鶴の方をじっと見る。
千鶴は申し訳なさそうに、眉を寄せながら、
「あの、まだ話したいことがあるので、送ってもらってもいいでしょうか?」
千鶴の懇願するような態度に、少女は仕方ないと少しだけ口元を緩めて、
「わかりました。では私はお姐さん達のお手伝いにいきます」
「あ、ありがとうございます」
深々と頭を下げる千鶴に少女はきょとんとするも、何かおかしそうに笑ってその場を去っていった。
その様子に千鶴は、何かおかしいことありました?と総司に尋ねた。
ん?別にないよ。と言いながら総司は笑いをこらえている。
置屋がこれだけ厚遇してる千鶴に、あれだけ丁寧に頭を下げられるなんて考えもしなかったのだろう。
少女の顔がずっと堅かったこちらを警戒したようなものから、一転して友好的なものになった。
総司は千鶴を見下ろして、そっと頭を撫でる。きれいに結わえられた髪が崩れないように。
その感触に振り仰ぐ千鶴は…まだ不思議がっているように目をぱちぱちさせていて。
誰もいなくなった部屋で総司は千鶴をそっと抱き締めた。
「お、沖田さん!あの、戻らないと・・・」
「駄目だよ」
「え?…あの…こ、困ります!戻らないとみんなに迷惑を…」
自分の駄目と言ったことが、戻るのを駄目と思っている千鶴に総司はくすっと小さく笑いをこぼした。
そのまま小さい声で呟く。
「あんまり、いろんな人を魅了したら駄目だよ?」
これ以上増やさないでよ、と千鶴の肩に顔を埋める。
頬に、耳にかかる吐息が温かくて、総司の髪の毛が柔らかく構ってと千鶴になびいてくる。
胸がいっぱいいっぱいで、息も苦しく感じられるくらいきゅうっとなる。
「み、魅了なんかしてません。してるのは、沖田さんです」
すぐ目の前にある総司の胸をきゅっと掴めば、総司はふふっと嬉しそうに声を漏らした。
「そっか、じゃあ千鶴ちゃんは今、魅了されてるってことかな?」
「~~沖田さん~~」
「じゃあ、帰したくないなあ…戻るの止める?」
「も、戻ります!!行きますよ!!」
真っ赤になって慌てて総司の体から離れる千鶴。
どうしてこんなに・・・素直に反応してくれるんだろう?だからついからかってしまうけど。
「可愛いね」
「あ、ありがとうございます」
「・・・千鶴ちゃんとは言ってないけど」
「!?・・・・・・・もう行きます」
予想通りの反応をして、ぷいっと顔を背ける千鶴に、あははっと思わず声をあげる。
・・・可愛いよ、心の中でもう一度呟いて、千鶴の後を追いかける。
角屋の中は明るいのに、外はもう真っ暗で。
千鶴は外に出た途端に首筋に感じる風が冷たくて、寒いと思わずぶるっと体を震わせた。
その時ぴたっと、腕を肩に回して、体を張りつけるように総司が傍に来た。
「あの・・・」
「寒いんでしょ?」
「で、でも・・・これじゃ恥ずかしいです」
「文句言わない。僕も薄着だから…脱いでこの上着貸すと寒いじゃない」
「私なら大丈夫ですから」
そう言って、距離を取ろうとすれば、そうはさせじとぐっと腕に力を込めて余計に体を寄せてくる。
「僕が、寒いからなの。ちゃんと温めてよ」
悪気もなく、嬉しそうに言う総司に、千鶴はもう、と言いながらも離れる気は全然なかった。
こういうところを、昔は困るとしか思えなかった。自分勝手だと思っていた。けれど、今は。
・・・困ると、本気で思えないのが…困るのよね・・・
千鶴はそんな自分の変化に苦笑いを浮かべる。
それにやっぱり、温かい。なんだか胸の内からも温まっていく。
まだもう少し、もっとこのままで、そう思いながらどちらともなくゆっくり歩く中、総司がぽつりと話し出した。
「千鶴ちゃん、あの紙…だけど」
「はい」
「・・・あんまり気にしなくていいよ、あれはきっと・・・親切で書いたんじゃないかな?」
「親切、ですか?」
予想もしなかった言葉に千鶴は目を瞬かせる。
きっと関係者がこれ以上踏み込むな、と警告したのだ、と思っていたのだけど。
「置屋で入れられたなら、きっとさっきの子みたいな見習いの子とか、だよね?」
「はい。他の人はないと思います」
「きっと千鶴ちゃんがいい子だから、心配して、早く屯所に戻りなさいって言ってくれた。そう思っておきなよ」
「・・・そんな楽観的でいいんでしょうか」
「悲観的よりはいいよ」
にこっと笑って顔を覗き込む総司には、そうかも、と思わせられてしまう。
あの笑顔には、絶対言いくるめられてしまう。
だから千鶴もつられて笑顔で返す。
「はい、わかりました。」
そのまま二人寄り添って宵中を歩く。
その姿は任務中とは思えないほど穏やかなもので。
そして、それをある人物に見られていたとは、二人は露ほども気が付かなかった。
総司⇔千鶴♥1up