艶姿をもう一度

8




千鶴が通された部屋は大部屋で、団体のお客さんがすでに座って宴を始めているように見えた。
けれど、座っている面々は穏やかな人達…という印象で、この間の潜入の時とはだいぶ様子が違った。
刀を携えた浪士など一人も見かけず、談笑を楽しんでいる。本当にそのように見えた。

「失礼します。お注ぎしましょうか?」
「ああ、頼もうか」

横についた者の杯が空になっているのに気が付き、そう言えばありがたいと微笑んで杯を傾けてくる。
・・・・この人たちは…関係・・ない、のかな?でも…確か土方さんは・・・

『町民と思われる連中の口から千鶴の名前が出ることがあるらしい』と言っていた。
見た目は温厚でも、気を抜いてはいけない。と千鶴は手に持つ徳利をぎゅっと握った。

「君…名は?」

考えに捉われていた千鶴に唐突に向けられた言葉に、千鶴はちょうどいい、とばかりに、じっと目を見て答えた。

「千鶴、と申します」」
「・・千鶴か、いい名だな、歌は好きかね?」
「え?ええ…好きです」
「ならば一句いかがかな?」
「ええ〜と…・(ど、どうしようどうしよう!?)」

千鶴という名を出せば、多少なりとも動揺が見受けられるうかもしれないと、そちらに気を回していたのに。
一応聞いただけ、と言わんばかりに、楽しそうに俳句の話をしだす。
こんなのはどうだろう?と詠み始めた男は、次いで千鶴にもさあ、さあ、と迫ってくる。

・・・俳句、そうだよね…ここの芸者さんは皆さんそういうのに秀でているし、詠まなければ怪しまれるかも!?

慌てて千鶴は頭を目いっぱい回転させるも浮かばない。
こうなれば最終手段・・・・・・・・

「・・・・・・ま、まあ・・・そういう捻っていないのも・・・いいのではないかな?うん」

千鶴の詠んだ句に、少し困った顔でも何とか笑いながら男は拍手を送ってくれた。
・・・・・・・・・土方さんすみません。

千鶴が詠んだ句は、前に土方が庭で一生懸命詠んでいた一句だった。




一方その頃。

「千鶴ちゃんは大部屋だよね、どこで見張っておこうかな」
「いや、総司は初めてだろう?ここは俺が。おまえはこの部屋で待機を」
「・・・見張りは初めてじゃないよ。それにここにずっといるのも嫌だし」
「そういう考え方だと、おまえは面白いと事を荒立てそうでだめだ。やはり俺が」

そんな言い合いをいまだ部屋でしていた二人のもとに、「失礼します」と声がかかる。
店の者がここに来るなんて、もう何かあったのだろうか、と二人が同時に勢いよく立ち上がる。
そっと障子戸をあけたのはまだ年端もいかないように見える少女。
顔をあげて、神経を尖らせた二人が目に入り、怯えたように目を逸らした。

「で、何かあったの?」
「は、はい。旦那様からの言伝が・・・」
「角屋の?」
「は、はい・・・お二人とも部屋を出られませんように、と」

その言葉に、総司ははあ?と顔をしかめて、少女は余計に怯え震えだす。
その少女の様子に斎藤は、総司を視界から隠すように、二人の間に立ち、出来るだけ怖がらせないようにどういうことだ、と短く問いた。

「は、はい・・・千鶴様は今日は俳諧の宴の席に出られております。その、全く危なくない、新選組とは関係ないものですからご心配なさらずに、とのことです」

その言葉に斎藤の後ろから余計苛々している総司の気配を感じる。
その感情を隠しもしない態度に、斎藤は嘆息しながら、わかった、下がって結構だと伝えた。

戸が閉まった途端に、総司は斎藤に詰め寄った。

「斎藤君、いくらなんでもおかしいでしょ、これ。僕らは新選組に仇なそうとしてる者を探しに来ているわけでしょ、なのに・・・待ってろ?」
「総司・・・言いたいことはわかるが、落ち着け」
「落ち着いてなんかいられないよ」
「・・・きっとこの間、店で刀を振り回したから・・・あまり騒いでほしくないのではないか?」
「そんなの、最初からわかりきっていることだよ。悪いのは相手だし」

いまだ納得できないと言うように、総司はぶつぶつ言いながら部屋の中を歩き回る。

「格式高い島原・・・と言ったって、今は勤皇派、佐幕派の会合に使われているようなものじゃない、何を今更・・・」
「そのように使ってほしいとは思ってはいないのだろう」

言いながら、斎藤は前にくすぶっていた疑問を思い出す。

「そういえば…千鶴の衣装はすべて置屋が用意したと言っていたな」
「・・・そうだね」

自分たちはあまり歓迎されていない。それなのに、千鶴に対する厚遇はどうだろうか?
新選組が便宜を計らえと申し出たとは思えない。きっと店が渋々申し出たのだと思った。それでも、千鶴の身なりを見ればかなり優遇された格好だと思う。

「屯所に寄せられた情報は・・・監察ではなく・・・」
「・・・・・・店の者からの情報」

斎藤の言わんとしていることに総司も気が付いて、動きを止める。

「本来なら、争い事はごめんだろう?なのに解決を急がず千鶴を宴に回している」
「しかも絶対安心だと言い切るところもおかしいよね」

「「店が怪しい」」

二人は同時に声を発して頷きあう。
自分たちの勘が告げている。この考えはきっと正しい。あとはそのセンで裏付けをしていかなければいけない。
ただ…二人の懸念は尽きない。

「屯所の周りの怪しい人影っていうのは・・・うちの情報、だよね」
「そうだな・・・それは店の者からではない」

偶然なのか、策略なのか。
いずれにせよ全てがはっきりするまでは、それに千鶴は一切関与がないと認められなければ、いけない。

「・・・取り敢えず、おとなしくしている振りして、店側の様子を観察、かな」
「そうだな・・・下手に動いて気づかれたと悟られてはまずい」

今日は初日だ。きっとこちらにも注意を払うはず。
まだ、我慢の時、そう納得して二人は腰を下ろした。

「・・・店側が企むって何だろうね、・・・案外三馬鹿の借金って合ってるんじゃないの?」
「それならこんな回りくどいことはしないだろう、それに副長が許すはずがない」

きっぱり言い切る斎藤に、どうかな、と軽く笑いを漏らす総司。

「じゃあ、身請けの話しは?結構真実味帯びてない?」
「・・・・・・・・」
「やだな斎藤君、沈黙は肯定だよ」
「いや、新選組を騙して、身請けさせるとは考えられない。危険の方が大きいだろう?」

その言葉に総司はそうだね、殺しちゃうよ、と呟いた。その声はとても低く暗い。
知ったものが聞いたら誰の声かと聞き違うような、殺気めいた声。

「総司はわかりやすいな」
「斎藤君に言われたくないよ」

顔は動かさず、視線も動かさず、前だけを向いて、何もない空間が映っているはずの瞳。
けれど二人の頭には千鶴が浮かんでいる。
瞳に映ったものではなく、思い描く千鶴を見ながら言葉を交わす。

「千鶴は、俳諧の宴か、うまく立ち回れているだろうか」
「・・・なんかおどおどしてそうだよね」

二人の脳裏にくるくる表情を変える愛らしい千鶴の姿が浮かんでいく。
同時に顔を緩ませて、同じことを考えているなと二人目を見合わせた。

「・・・必ず共に戻る」
「そうだね、千鶴ちゃんがいないのなんて考えられないしね」

いつもは衝突しあう二人が、同じ目的のために深く頷きあった頃、ようやくお役目解放となった千鶴は、お酒の匂いに中てられて少しだけ体を揺らめかせながら歩いていた。
ぎゅっと腹部を圧迫するように締められた帯が、今は苦しくてたまらない。
控えに充てられた部屋に戻り、そっと少しでも隙間を開けるようにと、まず襟もとに指を差し込む。
その時指にカサッと何か触れた。

・・・・何?

恐る恐る取り出した小さな折りたたまれた紙には、

『この件に関わるな、戻れ』

とだけ記されていた。





9へ続く