艶姿をもう一度

6





「ところで…斎藤君何にするか決めたの?」

ふと視線を落とせば、その手には何もない。
あれだけ時間をかけて…結局選べなかったのだろうか。

「あ、・・・千鶴に聞かねば、と思っていたのだが」

総司の質問に、自分が思っていたことを思い出し、斎藤は千鶴に声をかける。
そんなつもりは全くなかったのだけど、結果的に総司を無視するような形になり、総司は先ほどの件もあってか、一層顔を歪めた。

「はい、何でしょう?」
「その…芸者の時につけるものと、普段…将来、つけるものと、どちらがいい?」
「・・・えっと、それは…」

正直千鶴もそこまで考えてなかったけど、簪を…と聞いた時、ぼんやり頭の中で考えたのは、潜入の時につけたいな、ということだったのを思い出す。
でも、言われてみれば、将来も使えるように少し落ち着いたものを選んだほうがいいのかも知れない。
そう思って、口を開こうとした時、ずっと黙って不機嫌そうに聞いていた総司が、ぶっきらぼうに千鶴の代わりに答えた。

「せっかく芸者みたいな格好できるんだから、それに合ったもの見繕えばいいんじゃないの?」
「・・・・・総司には聞いていない」
「あ、あの・・・」

自分の発言に、口を挟むなと言いた気な視線をよこす斎藤。そして二人の雰囲気に戸惑う千鶴。
そんな二人を見ない振りして、総司は強めに、それに…と言葉を発した。

「将来つけるものなんて将来買えばいい」

一言だけ、一気に区切らずに話して、今度は打って変わって、優しい声を、絞り出した。

「いつかの君には、その時の僕がきっと似合うものを見つけて贈ってるよ、だから…」
「今日は、今の君に、贈らなきゃね」

表情は、見えない。背を向けているから。
でも、声はとても優しい。言葉は、もっと優しく耳に、胸に、届いていく。

「ありがとうございます…沖田さん」
きゅっとなった胸の奥を和らげるように、息を吐くと共に、言葉が自然に口から洩れた。
その千鶴の言葉にようやく振り向いた総司は、いつもと同じ。さっきまでの不機嫌はどこかへ飛んだように。

「うん、じゃあ選ぼうかな、何がいいかな〜」

斎藤の横でさっと棚に並ぶ簪や櫛に目を通して、めぼしいものをぱっぱっと見つけていく総司。
先ほどの千鶴にかけた言葉は、普段あれほどひねくれているとは思えないほど、素直に届く言葉だった。
聞いていた自分が、千鶴の答えを待たずとも、納得するものだった。
そんな意思を、口にできる総司が、自分の不器用なところとは似ても似つかなくて、少し羨む気持ちさえ湧いた。

そんな気持ちを奥に押し込めながら、斎藤も簪をまた見始める。

・・・芸者の格好の時に身につける簪。
前は、確か、華やかな赤を基調にした着物だった。
それでも…簪や櫛は…着物を引き立たせるようにそんなに飾りもついていなかった気がする。

そんなことを思い出しながら、ふと斎藤の目に留まったのは一つの花簪。
かえでの形を模したもの。
橙がとても温かみのある色で、この間着ていた千鶴の芸者姿にこの簪をそっと頭の中で差してみる。
赤の着物にとても映えて…似合うと思う。
その姿を思い浮かべて、そっと頬を緩めて手に取った。その時、

「・・・かわいい、それに決めたんですか?」

邪魔してはいけないと思ったのか、遠慮がちに声をかけてきた千鶴。
好きな色を聞かずに、自分で考えて選んだものだから、自信はないけれど、でも…これがいい。これをしてほしい。そう思ったから、ああ、と一言だけ口にする。

「斎藤さんは、赤い着物が好きなんですか?」
「?何故そう思う?」
「あ、先ほどから気にしていたものは全部、赤い着物に似合いそうなのが多かったから…」
「・・・・そうか」

自分では気が付かないうちに、無意識に選んでいたのだろうか。だとすれば、それは…

「赤い着物が好き、というわけではなく…赤い着物を千鶴が着ていたから、だろうな」
「・・・・・・・・・・・・・そ、そうですか!あ、ありがとうございます」
「?どうした?」
「い、いえ…また赤い着物だと…いいですね!」
「ああ」
「・・・・・・ちょっと、二人の世界作らないでくれる?」

ほのぼのした二人の間にぬっと総司が割り込んでくる。
そしてじろじろと、斎藤の選んだ簪を見ると…

「ふうん…千鶴ちゃんに似合いそうだね」
「わっ、沖田さんにまでそう言っていただけると嬉しいです!」
「ところで、僕のも見てよ」
「あっはい!・・・平打簪?きれいな鼈甲…でも、鼈甲って高いんですよね、そんなの・・・」
「いいのいいの、これにさ…」

何か悪企みするように口の端を歪めるように笑みを作る総司に、斎藤は嫌な予感がひしひしとする。
そしてその予感は悲しいことに的中する。

「丸に四つの木瓜を彫ってもらって…」
「…何ですか?それ、まるで家紋みたいな・・・」
「そう、僕の家紋」

さらっと言い放つ総司に、千鶴は理解を超えてはあ、としか答えられず、斎藤も何を言いたいのかピンと来ずに黙っていたのが悪かった。

「知ってる?この平打簪に…好きな人の家紋とか、名前の字とか入れたりするのが流行ってるみたいだよ?」
「…よく知ってますね、沖田さん」
「あ、疑ってる?何、嫉妬?違うよ、これは左之さんに聞いて…」
「し、嫉妬じゃないですよ!」
「あ、そう・・・」

なんだつまらないと口を尖らせる総司に、ようやく総司の言いたいことを理解した斎藤が呆れたように口を挟んだ。

「何故千鶴が総司のを彫らねばならない、好いた者の…だろう?」
「うん。だから僕」
「いつ好きって言いました!?・・・もうまた冗談ばっかり・・・」
「冗談じゃないよ」

むっとすぐに不満を顔に出すのは、少し子供っぽくて、それが総司らしいと言えば総司らしい。
最近は特によく表情をころころ変える気がする。そんなことをぼんやり考えていると、まっすぐに自分に目を向けて、総司は言葉を続ける。

「僕が君を気に入っているから、千鶴ちゃんもそうなってくれないと困るんだ」

ね?と、ある意味きっぱり言い放つ総司に、千鶴は感心すらしてしまった。
そして、後から言葉の意味を反芻して顔を赤らめていく。
その様子を満足そうに見る総司に、斎藤は付き合ってられない、とばかりに、もっと真面目に選べと文句を言い放った。すると…

「真面目に選んだよ?だってさ、千鶴ちゃんがこういうの付けてたら、ああこの子は誰か想い人がいるんだな〜って思うでしょ」
「「・・・・・・・」」
「そしたらさ、変に絡んでくる輩も減ると思うんだよね〜僕は千鶴ちゃんの安全をすこしでも考えてこうしようと…」
「「・・・・・・・」」
「あ、でも家紋はわかりやすいかな、じゃあ一文字とって『総』?でも・・う〜ん・・」
「「・・・・・・・」」
「とにかく僕はこれに決まり。千鶴ちゃん、家紋と文字、どっちがいい?」
「ど、どちらでも・・・」
「っ千鶴!?」

楽しくてたまらないというような、悪戯っ子のような顔をして、そのまま店の奥へ、彫り物を頼みに行く総司を、見送りながら、斎藤は千鶴に目を向けた。

「その、総司の言うことも一理あると思うが・・・いいのか?」
「私も一理あると思っちゃって・・・やっぱりまずかったでしょうか?」
「「・・・・・・・・・・・」」


こうして、二つの簪は、斎藤と、総司と、それぞれからの贈り物として千鶴の手に渡った。

千鶴はどちらの簪をつけようか悩みつつ…潜入の日を迎える。




7へ続く