艶姿をもう一度

5





「千鶴ちゃん」

すぐ耳元で囁かれた自分の名に驚いて振り返れば、ぱっと視界に映るのは翡翠の瞳だけ。
顔もわからないくらい近い距離に、思わず一歩退けば、総司だということがようやくわかった。
近い距離にも動じず、こちらの様子をじっと眺めている総司とは反対に、慌てて頬を染めてしまう自分が情けない。

「…ねえ、何してるの?」

密やかめいた話のように、何とか聞き取れるくらいの小さい声で語りかけてくる総司に、千鶴は何故普通に話さないのだろう?と首を傾げつつ、斎藤が自分にかんざしを選んでくれていることを、そのまま伝える。

「へえ…簪。ところで千鶴ちゃん、振りかえって気づくことない?」
「え?」

総司に言われて辺りにようやく注意を向ければ・・・
・・・な、なんかみんなこっち見てる!?

「潜入する前だし、あんまり目立っちゃ駄目だよ?」
「は、はい」
「じゃあ、こっちおいで」

素直に返事をする千鶴に気を良くした総司はそのまま千鶴を引っ張り、何故か店の中に入っていく。

「あっお、沖田さん!斎藤さんが・・・」
「あ〜だって、まだ僕にも気が付いてないのに…すごい集中力だよね、一生懸命選ぶの邪魔したら…ねえ?」
「で、でも!目立ってるって教えてあげないと・・・」

言いながらすぐにでも店の外へ出ようとする千鶴を、行かすものかとがっしり腕を掴んで総司は離さない。

「大丈夫だよ、三番組組長だよ?そのうち気付くって…それより…」
「あの、私、やっぱり…」

自分の為に一生懸命簪を選んでくれている斎藤を、そのままになど出来ない、と千鶴は総司の言葉を遮ろうとするけど、そんなことには構わず、総司は腕を掴んだまま話を進めていく。

「僕もなんか買ってあげる」
「ええっ!?い、いいですいいです!」

いきなりこの人は何を言い出すのだ、と千鶴が慌てて首を横に振る。
ただ、申し訳ないと思ったから、それだけなのだけど、総司にしたら斎藤からのはもらって、自分からだと断ろうとする千鶴に、むっとする不機嫌な気持ちを露わにした。

その頃…


・・・やはり考えても考えてもわからない。
千鶴には、何をつけても似合いそうな気がするから余計に…
そもそも、潜入時の芸者姿の時につけられるような、華やかなものがいいのか、
それとも…男装する必要のなくなった時に、普段からつけられるようなものを選ぶのがいいのか…
どちらがいいのだろう?…その点を聞いていなかったな。
…そういえば、千鶴は、平素どんな着物を着るのだろうか、見たことがない。
どんな着物を好むのだろう?そういう点も重要かもしれない。

長々とこんなことを考えて、ようやく腰をあげて「千鶴…」と振り返れば千鶴はいなく。
周囲には、はっと気まずそうに目をそらしてそそくさと町の人が通り過ぎていく。

・・・なんだ、怪しい人影でもいたのだろうか(←)

普段ならもっと気に留めることだと思うけど、今は…後ろにいたはずの少女の面影を雑踏の中に探す。
簪を見定めるのに夢中になり、肝心の千鶴とはぐれるなんて考えられない失態だ、と焦りを少し込めた表情で見渡すと、
探していた人の声は、店の中から聞こえてくる。
・・・・・気のせいか、あんまり望ましくない、知った人物の声も聞こえる。

斎藤はそのまま踵を返して店の中に入っていった。


「何で僕のは遠慮するのさ、いいから、ほら、こんなのどう?きれいだよね?」
「そ、そうですね…でも斎藤さんが…」

あくまでずっと斎藤を気にする千鶴に、総司はちょっと攻め方を変えてみた。

「・・・千鶴ちゃんは、僕が選んであげても喜んでくれないんだね」
さみしそうに言葉を紡ぐ総司に、千鶴はすぐ騙されてしまった。
「そ、そんなことないです。お気持ちとっても嬉しいですよ?」

その千鶴の言葉に、とっさに俯いて隠した表情は、してやったりの笑顔なんだけど、千鶴は気づかない。

「ほら、この玉簪見て?翡翠の飾りが埋め込まれてる。こんなのどう?」
「・・・・・わあ、きれいですね〜沖田さんの瞳みたいにきれい」
「・・・・・・・・・・」

別にお世辞でも何でもなく、思ったことをそのまま素直に言う千鶴だからこそ、言葉には力がある。
まさか千鶴がそんな言葉を返してくるとは思わずに、総司は次の言葉が出てこない。
柄にもなく、気恥ずかしい思いで胸をいっぱいにして、つい掴んでいた腕を離した途端、千鶴が離れて合間に入る黒い人影。

「・・・・・・・うわあ、斎藤君。いいところで…」
「何がいいところだ、勝手に連れて行かれたら心配するだろう?」
「傍で会話してても気づかないくらい、選ぶのに没頭する君がいけないと思うけど?」

・・・それはそうだ。総司ではなく、違う輩に千鶴を連れ去られていたかもしれない。
総司の言葉に、斎藤は重々しく千鶴に顔を向けた。

「すまない・・・つい、悩んでしまって・・・以後気をつける」
「以後って何、そこ気に入らないな〜また連れ出す気?」

二人の間に割って入る総司に、沖田さん!と千鶴はたしなめてから、

「そんな…斎藤さんが謝ることじゃないです。一生懸命選んでくれて、本当に嬉しいんですよ!」

ただの、居候。そんな自分のためにそこまで考えてくれて、本当に嬉しかった。
傍を離れてしまったのは(本意ではないけど)自分なのに、怒らないで・・・

「…斎藤さんのお嫁さんになる人は幸せですね」

その千鶴の発言に、総司と斎藤はぴたっと動きを止める。
そんな二人に気が付かず、にこにこしながらまだ何やら話している千鶴だけど、二人の耳には入らない。

・・・・・・・・気に入らない。なんだこれ、すごく、面白くない。
僕のお嫁さんは幸せとか、そんなこと言ってくれたことないのに。
言いようのない苛立ちを胸に、ちらっと横に視線を向けると、一転幸せそうな男の顔が目に入り、なかば舌打ちをして顔を背けた。


・・・・・・・・嫁になる人は幸せ・・・そんな風に思ってもらえるとは・・・
自分の失態を責められることはあっても、こんな言葉をかけてもらえるとは思っていなかった。
抑えようと思っても止められない嬉しい気持ちが顔に溢れてきそうで、斎藤はそっと顔を背けた。


理由は違えども二人の男が同時に顔を背けたので、千鶴はきょとんとする。
・・・・・・何か、おかしいこと言ったかな?

知らないうちに新選組の組長二人を振り回す千鶴であった。





6へ続く