艶姿をもう一度

4





「千鶴、今いいだろうか?」
「はい!どうぞ」

斎藤はそっと障子度を遠慮がちに開けて、千鶴の傍に歩んでくると、そのまま、・・・・黙っている。

「…・あの、斎藤さん?」
「ああ、いや、その・・・今日は休みになったから…」
「あっそうですね、斎藤さんと沖田さんは、潜入するまでお休み頂けたんですよね」

本当ならすぐにでも揚屋に詰めて…という気持ちはあるけれど、まだ任務の割り振りもし直さなきゃならないし、いろいろ準備もあるから、二、三日ほどおまえらは休んでおけ。と優しい命令を土方から下されたのだ。

「千鶴は、その、準備することはあるのか?忙しいだろうか」
「いえ、私は本当に何も・・・芸者の衣装一式もなんだか角屋さんと懇意にしている置屋さんが、用意してくれるみたいで・・・」
「置屋が?」

その千鶴の言葉に斎藤はわずかばかり、眉を寄せる。
千鶴が潜入するのは、新選組の都合で、むしろ、総司と自分の二人も部屋を一室借りて詰めることになり、迷惑に思っても仕方のないことなのに…
それなのに、一式揃えてまでくれるとは…?

一言だけ発して、何やら難しい顔をして考え込む斎藤に、千鶴は何か問題でもあるのだろうか、と不安になる。
じっと視線を感じて顔をあげれば、何やら表情を曇らせて、斎藤を覗き込む千鶴と目が合って・・・

「どうした?何か不安に思うことでも?」
「いえ・・・斎藤さんが急に黙って考え込んでるので、どうしたのかな?と・・・私、何かおかしいこと言いました?」
「…いや、何でもない」

きっと自分の杞憂に過ぎない。
こんなことで、千鶴を不安にさせる方が今はしてはいけないことだ、と斎藤はひとまず、そのことを頭の隅にのけて、部屋に来た用件をしどろもどろに千鶴に話した。

「暇なら・・・することがないなら、でいいんだが、その、付き合ってほしいのだが」
「?お出かけですか?」
「ああ、ちょっと買い物を、無理することはないが」
「無理だなんて!行きます!外に出かけるのは嬉しいです」

にこっと嬉しそうに微笑む千鶴に、斎藤もほっと胸を撫で下ろす。
千鶴の身支度を待って、二人は仲良く京の町へと繰り出したのだった。



「お買い物って何を買うんですか?」

そういえばまだ何も聞いてなかった。自分を連れだって行くということは、一緒に選んでほしいのだろうか?
そんなことを考えながら、千鶴が斎藤を見上げると同時に、斎藤の足が止まる。

「ここだ」
「え?ここ?・・・ここって・・・・」

目の前にある店の軒先には、きれいな装飾品が並べられている。
どうみても…女性の小物を扱う店にしか見えない。飾り紐でもほしいのだろうか??

「・・・何を買うんですか?よろしかったら、選ぶの手伝います」
「ああ、千鶴が選んでくれ」
「私だけで決めてもいいんですか?」

店に入るのが少し恥ずかしいのか、知らず一歩下がる斎藤に、思わず小さく笑いをこぼしながら千鶴は言葉を返す。

「いや、だから・・・千鶴のかんざしでも、と」
「私のかんざし?はい、わかりまし・・・・・え?わ、わわ私!?」

その千鶴の驚き慌てふためく姿に、斎藤も小さく笑いをこぼす。
相手が慌ててくれると、なんだか自分の気持ちに余裕ができる気がするのは何故だろう?

「ああ、せっかく、また女性の格好をするのだし…用意されるものではなく、千鶴が気に入ったものをつけてもいいと思うのだが」
「う、嬉しい…ですけど、でもいいんですか?」

目の前に並ぶ、繊細できれいな装飾を施されたかんざしに、心がときめかない訳はない。
巡察の時にも、目に入ることはあったし、それでも望まないように、と目を背けることもあった。

「・・・いつも我慢しているのだから、今くらいは気持ちに正直に選べばいい」
「斎藤さん・・・」

この人は、そんなことにも気が付いてくれていたのだ。そう思うと嬉しくて、自分を見る視線が温かくて。
顔が自然に綻んでしまうのは仕方ない。

「ありがとうございます!…でも、じゃあ…斎藤さんが選んでください」
「・・・・・・・・・俺が?」
「はい!斎藤さんが選んでくれる方が嬉しいです!お願いします!」

にこにこと、期待を込めて自分を見る千鶴に、斎藤は慌てる。
・・・・それが出来るのなら苦労しないのに…
正直どれを選べばいいかなんて・・・全くわからない。
何を基準に選べばいいのだ?

あまりかいたことのない汗をじんわりかきながら、斎藤はそれでも横でじ〜っとこちらを見る千鶴に応えようと…ない知識を振り絞って必死に考えるのであった。


そんな二人を遠巻きに発見してしまったのは総司。

こんなところで発見されるなんて、間が悪い、としか思えないけど、それは仕方なかった。
店先に並ぶかんざしを食い入るようにかがんで必死に考え込む男の姿は、通ればすぐに気付くほど目立っていたから…

「あれえ?・・・斎藤君何してるんだろ、目立ってるのに気付いてないよね、それにしても…」

そっと自分が抱える包みに目を向ける。
ここで見つけられてよかった。せっかく一緒に甘いものでも食べようとわざわざ買いに来たのに、帰っても千鶴が出かけていたならつまらなかっただろう。

「わざわざ千鶴ちゃん連れ出すなんて…こんな時に…」

普段の斎藤なら、周囲のこの好奇心溢れる視線にも絶対気づくはずなのに。
今はあまり千鶴ともども目立たない方がいい。
仕方ないから、二人を助けてあげなきゃね、僕って優しいな〜

正論のような、こじつけているのか、とにかく、総司は二人の元へ駆け寄っていったのだった。





5へ続く