斎藤×千鶴 エピソード







島原への二回目の潜入後、屯所はいつも通りに戻っていた。
平穏というのは似つかわしくはないけれど、そこまで大した問題が起きるわけでもなく、今までの日常に戻ってはいた。
あの後、住谷という男の査問が開かれ、打ち首かと思われたが、その類い稀な書の資質を評価され、恩赦を得たことで、打ち首は免れた。というのを聞いて、千鶴はほっとしたものだった。


けれど、変化したものもある。


ううっやっぱり今日はちょっと寒い…
平助に頼まれていた繕い物を終わらせて、部屋を出てみれば、昼とはいえ風が体温を奪っていく。
思わず、手に持っていた平助の着物で、僅かばかりでも寒さを凌げれば、と抱え込むと、「何してるの?」と声がかかる。

「沖田さん、何って・・・」
「それ、平助の着物でしょう?そんな大事なもののように・・・」
「?大事ですよ?平助君のだし…繕いが終わったので持って行こうと思って」

その千鶴の答えに、総司は目を開いて、不思議なことでもあったように、じっと千鶴を見つめた後、はあっと溜息をついた。

「・・・今、斎藤君がいなくてよかったよ」
「え?」
「ううん、こっちの話」

いつの間にか並んで廊下を歩く二人に、何やら廊下の先で騒ぐ平助の姿が見えた。

「あれ、平助じゃない。よかったね、持って行く手間が省けて」
「別に手間じゃないですよ?・・平助君、何してるの?」

一人で何やら騒いでいた平助は、何やら悔しそうな顔を二人に向けてブツブツ言葉を漏らした。

「いやさあ、あそこの枝に小鳥が止まっているだろ?」
「え?・・・・あ、本当だ」

可愛らしい小鳥の様子に千鶴が思わず微笑めば、平助も総司も一瞬見とれてしまう。

「・・・・・やっぱり可愛いよなあ・・・」
「そうだね・・・斎藤君がうらやましい、かな?」

困ったように小さく笑う二人に、千鶴が勢いよく頷いて、そうですよね!と答えたものだから、謙虚な千鶴にしては珍しい・・と二人は驚いたのだけど・・・

「小鳥、可愛いですよね!」
「「ああ・・・小鳥ね」」

自分たちの勘違いに二人はなるほど、と納得する。

「斎藤さんが休んでいると、小鳥さんも寄って来て肩に止まるんです」
「へえ〜俺には全然寄ってこないのにな〜餌をやろうとしてんのに、さっきから逃げるんだ」

むすっと口を尖らせてながら、よし、もう一回!と呼ぼうとしても・・・やはり来ず。

「可愛くないね・・・」
「そんなことないですよ、沖田さん・・・あの小鳥、斎藤さんは呼ばなくても寄ってくるんですよ?」

あ、何か変な方向に話が行きそうだ…と総司と平助は予感を覚えたけど、すでに遅く。

「やっぱり、鳥にも優しい人っていうのがわかるんでしょうか?」
「傍にいるだけで、こう、ドキドキするけど・・・でも居心地よくって、ずっといたくなるんですよね」
「見つめる瞳が・・・守ってくれそうな、そんな・・・」

いや、千鶴。もうそれ惚気だから。聞きたくないから・・・
ちょっと涙目になりそうなのをぐっと堪えて、はは、そうだな〜と相槌を打つ平助。

すでに千鶴にはわからないように耳を塞いで、その惚気を遮断している総司。

そして頬を赤らめながら、滔々とそんな話を続ける千鶴。

そんな三人のいる場所に、そんな話をしているとは全く思わずに、稽古を終わらせた斎藤がやって来た。

「三人で休憩か?」
「あっ斎藤さん!」

ぱっと花開いた表情を魅せて、微笑む千鶴に斎藤も小さく微笑んで。

「斎藤さんも休憩ですか?お茶でも淹れましょうか」

沖田さんも平助君も一緒にいるし、皆さんでお茶を飲みましょうか、と尋ねてくる千鶴に、そうだな、と言いかけて、その手に抱き抱える着物に目を捉われた。

「その着物は?千鶴はまだ何かすることがあるのか?」
「あ、いえ、これはもう終わって・・・平助君の渡すの忘れてたね、はい、どうぞ」
「おっありがとな〜千鶴!今度お菓子でも買って来てやるよ」

ニコニコしあう二人の姿に、総司はちらっと斎藤に視線を向けるけど、差して変わりはない。

「・・・・・・千鶴ちゃん、今度、僕のも繕ってくれる?」
「あ、はい!どんどん持ってきてください」

仕事を与えられるのが嬉しいように、顔を明るくする千鶴の姿に、総司も笑顔で返して・・・また斎藤をちらっと見てみるも、変わりはない…
いや、なさすぎる。能面みたいな表情は…これは…

「千鶴、少し仕事が残っているから俺は部屋に戻る。おまえはゆっくり休んでおけ」

総司の視線など意に介さないように、千鶴に優しく声をかけると、斎藤はそのまま部屋に向かった。
斎藤の背中を見送った後に、千鶴もお茶を淹れる為に勝手場に向かったのだけど・・・

「あ〜やっぱり一君は落ち着いているよな〜・・・そりゃ千鶴も好きに、なるよなあ・・・」
「そうかな?」

少しのやり取りでなんだか見せつけられた感いっぱいな平助は、深く溜息をついたのに、総司は面白そうに笑っている。

「総司はそう思わなかったのか?」
「ん?二人が想い合ってるのはよくわかるけど・・・斎藤君は・・・別に落ち着いてないと思うよ?」
「・・・?何で?」
「そう見えるように・・・努力してるんじゃない?最近さあ、千鶴ちゃんも斎藤君も一緒でみんなでお茶って・・・あんまりないよね」
「そういえば・・・そうだな、あんまりって言うか、屯所戻ってからないような…何か理由があるのか?」

平助の問いに、総司は口の片端をあげて、廊下の先に見えたお茶を運んで来る千鶴を見て目をすっと細める。

「千鶴ちゃんは、結局斎藤君の部屋でお茶を飲むことになるってことだよ。」
「はあ!?意味がわかんねえし!」
「平助って鈍いね・・・」
「もっとわかるように言えよ!!」
「だから、みんなで一緒に、って日は必ず、斎藤君の仕事が残ってるんだってば」
「・・・・・・わかんねえ」

頭を抱える平助に、呆れた眼差しの総司。そんな二人の元へ、千鶴はお茶を運んで来たのだけど、総司の言う通り、斎藤の部屋に向かったのであった。




「斎藤さん、お茶お持ちしたんですけど、よろしいですか?」
「ああ、ありがとう」

その言葉を聞いて、千鶴は斎藤の部屋に静かに入って、お茶を渡す。

「お仕事多くて、大変ですね」
「そうでもない」
「でも、最近は…二人でいる時は大抵お仕事してますよね?お体、大丈夫ですか?」
「・・・・・大丈夫だ」

何故かそこで少し頬がほんのり赤くなった斎藤に、千鶴は首を傾げる。
何か可笑いことを言っただろうか?

屯所へ戻ってから、二人でいる時間は増えたけど、こうして仕事をしていることが多い。
やっぱり、潜入の時ので仕事が溜まっていたんだろうな・・・
仕事をしていても、何となく傍にいたくて、こうしていつも部屋に来てしまい、背中を見つめては和んでいたのだけど・・・

今日は、沖田さんや平助くんと一緒にいようかな?
たまには…一人にしてあげなきゃだよね・・・うん、よし。

名残惜しい気はするけど、そっと立ち上がって自分の分の湯呑を盆に乗せる。
その千鶴の様子に斎藤はきょとんとしていたのだけど。

「すみません、斎藤さん。たまには邪魔せずに向こうでお茶してきます」
「?邪魔?いや、そんなことはない」
「いえ、人がいると気になって集中できないと思うんです。だから・・・」

もし逆の立場なら、斎藤が傍に座っている中で仕事を…と言われてもそれはきっと難しい。
もしかしたら、私がいるせいではかどらないのかもしれない。そんなことを考えながら、それじゃ頑張ってくださいね、と言葉を残して去ろうとした千鶴の手を斎藤が掴んだ。

「っ!?キャッ!!」

急に掴まれたので危うくお茶を零しそうになる。
千鶴の手にしていた盆を、そのまま斎藤は自分が持つと、何故か机の上に置いてしまった。

「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・あの、斎藤さん?」
「・・・・・・・・・・・」
「わ、私は邪魔したくなくって、「邪魔ではないと言った」
「で、でも・・・お仕事いつもいっぱいで、はかどっていないんじゃないかって…私心配で・・・」

眉を寄せて俯く千鶴に、斎藤は困ったように視線を逸らした後に、「千鶴」と小さく声を漏らした。
その声に顔をあげれば、あさっての方向を向いて、切羽詰まった表情を浮かべている。

・・・・・な、何だろう?

不安な気持ちが込み上げてきたけど、何も言わない内から少しずつ頬を赤らめる斎藤に、悪いことじゃないような気がして、じっと言葉を待った。

「……千鶴のいいところは、素直で、愛嬌があって、誰に対しても心の壁を作らない、踏み込んだものを包んでくれるような心を持つところだと思う」
「え・・・・///」

いきなりいろいろ褒められて、訳も分からないまま、斎藤と同じように頬を染める千鶴に、斎藤は次々と言葉を向けていく。

「そういうところに惹かれて、そこがいいと思うのに、おまえが誰にでもそういう態度で屯所内を明るくするのを見ていると、最近はなんだかそれを素直に目に入れたくない」
「千鶴が俺に対しても、ずっと心を開いてくれていて、そこに惹かれたのにこんなことを思うのは矛盾した話だが、その・・・・」
「俺だけに向けてほしい、という思いがどうしても心の内に湧いてきて・・・」

顔が真っ赤になってる。
一生懸命話してくれる様子に胸が甘く轢む。

「だ、だから、千鶴がいないと、何をしているのだろうか、と色々考えて仕事が手につかなくなって・・・
「つまり邪魔ということは全くなくて、むしろいなくなる方が・・・」

そこまで言って、漸く千鶴に目を向ける。
じっと斎藤を見つめる千鶴に、恥ずかしそうに、でも、確かにその視線を絡めると、

「だから、ここに・・・いてくれ」

言葉の終わりと共に千鶴の体は包まれた。
こんなに想われるのが嬉しい・・・斎藤に縋りつくようにきゅうっと背中に回した腕に力を込めて、胸に顔を摺り寄せると、斎藤も寄せた頭にそっと顔を寄せてくれる。

とっても幸せだけど、でも、私は欲張りだな…と千鶴は思った。
でもやっぱり我慢できない。屯所に帰ってから、ずっと、聞きたい気持ちを抑えていたのだ。
満たされた気持ちの今だからこそ、もう一度、聞きたい。

「斎藤さん・・・あの・・」
「何だ?」

聞き返す声は優しく耳に響く。くすぐったいくらいに甘く。

「私、聞きたいです・・・」
「?聞きたい?何を・・・」
「斎藤さんが、初めて想いを伝えてくれた言葉、今度聞かせてくれるって・・・」

千鶴が口にした途端、斎藤の動きが止まる。
一瞬身じろいだ体を、今日は聞くまで、離しません!と、拗ねるような甘えるような、惑わすような声でねだって縋りつく千鶴に、斎藤は小さく笑う。
そんな可愛いことを言わないで欲しい。言わなければずっと離れないのなら…言いたくない。
離れたくないと、切望しているのは自分だから。
でもそう言えば、機嫌を損ねるのだろうな…

「千鶴」
「・・・・はい」
「言わなければ離さない、と言うが・・・言えば、俺は離せなくなる、それでもいいのか?」
「はい・・・・・」

千鶴は胸に寄せた顔をそっとあげて、斎藤の言葉を待つ。
お互いが上気した頬に、熱をもった瞳に、惹きつけられていく。

「今、思っていることを正直に言いたい、あの時とは…言葉は違うけれど、想いは同じだから」
「はい・・・」

自分の言葉を全部受け止めてほしい。千鶴がいつもそうしてくれるように、素直な気持ちをそのままに。

「千鶴を・・・他の男に触れさせたくない。目に触れて欲しくもない。独り占めにして、腕の中に閉じ込めてしまえればいい…そう思う気持ちでいっぱいで、苦しいほどに、愛おしいと思っている」
「・・・・・・・・」
「千鶴を、おまえだけを、愛している」

真剣な色を、藍の瞳に湛えて、ゆっくりと紡がれた言葉の終わりに、そっと、唇が触れる。

そっと、唇で唇をなぞるようにしながら、合間に何度も、何度も、切なく、甘く掠れた声に乗せて、「愛している」と紡がれる言葉。

胸の中は、…違う、体中が、その想いに満たされて、あまりの幸せに自分がどうにかなってしまいそうになる。
お互いを想う気持ちが大きくて、胸を締めつける幸せの痛みが、ジンっと広がっていく。


一時して、唇がゆっくりと離れていく。

「・・・今のでは、不満か?」

少しだけ、不安そうに千鶴を覗きこむ斎藤に、千鶴は顔を真っ赤にしながら、ブンブンと首を横に振った。

こんなに幸せで、意識が溶かされていくようだったのに…千鶴はまだぼうっとした頭を斎藤に向けて、潤んだ瞳でじっと見つめると、

「私、私も・・・愛しています」

斎藤はその言葉に嬉しそうに微笑むと、また唇に熱をもたらす。

深く口付けられたその甘い感触に、陶酔して身を任せていると、不意にその唇から熱が離れて、すでに白から赤に染め上げられた首筋に移った。その感覚に千鶴は思わずびくっとして…

「さ、斎藤さん!仕事!仕事しないと…大丈夫です、私傍にいますから・・・」

鼓動がすごく跳ねあがっていて、これ以上はもう息が出来なくなる、と距離を開けようと二人の間に腕を突き立てようとした千鶴。

でも斎藤はその腕をあっさりとると、また二人の距離を0にして、ぎゅうっと抱き締めた。

「俺は、言えば離せなくなると言った」

言葉と共に、優しい微笑みを向けられた。けれど、千鶴を見つめるその瞳は甘さに孕まれて、確かな意思を感じて、否とは言えないそんな光を放って。

そんな瞳に驚き、ただじっと見つめることしかできない千鶴の唇に、また唇を重ねる。

そのまま、自分に身を寄せる千鶴の小さな体を、斎藤は一層に強く抱きしめた。


今、腕の中にある存在が愛しい。

守りたいものは、変わらないと思っていた。増えもせず、減りもせず。

だけど、何よりも守りたいものが、この腕の中にある。

この手で、この身で、守りたいという想いを湛えて、これから先を切り開いて行けば、きっと見えるものがある。

確かな約束などは出来ないけれど、それでも…失くすことなど考えられない、千鶴との未来を。






END






艶姿、斎藤×千鶴 エピソードでした。
あ、甘い…と自分では思っているんですが、どうでしょう?
斎藤さんに、たくさん愛の言葉を言ってほしかったんです。
エピソードは…斎藤さんに告白させるために作られたと言っても過言ではないです。

静かに嫉妬がテーマでした!
大抵は二人でお茶だけど、こんな風にみんなでお茶を〜とかいう日に限って、俺は仕事があるから部屋に…とか言って、
結局千鶴もそれに付いて行って斎藤さんの部屋でお茶。なんてことが今までにもあったんですよ(←)

この後、部屋から真っ赤になって出てきた千鶴を、総司と平助がこっそり見ていて、
「ほらね」「う〜…・本当だ(泣)」
とか会話してくれていると…いいなあ(←)


エピローグまで読んでいただきありがとうございました!!






艶姿をもう一度