艶姿をもう一度

沖千斎 エピローグ





島原への二回目の潜入後、屯所はいつも通りに戻っていた。
平穏というのは似つかわしくはないけれど、そこまで大した問題が起きるわけでもなく、今までの日常に戻ってはいた。
あの後、住谷という男の査問が開かれ、打ち首かと思われたが、その類い稀な書の資質を評価され、恩赦を得たことで、打ち首は免れた。というのを聞いて、千鶴はほっとしたものだった。


けれど、変化したものもある…?




土方の部屋で、巡察の報告を終えて、自室に戻り暫しの休息をとろうとした左之と平助に、土方が「ちょっと待て」と声をかけて来た。
その声に二人は内心舌打ちをしていた。
休みたいのに…この声は何か頼もうとしている声だ。
・・・・それでも聞かない訳にはいかない…と渋々二人は土方に振り返った。

「ちょっと頼みたいことがあるんだが・・・・」

やっぱり・・・・

二人は溜息をつきながら、その用件を尋ねると、思いも寄らない回答が返って来た。

「千鶴を呼んで、三人で…そうだな、茶屋でも出かけて来い」
「はっ?」「え?いいのか?」

土方らしからぬ頼みに、二人は目を丸くする。
憎からず思う…むしろ可愛いと好意的に思う千鶴を誘って、外出出来るのなら、それは嬉しいと思える。

「ああ…なるべく急げよ?もうすぐ稽古の終わりの時間だ・・・」
「稽古?土方さん何のこと・・「了解、そりゃ急がなきゃいけねえな」

まだきょとんとしている平助の首根っこを掴んで、左之は平助を引きずりながら千鶴の部屋へと向かった。
その様子を見送りながら、土方はほっと一息つく。

「・・・・・これで千鶴も休めればいいんだがな・・・」

小さい望みの独り言は、誰に聞かれることもなく立ち消えていった。


「左之さん、どういうことだよ?」
「だ〜か〜ら〜…稽古が終わったら…どうなる?」
「どうって…え〜っと…」
「今日は誰が指南しているんだよ」
「・・・・・あっ!!総司と、一君・・・」
「そういうこった」

なるほど、と平助はようやく納得して深く頷くと、それなら急がないと!と慌てて千鶴の部屋に向かっていったのだった。

「千鶴!いるか!?」

廊下から切羽詰まった声が聞こえる。慌ててはい!と返事をすれば、千鶴が開ける前に戸が開けられて…

「茶屋!茶屋でも行って、ゆっくりしよう!」
「え?で、でも…勝手に…」
「いいんだよ、土方さんがそうしろって言うんだから、な?」
「そうなんですか?」

思わぬ誘いに、土方の計らいに、千鶴の顔がぱあっと明るくなるけど、あ、でも…と次いで顔を曇らせた。

「沖田さんと斎藤さんが、稽古が終わったら一緒に…って」
「あ、それ無視」
「ええ!?で、でも・・・」
「千鶴、副長命令だぞ?どっち聞くんだ?」
「ううう・・・そう、ですね・・・じゃあ誰かに言伝でも・・・」

なおも二人に気を使う千鶴。だけど言伝なんてされたら…間違いなく来るに決まっている、うん、違いない。と平助と左之はちらっと視線を合わした。

「そ、それならさ〜土方さんが言ってくれるって、頼んだの土方さんだし」
「ああ、だから気にしないで行こうぜ?」

そう二人に誘われれば、ようやく千鶴もそうですね、行きます!と二人が差出した手を取った。
最近千鶴を取られっぱなしの二人にとっては、ほのぼのとした幸せが訪れたのだった。




一方。

「はい、今日の稽古おしまい。・・・・情けないな〜あれくらいで…」

自分の前に立つことも出来ずに、膝をついてぜぇぜぇ息を吐く隊士たちを一瞥して、呆れたような眼差しを向ける総司に、おまえはやりすぎなんだ、と斎藤が口を挟んだ。

「何言ってるの?試合じゃないんだよ?真剣勝負で生き死にがかかっているのに…これくらいのことでへばってちゃ・・・」
「それはわかるが、おまえのは稽古、には見えない。ものには順序があるだろう?」
「わかっているつもりだけど?」

どこがだ、と眉を寄せて視線だけで文句を放つ斎藤に、ふんと息まいて、それじゃあ〜お疲れ、と道場をさっさと去ろうとした総司。
その後を、無言で斎藤も付いて歩く。
どこまでも付いてくる斎藤に、ああ、やっぱりなあ…と思いながらも・・・ちっと舌打ちしたい気持ちの方が大きい。

「・・・ねえ、どこまで付いてくる気かな」
「総司の後を付いて行っている訳ではない、その方向に用があるんだ」
「へえ、偶然だね〜僕もだよ」

しらじらしい…二人はお互いをそう思いつつ、もちろん着くべき終点は同じで、千鶴の部屋の前でぴたっと止まる。

「・・・・僕は約束したんだけど」
「俺だってそうだ」

最近はいつもこうだ。時間が出来て、千鶴の許へ向かえば、大抵どちらかがいて、三人になる。
千鶴は三人でも楽しそうだけど…こちらは全く楽しくない。

二人はキッと視線を交わしあって、とにかくここで揉めるより先に千鶴を…と名を呼び掛けるけども…返事はなく。
部屋の中はシンとしていて、人の気配もない。
総司がためらわずに戸を開けて部屋の中を覗き込むけど(斎藤はちゃんと見なかった)、千鶴がいるはずもなく。

・・・・と、なれば、・・・・・

まさか千鶴が茶屋に、しかも左之と平助の三人で出かけた、などとは夢にも思わない二人は、屯所内にいるはずの千鶴を探そうと足をお互い逆方向に向けて。
そのまま背中合わせに逆方向へ千鶴を探しに歩いた。

・・・・・・・・・・・いない・・・・何で?
・・・・・・・・・・?いそうな所は回ったはずだが・・・

それぞれに見つけることなく、二人は廊下でばっったり会う。
お互いの表情から、見つかっていないことがわかる。
もしや外出?誰と?

二人がそう考え出した時、丁度土方が部屋から出て来た。
廊下を出て、二人の姿を認めた途端に、一瞬顔をしかめてから背中を向ける土方に、総司はピンときた。

「土方さん、千鶴ちゃんは?」
「ああ!?知らねえよ、どこかで休憩でもしているんじゃないか?」
「どこにもいないんですよ・・・まさか土方さんの部屋に閉じ込めて・・・」
「んな訳あるか!!俺は忙しいんだ」

これ以上関わると面倒だ、とばかりに歩き出そうとする土方に、斎藤の真剣な声がその歩みを止めようとする。

「副長、外出許可を出されたのですか?」
「なっ・・・そんなこと俺がするわけ…」
「しかし、屯所内にもいない。副長が外出許可を出したわけでもないのなら・・・また連れ去られたということも・・・」
「(・・・・・・・・まずい、本気で心配している顔だ・・・・)い、いや・・それはないだろう?あの事件はもう解決して・・」
「いえ、あの鬼の一味かもしれません。」

今にも探し出そうとするのではないか?と思うくらいの斎藤の言い様に、難色を示す土方の対応。やっぱり怪しいな…総司はそうとしか思えない。
・・・・・土方さんが許可出して・・・・外、かな?だとしたら・・・・・
ぱっと屯所内を探した時に・・・・そういえば・・・・・・

「平助と左之さん・・・・がいないんですよね?おかしいな〜巡察で疲れきっているはずなのに」
「なっ!?おまえっ・・・」

焦る土方に総司は自分の考えを確信して、斎藤も何か感じたようだった。
・・・・・・・まずい・・・・・そう思う土方に思わぬ敵が現れた。

「あ、副長、よろしければこれをどうぞ」

ちょうど通りかかった山崎が、土方に何やら包みを渡す。
話を逸らせるか?と土方は期待してその包みを受け取った。

「何だ?これ・・・」
「連日客で賑う、茶屋の団子です。美味しいですよ?雪村君がぜひ副長にと・・・」

山崎〜〜〜〜!!!

土方が心の中で叫ぶも全く伝わらない・・・

「千鶴ちゃんがね〜・・・一人?」
「そんな訳あるはずがないじゃないですか、副長が許可してくれたって喜んでいましたよ、雪村君」

その言葉に総司と斎藤の視線が一斉に土方に向く。不満そうな視線・・・

「では誰と?」
「原田組長と、藤堂組長と…楽しそうでしたよ」

その言葉の終わりと共に、斎藤と総司が同時に玄関の方へ行こうとするのを、土方は必死で捕まえる。

「おまえらが行ったら意味がないんだよ!!」
「はあっ!?意味がわからないんですけど…大体元々約束していたのは僕なんですよ?」
「だから、毎日毎日…おまえらがひっつきすぎて千鶴がしんどいとは思わないのか!?」

土方の脳裏に二人に挟まれて寝て、苦しそうな表情を浮かべた千鶴が浮かぶ・・・
あれは可哀想だった。

「千鶴は…楽しい、と言っていましたが」

至極真面目な顔で切り返されて、土方は思わず口を噤む。
案外総司の説得より斎藤の方が難しいかもしれない・・・・

「い、いやそりゃな?あいつはしんどいとは言わないだろうが・・・って・・・総司!!てめえ待ちやがれ!!」
「無理です、僕も千鶴ちゃんと休憩します」

ちょっと目を離した隙に一目散に走り去った総司、それに憤慨する土方を見た斎藤は、

「副長、俺が総司を引き戻します」
「あ?そ、そうか、頼む」
「御意」

土方に一礼してそのまま総司を追いかける斎藤に、やっぱり斎藤の方が聞きわけがいい、と安堵していたが…

「副長、事情はよくわかりませんが、あの二人を雪村君のところへ向かわせたくないので?」
「ああ」
「・・・・・・・しかし、本気で逃げる沖田さんが捕まるとは…だとすると、結局雪村君のところで・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・山崎、留守番頼む」
「はい」

ようやく休めると思ったのに…部屋から出なければよかった、と土方は後悔しながら、二人の後を追いかけたのだった。



「本当に美味しいですね〜並んだ甲斐がありました」

嬉しそうに笑いながらぱくっと団子をほおばる千鶴に、千鶴、餡がついているぞ?と自然にその餡をとって口に運ぶ左之。

「あああ〜!!??左之さん、何してんだよ!!」
「何って…餡をとっただけだろ?」
「ち、千鶴にそういうことすんなっ!!」

ぷりぷり怒って千鶴をその背にかばって、それでも余裕気な左之に内心穏やかでない気持ちを抑えつつ、千鶴を振り返れば…

「あっ…平助君もみたらしのたれがついてる」
おんなじだね、と笑いながらそのたれを掬って、それを千鶴が口に運ぼうとするのを、ドキドキしながらじっと見ていたその時、その千鶴の腕をガッと掴んで、息を切らしながらたれのついた手を、手拭いでちゃちゃっと拭いてしまった男は…やっぱり…

「な、なな何で総司がここにいるんだよ!」
「・・・・・・・ここにいたらいけないのかなあ?楽しそうだね、左之さん、平助」

楽しい雰囲気を台無しにしてくれた、その黒い笑みは間違いなく臨界点を振り切ったような顔で…怖い。

「沖田さん、言伝聞いたんですか?」
ただ一人、無邪気な発言をする千鶴に、総司は言伝?と顔をしかめる。

「はい、…土方さんに聞いたんじゃないんですか?」
「あ〜…うん、山崎君に聞いたんだよ」

顔を背ける左之と平助に、威圧するように視線を向けた後に千鶴に向き直った。
・・・・来てよかった。あんなこと普通にしちゃって…冗談じゃ…ん?そうだ…

「美味しそうだね、僕も一口もらっていい?」
「あ、はいどうぞ、え〜と沖田さんどれがいいですか?」
「これがいい」

そう言って千鶴の食べかけをぱくっと口に、躊躇せずに食べる総司に千鶴はあっ!と声をあげて、平助は怒って左之は呆れて…
そんな三人の態度は全く気にせずに、わざと雑に食べて、美味しかったよ、ありがとうと声をかける。
ずっと走って来て、まずはお茶が欲しいところだけど…この為なら…と期待を込めて千鶴に微笑むと…

「あ、沖田さん、急いで食べたから餡が…」

思った通りに総司の唇に指を伸ばす千鶴に、今か今かと待っていたのだけど・・・・

「千鶴っ!」
「あっ!斎藤さんも!わ〜人数増えましたね」

その声に千鶴の指は動きを止めて、斎藤の方へ視線を向けてしまう。
平助と左之は見てしまった。その瞬間の総司の表情ったら…
最近二人の千鶴に対する熱がすごくて、ともすれば殺気を振りまくこの状況に、ほとほと周囲も困っているのだが、まさにその状態だ。

「千鶴…屯所にいないので心配した」
「あ、す、すみません…約束していたのに」
「いいんだ、千鶴が無事ならそれでいい」

にこっと微笑む斎藤の表情を、全員がばっちり見た。
嬉しそうに微笑み返すのは千鶴だけで、総司は今にも爆発しそうな感じで、平助と左之はその様子に少したじろいでしまう。

「斎藤さんも食べますか?えっと…甘くない方がいいのかな?じゃあこれどうぞ」

差し出された串団子の位置は丁度斎藤の口元で、あまり考えずにそのままあ〜んとぱくっと食べてしまった斎藤に、千鶴以外の冷たい視線が集まる。

「ふっ…ふふ…」

(やばい、総司が…左之さん何とかしてくれよ!問題起こしたら土方さん後でうるさいぞ〜)
(無理だ…おまえこそ何とかしろよ平助、この場を和ませるんだ)
(無茶言うなよ〜)

「千鶴ちゃん、ちょっとこっちおいで」

言うや否や、千鶴の手をとり、自分の唇につく餡をその指に移すと、千鶴の指ごと口に含ませた。
指先を舌で丁寧に弄んで、にこっと笑えば真っ赤になる千鶴と、呆気にとられた平助と、左之。そして・・・

「だから、おまえはどうしてそういうことをするんだ!」
拳をぎゅうっと握りしめて、今にも殴ってきそうなその殺気に、総司も同じような気を返す。
「うるさいな、もとはと言えば斎藤君が変なところで出てきて邪魔するからでしょう」



ざわざわと人が集まっているのが見える。
・・・遅かったのか??土方は不安に思いながらも急ぐ足を緩めず、茶屋の方へ向かう。

「新選組だろう?あれ…」
「ああ、しかも…組長じゃないか?取り合っているのは…かわいらしいが少年だろう?」
「やっぱり男ばかりいると…なあ」
「ああ・・・しかしこんなところで…暇なのか?」

耳に入る町民の言葉に泣きたくなっても仕方がない。
あいつらっ!!怒りに満ちたまま、ようやく目に入った馴染みの者達。言い争う声がここまで聞こえる。

「言っておくけど、僕は本気でこの子が気に入っているんだよ!からかっているわけじゃあ…」
「からかっているようにしか見えない。おまえの言動は軽いんだ!」
「はあっ!?僕に対抗して、どさくさまぎれで千鶴ちゃんに近づいている癖に!!」
「違う、俺は本気だ!!!」

しーーーーん

「そういうところが嫌なんだよ!ほら、またどさくさじゃないか」
「総司がいちいち突っかかってくるからだろう!?」
「いい加減にしろ!!この馬鹿どもが〜〜〜!!!!」

京の穏やかな昼下がり、土方の怒号と共にゴン!という音が響いたのだった。



「ったく…おまえら、ちっとは考えて行動しろよ・・・」
「だから、斎藤君が・・・」「総司が初めに…」
「反省してねえじゃないか!」

眉間に皺寄せて、怒気をまき散らす場所は土方の部屋。
昨日から一日立って、騒動の沙汰を言い渡す為二人を呼び寄せたのである。
二人は一応正座して、その沙汰を待っている。

「いいか、・・・今回のことは・・・近藤さんもその沙汰で良し。と言っているんだからな?」
「うっ・・・わかってます、聞きますよ」「何でしょう」

「雪村千鶴禁止」

・・・・・・・・え・・・・・・・・

二人が固まるのを見て、かなり効果があったようだ、と土方は確信した。

「これから、いいと言うまで、千鶴に近づくの禁止、話しかけるのも禁止、未練がましく見るのも禁止。わかったな?」

正座しながら固まって動かない二人とは対照的に、ようやく屯所にいつもの平穏が戻った…と他の幹部たちは喜んだのであった。







END







エピローグですから・・・ちょっと遊びました(笑)
かなり堪えると思います、これ…^/^
この後、土方さんとか、平助君とか左之さんとか…これ見よがしに千鶴と仲よくしてたり…

いつまで禁止だったのでしょう??

これ、沖千斎…ですよ!はい!(^_^;)

ではでは、ここまで読んで頂きありがとうございました<m(__)m>