艶姿をもう一度
総司×千鶴 エピローグ
島原への二回目の潜入後、屯所はいつも通りに戻っていた。
平穏というのは似つかわしくはないけれど、そこまで大した問題が起きるわけでもなく、今までの日常に戻ってはいた。
あの後、住谷という男の査問が開かれ、打ち首かと思われたが、その類い稀な書の資質を評価され、恩赦を得たことで、打ち首は免れた。というのを聞いて、千鶴はほっとしたものだった。
けれど、変化したものもある。
・・・・もうそろそろ、かな?
一度部屋を出ると、もう昼でも寒気が肌を刺すようになってきた。
自然に首をすくめて、なるたけ体を小さくして体温が逃げないようにする。
玄関に向かう途中、寒い中縁側に座り談笑する斎藤、左之の姿を見つけ、千鶴は声をかけた。
「お二人とも、休憩中ですか?お部屋に入らないと…寒くないですか?」
話しかけながらも、ぴゅうっと一風が身に寄せてきて、千鶴はぶるっと体を震わせる。
「ん?ああ・・・さっきまで、稽古してたからな、むしろ気持ちいいくらいなんだよ」
「でも・・・冷えたら風邪を引きますよ?」
心配そうに尋ねる千鶴に、斎藤は大丈夫だ、と返事をする。
「少し休んで、またすぐに稽古の予定だからな。」
「そうなんですか・・・あっじゃあお茶でも・・・」
「おっいいのか?すまねえな、千鶴」「そうだな、もらおう。ありがとう、千鶴」
いえ、と返事をしてすぐに勝手場に向かう千鶴は、当初の目的をすっかり忘れていた。
千鶴がお茶の準備をしている間に、玄関の方が騒がしくなってきた。
「ん?巡察組が帰って来たのか?」
「そのようだな、今日は・・・一番組と八番組、だったか」
そこまで、呟いて、二人は千鶴が部屋から出てきてどこに行こうとしていたのかを思い当った。
きっと総司の帰りを出迎えに行ったのだろう。
潜入任務の後、総司と千鶴の仲は以前とは違ったものになっていた。
総司のからかいに、逃げて戸惑っていた千鶴が、今は総司のすることを受け止めていて。
総司も前ほどからかわなくなった・・・・とは言い難いけれど、時折千鶴に見せる柔らかい表情には皆が驚いたものだった。
別に付き合っている。と報告をされたわけではないけど、暗黙の了解、という感じになっている。
当初、その事実に斎藤や平助は、何となく気が滅入ったものだけど、千鶴の幸せそうな表情を見てしまえば何も言えない。
周囲も温かい目で二人を見守っていた、否、関わらないようにしていた。
関れば、いろいろ・・・面倒なのだ。
「あ〜しまった・・・千鶴に茶を頼むべきじゃなかったな」
「鉢合わせにならないように・・・祈るだけだな」
二人の祈りもむなしく、「お茶お持ちしました」と千鶴が盆に茶を乗せてぱたぱたと歩いてくる。
「はい、斎藤さんのは濃いめに熱めに、でしたよね?」
「ああ、ありがとう」
「はい、原田さんのは、普通で、熱めに、でしたよね?」
「おお、よく覚えてんな」
千鶴からお茶を受け取って、三人がほのぼのとした雰囲気になりかけた時、廊下の向こうから羽織をはおったままの総司がこちらに向かってくる。
千鶴は背中を向けていたのだけど、斎藤と原田は見てしまった。
総司の目が不機嫌にすっと細められた後に、悪企みを含ませたものに変わったことを・・・・
・・・・・・さっさと、茶を飲んで退散しよう・・・・・
二人はその様子を見てみない振りをすることに決め込み、そう思ったのだが、しかし熱めのお茶を、一気に飲み干すのは難しい。
「ただいま〜千鶴ちゃん」
「あっ!おかえりなさい沖田さん・・・すみませんお出迎え出来なくて・・・」
「いいんだよ。これ、買って来たから、お茶にしよう」
そう言って総司が差し出した小箱には色とりどりの金平糖が。
「わ〜沖田さん、金平糖大好きですもんね」
「うん、でも千鶴ちゃんの方が好きだよ」
にこっと笑う総司に、千鶴はかーっっと顔を一気に赤くする。頬が上気して何とも可愛いらしい。それはいいのだが…
それにしても斎藤と左之の二人がいてもこの調子。やっぱり・・・早く立ち去りたい。
二人がそう切望していた時、
「お、お茶淹れてきます」
「うん、お願いね」
「・・・・・・斎藤、俺らは向こうへ行くか」
「そうだな、二人でゆっくりするといい」
恥ずかしそうに千鶴が立ち上がったのを追うように、今が好機とばかりに立ち上がろうとすれば、
「斎藤君も、左之さんも一緒に食べたらいいじゃない」
にこにこっと笑いながら言う総司に、二人は明からさまに嫌そうな表情を作った。
そんな二人の気持ちなど全く気がつかず、そうですよ、と千鶴が口を挟んだ。
「皆さんで召し上がる方が楽しいですし、一緒に休みましょう?」
「・・・・・・そうだな」「・・・・・・・わかった」
千鶴にそう言われれば断れない。
諦めてまた腰を下ろせば、千鶴はほっとしてそのまま急いで勝手場の方に向かう。
残された三人は、向かい合うように座っていたのだけど・・・・
「二人とも、千鶴ちゃんの言うことには、強く言い切れないんだねえ・・・」
わかるよ、可愛いもんねえ、うんうん、と何故か得意気に話し出す総司に、二人はうんざりする。
これから繰り広げられることを予想して、なるべく早く退散しようと心に決めていたのだけど・・・
「沖田さん、お待たせしました」
こぼさない程度に歩みを早めて、千鶴がお茶を運んで来た。
総司には、これでいい、という確認もせずに、はいっと微笑んで渡す。
そんな小さなことで、二人の仲の良さが覗える。
ありがとう、と総司が受け取ろうとした瞬間、二人の指先がそっと触れたのだけど・・・・
「沖田さん、手、冷たいですね・・・ずっと外にいたから・・・お部屋で休まれた方がいいんじゃないですか?」
「大丈夫だよ、お茶飲んだら温まるし・・・それとも千鶴ちゃん温めてくれる?」
からかうように千鶴を覗きこむ総司に、千鶴は思わず身を引いて、総司の隣ではなく、左之と斎藤の間へ腰を下ろした。
「・・・・・何でそっち?普通はここでしょう?」
ぽんぽんと総司が指し示すのは総司の隣。…ではなく、総司の膝の上。
無理です!っと二人の背中に隠れるようにする千鶴に、いつもこの調子なのだろうな、と二人は千鶴に同情を寄せた。
「総司、人前でそんなとこに座る奴がいるかよ」
「いるんじゃない?」
「いるかっ!!時と場所を考えろよ・・・ったく」
呆れたように総司を見る左之に、我関せずで千鶴にも茶を飲むように勧める斎藤。
総司はその二人にふんっと嘲笑を浮かべて・・・・
「部屋の中だと、当たり前のように座ってくれるから気が付かなかったよ」
「お、沖田さんっ!!」
し〜っし〜っと必死でお願いする千鶴の姿は、総司の言っていることが本当だと裏付けているということで。
「今更照れることないのに」
「沖田さん!!」
総司の言わんとすることがわかるのか、千鶴は顔を赤くしたり青くしたり忙しい。
「もう身も心も結ばれているのに、ね?」
これが言いたかったとばかりに、会心の笑みを浮かべる総司に、思わず言葉を詰まらせる左之と、茶があらぬところに入ったのか、せき込む斎藤。
千鶴は、恥ずかしさのあまり口をぱくぱくして立ち尽くしていたけど・・・
「あ〜やっぱり、お茶じゃ温まらないから・・・千鶴ちゃんお願・・「し、知りません!!!」
ばたばた…と走って去って行く千鶴の後を、楽しそうに追いかけて行く総司。
それにしても…恥ずかしがりながらも、総司の言葉に否定しなかった千鶴。
・・・・・・・・・・・・
後に残された二人は、同じく残された金平糖を見つめる。
「・・・・・斎藤、大丈夫か?固まってるぞ?」
「あ?ああ・・・これを忘れていったな、どうするか・・・」
「いや、持っていけねえだろ・・・あの様子じゃあなあ・・・」
やっぱりろくな展開にならなかった…二人は溜息をついて、のろのろとその場を片付ける。
ぽろっと一つ落ちそうになった金平糖を、左之はそのまま口に入れる。
「甘〜な、今だと余計に甘い・・・」
してやられたな、と苦笑いする左之に、
「俺は・・・甘いものは苦手だ」
困ったように相槌を打つ斎藤の姿があった。
「千鶴ちゃん、そんなに恥ずかしかった?」
「恥ずかしいですっ!!あ、あんまりああいうこと言わないでください〜!!」
思い返せばまだ恥ずかしくてたまらない。これからあの二人に会う時にどんな顔をすればいいのだろう…
真っ赤になった顔を手で覆い隠して、もう・・・と座り込めば、総司のひやっとした手が火照った顔を鎮めてくれるように当てられた。
「でも、嬉しかったよ?千鶴ちゃん、否定しないから」
「それはっ・・・・・恥ずかしいけど、でも・・・嘘はつきたくないです。否定したら・・・沖田さん傷つくでしょう?」
「・・うん」
「恥ずかしいだけで、私も…その・・幸せなことだから・・・嘘は・・・・」
「うん」
こんな風に言ってくれるから、つい、甘えて、この子は僕のものだって宣言したくなるんだ。
「沖田さん、やっぱり、手、冷たいですね…お疲れ様でした」
拗ねるように怒っていた顔は、もう総司に微笑みを向けて、冷たい体温を温かい体温で包んでくれる。
手から伝わる体温に、体中が温められていく気がする。
「・・・・・・・さっきも、そうしてくれたらよかったのに」
「だ、だから・・・恥ずかしいんです!」
もうっと、大きな瞳で上目遣いで僕を覗きこむ表情、上気した頬は桜色に染まってて、それだけで惹きつけられる。心臓がうるさくなって、自然に体が温まるのを超えて、熱くなる。
「沖田さんの手、好きです。大きくて、私の手全部包んじゃう・・・でも、とっても優しくて・・守ってくれる・・」
好きと言われた手で、千鶴の頬を撫でると、気持ち良さそうに顔を緩めて、髪を梳けば、嬉しそうに目を細めて。
その後にもう一度頬に手を当てて、そっと上を向かせれば、一瞬微笑んだ後、そうするのが自然のように静かに目を瞑る。
僕だけが知ってる、千鶴ちゃんの顔。
誘われるままに唇を落とせば、小さな手が、僕の着物をそっと掴む。
「好きなのは…手、だけ?」
わかっていても、その言葉を求める総司に、千鶴は目を薄く開いて、小さく笑うと、子供みたいな総司にあやすように唇を寄せた。
玄関に、迎えに来てくれてない・・・それだけで落ち着かなくて。
廊下を見れば、三人で楽しそうにお茶を飲んでいた。
僕と君との仲を見せびらかしたくて、一緒にお茶を、と思えば…
二人きりの時はあれだけ幸せに満たしてくれるのに、君は皆が一緒だと、あまり懐いてくれない。
でも、今はそれがよかった、と思える。
皆の前で、こんなに可愛い態度・・・見られたくないし、見せたくない。
君から、口付けをもらうだけで、こんなに顔が熱くなる。
赤くなっているであろう顔を隠すように、千鶴の頬に寄せてみれば、ひやっと感じる。
さっきまでは僕の方が冷えていたのに…今はもう逆転して、自分ばかりが火照っているようで。
君の桜色の頬が目に入る。
まだ熱を伴わないその肌に、悔しくなる。
まだ、足りない…もっと、もっと・・・・・
「ねえ、やっぱり…寒い」
「・・・・・・え?」
「千鶴ちゃん、温めて」
言葉と共に、君の小さな掌にわざと、ちゅうっと音を立てて口付ければ、君の顔は僕の顔以上に赤くなる。
額に、頬に、瞼に、ゆっくりと唇を落として、最後に唇に触れれば、僕と同じ程に熱を持つ…でも…
その熱に浮かされて、僕は君以上に熱くなる。
触れたいと思う気持ちは抑えることは出来ず、請うままに身を屈めて抱き締めて。
君の存在を確かめて、今は君だけの為の存在でいたい。
END
艶姿、本当に終わりです〜!!
本編の後の二人、ということで…書いてみました。
この後きっと甘い時間を…(自粛)
夕餉の時にでも左之さんか斎藤さん辺りが…金平糖を返してくれそうです。
その時、「もっと甘いもの食べたから忘れてた」とか、しれっと言ってほしいです(←)
ここまでとても長かったです。
お読みいただき、本当にありがとうございました<m(__)m>