艶姿をもう一度

最終話




その屋敷の主人と思われる男は、急いで支度をしていた。
昨日まで手を組んでいたはずの男とは連絡がつかない。もしや裏切ったか?とも思ったが、裏切ってその男に利益が生ずるのかと言えばそうではない。
新選組に兄を殺された恨みを晴らす為、だが、刀は扱えない自分でも、かたき討ちのために、と協力を申し出たのはあいつだ。
あの娘がいなくなって今頃新選組は大騒ぎだろう…

男はにやっと笑って、立ち上がろうとした瞬間、部屋に男の愛妾が飛び込んで来た。

「た、大変よ!?あの男が新選組を連れて、もうそこまで来てるわ!」
「何!?…くっ…あいつが…おまえは先に行け、残っていても邪魔だ」

女はこくっと軽く頷くと、我先に逃げるようにその部屋を出て行った。
…きっともう戻りはしないだろう、そんな女だ。
ならば、あの娘を愛妾にするのも一興だ、と顔を歪めてそのまま入用なものだけを持ち、千鶴のいる部屋へと向かった。

バンッ!!

「女、すぐにここを出るぞ」

言いながら千鶴の喉に小刀を当てながら、千鶴に早く動くように促す。
そうしておいて、何やら壁をいじっている。
「死にたくないのなら、動け。このまま長州に・・「嫌です」

千鶴は、怖い気持ちを押し殺して、それでもその男の目をじっと見ながら言い放った。

「あなたに、長州まで連れ回されて…また引き渡されるなど、嫌です。それなら・・殺してもらっても結構です」

・・・・・・なんだ、この女は、可愛気のない・・・・普通こういう時は泣き叫んで助けてくれと言うか、大人しく付いてくるかだ。
だが、その目は・・・気に入った。大事な手土産でもある…こうなれば、俄然手放す気にはならない。

「何故新選組に、幕府の為にそこまで義理立てする、何も見返りなどあるまい」
「…傍にいたいと思う人がいるから。自分の為です」
「くだらん・・・おまえがそういう態度であれば、こちらにも考えがある」
「・・・・・・・・・・・・」
「腕を折る、痛みで抵抗も出来なくなるだろう」

千鶴を見る男の目は、本気だ。千鶴に脅すように当てていた小刀を戻し、千鶴の腕を手に取る。
「まだ、気は変わらないか」
「・・・・・・変わりません」
「いい度胸だ」

ふん、と男がかるくせせら笑って、千鶴の腕をあらぬ方向に曲げようとしたその時、

ヒュッ

風を斬る音がしたと思えば、抜き払われた刀が目に映る。
あっと思った瞬間男の小手先に一撃。返す刀で男の胴に刀の剣先が線を描いて払われる。

一瞬だった。男がそのまま「ぐああっ」と呻きながら倒れた。

茫然とした千鶴に「千鶴、無事か」と、声がかかる。
いつの間に来ていたのだろうか、息をもうすでに整え終わった斎藤が、男から目を離さないまま千鶴を気にかける。

「斎藤、さん・・・・いつ・・・?」
「話は後だ。おまえは先に外に出ろ」
「え?」
「・・・・・まだ死んではいない」

その言葉に呼応するように、千鶴の後ろ、壁だったところがカチッと音を立てて開いた。

「さ、千鶴さん・・・外へ」
「え…あなたは?それに、斎藤さんが・・・・・・・」
「そいつに付いて先に行け、すぐに済ませる」

有無を言わさないような声に、千鶴も頷いて、そのまま二人がバタバタ…と外の方へ向かった後、斎藤は男と距離を取り刀を構える。男は苦悶の表情で顔歪めながら、ゆっくりと立ち上がろうとするが、動かす度に体が轢むのか、苦悶の表情を湛えている。

「新選組…動きが早いな・・・住谷の手引きか・・・」
「・・・住谷?あの男のことか・・・そうだ、おまえに味方はもういない」
「味方?・・・あいつとはもともと望むものが違う。俺は自分の為にあの娘を欲した。だが・・・」

斎藤にようやく向き直り、刀を構えると不敵な笑みを浮かべてくる。

「あいつは、新選組を憎んでいる。あの娘、預けたのは失敗だったな」
「それは承知の上だ。だが、あの男は千鶴を傷つけない」

おまえとは違う。と、刀が音を立てて轢む程、強く握られた。
周囲の空気も冷えていくような、そんな気配が身体に夥しく纏わりついてくる。

「潔く散れ」

言葉と共に一閃が軌道を描く。避ける暇などなかった。
先ほどは峰打ちだったが、今度は刃を確かに向けて。
男の血しぶきをその身に浴びて、、斎藤は静かにその場を去った。



「あなたは・・・あの俳句の・・・方ですよね?」
「覚えていてくれましたか?光栄です」

外へ走り、合流地点を決めていると言うので、そこまで走る道すがら、千鶴はこの男の顔を知っていると思っていた。
なんとか、合流地点に辿り着いて、息を整えてから思い出したのだ。
芸者の姿となって、最初に相手をした、俳句を嗜む男。

「あの時とは…感じが違いますね」
「わかりますか?あの時はそれなりの格好をしていたけど・・・しがない身ですから」

ははっと軽く笑いをこぼした後、男は嘆息した。
「・・・・もうすぐ、殺される、身ですよ」
「え?・・・ど、どうして」
「私が、あの密書を作ったんです。兄を殺した、新選組に一泡吹かせるために・・・あなたのことなど、どうでもよかった」

この人が?あの密書を・・・・でも・・・・・・

「助けて・・・くれました。新選組が憎いなら、どうして?」
「・・・・・それは・・・・・・・・」

千鶴にちらっと目をよこして、こんなこと言えた身ではないですが・・・と口を開いた。

「・・・新選組のことをずっと調べていました。調べているうちに貴方を見つけた」
「何とも思っていない振りをしていたけど・・・芸者姿で微笑んでくれた貴方に、動揺して、気持ちを自覚しました」
「貴方が好きになっていた。引き渡したくなかったので・・・」


沈黙に包まれる二人を困惑の瞳で見つめる者がいる。
・・・・・・・あれは何だ?
簡単に体を拭い、ここに駆けつけてみれば、この事態は一体??
何故そんな話をしているのか・・・

自分が最近ようやく言えた言葉をこの男はいともあっさり千鶴に伝えて。
心なしか、千鶴の頬も赤い・・・
まだ自分にも気付かずに、黙りこむ二人に、

「千鶴、戻るぞ」
胸の中が気持ち悪くなって、たまらず声をかければ、口をついて出た声は自分でもひどいと思った。
低く、不機嫌を滲ませた声が突然耳に届き、千鶴もびくっとした。

「あっ・・斎藤さん!あの、…さ、さっきは驚いて言えなくて・・・助けに来てくれてありがとうございました」
「・・・・・・・当然のことをしたまでだ。気にするな」

ぺこっと頭を下げる千鶴に一時微笑むと、住谷に目を向ける。

「私も、斬るのでしょう」
その言葉に、千鶴がえ?と呟く。
斎藤は何も言わずにじっと、男の目を見る。覚悟を、した者の目だ。
だが、斎藤の腰に差した愛刀に携える指先は動かない。

その時、ひとまず屯所に連れて行くよ、と声がかかった。
その声に振り返れば、いつの間にいたのだろう、総司が様子を覗うように立っていた。

「沖田さん!」「総司、どうしてここが?」
「土方さんから連絡をもらってね。相変わらず人使い荒いよ…で、状況を見て判断しろって言われてる」

総司は住谷に視線を向けると、

「ひとまず、二人に危害を加えた訳じゃあないし、屯所に付いて来てね。逃げたら殺すよ」
「逃げませんよ」
「あ、あのっ!!」

二人の会話に、千鶴は泣きそうな顔で総司と斎藤を交互に見る。
必死で訴えてくる気持ちは、きっと助命だろう。だがそれはここで頷けるものではない。
総司と斎藤の二人は無言で頷きあうと、総司が住谷を一応と、縛り、連れて行こうとした。その歩みを遮るように千鶴が声をかける。

「ま、待って下さい。あの、お気持ち・・・ありがとうございました。・・・でも」
「わかってますよ」

住谷は微笑むと、ちらっと斎藤の方へ視線を向けた。

「私などより、あなたを・・大切に想われる方が傍にいますからね」

え?と首を傾げる千鶴に、心当たりがありすぎる斎藤がすっと目を逸らしたけど、耳が赤い。
その様子を面白そうに総司も眺める。
「へ~誰のことかな、ねえ、斎藤君?」
「・・・うるさい、戻るぞ」
「本人気付いてくれるといいね、じゃ、先に戻ってあげるよ」

にっと最後にとんでもない言葉を放って、そのまま先に戻ってしまった。
後に残された二人は・・・

「誰のことでしょう?新選組の皆さんのことでしょうか?」
「・・・・・・・俺は知らん」

千鶴の答えに多少がっくりする。どうしてここで、皆さんになるのだろう。
今も、傍にいるのに。

そんな斎藤の気持ちも知らずに、千鶴はころっと話を切り替えてしまった。

あの人、大丈夫でしょうか・・・」「わからないな、副長の判断に任せるしかない」
「悪い人じゃないんです。計画思いとどまってくれたし・・・」「それはわかっている」
「助けて、くれたし・・・・」「そうだな」
「・・・・・・・・」

千鶴が黙ってしまったので、顔を見れば何故か赤い。
どうしてかを考えて、差し当たって考えつくのは・・・あの男の言葉にだろうか。

「・・・・・・何故顔を染める」
「え?あああの、赤くなってます?」

慌てて顔を隠せば、隠しきれないところはますます赤くなっていく。

「そんなに嬉しかったのか?」
「え?何が・・・」
「・・・・・あの男に、その、好意を持たれて・・・」
「ええ!?き、聞いていたんですか!?」

一層慌てる千鶴の姿が、なんだか好ましくない。

「・・・・嬉しそうだったな」
「ち、違・・・わなくはない・・です・・・嬉しいのは嬉しいです」

千鶴以外の娘から告白されても、自分は嬉しいだろうか?いや、そうは思わない気がする。
嬉しいのは・・・憎からず思っているからでは・・・?

「だって、あんな風に真っ直ぐに言われたの初めて、だったので、やっぱり・・・」

笑わないでくださいね、と首をすくめる千鶴に、今のどこに笑うところがあるのか全くわからない。
(千鶴は告白されたのが初めてで、おろおろしたことを、笑わないで、と言いたかった)
そんなことより、見過ごせない言葉があった。

初めて。

・・・・・・・・・初めて!?

千鶴は寝ていたので、知らないのも無理はないけど、この先ずっとあの男が千鶴に想いを告げた初めての者、と千鶴の心に残るのは・・・
嫌だと思った。
普段は冷静な斎藤の内にある、激しく、熱い感情。その感情と、普段の冷静さの均衡を取ろうと、両方の感情がぶつかり合う。
けれど、目の前の千鶴の、色づいた表情が、ぶつかり合う感情の糸を切ってしまう。

「あの男じゃない」
「え?」

何の話?と目を瞬く千鶴に、斎藤は視線をじっと千鶴に向けてそのまま、言葉を紡ぐ。

「千鶴に、想いを伝えた・・・初めての男はあいつじゃない」
「・・・・・・・え?」

あの人でなければ誰だと言うのか。問いかける前にじっと千鶴に向けられた、瞳を見れば胸がどくっと跳ねる。
ふとした時に見せてくれる仕草や、今のような眼差しが、千鶴にとてつもない威力を発揮する事を、きっと斎藤は知らない。
耐えきれずに、熱が集まる顔をそっと俯ければ、その頬にひやっとした掌が触れる。

「俺だ」

甘く掠れた声で一言。
それだけ、だけど・・・十分すぎるほど伝わった気持ち。
いつ?そんな疑問も頭に一瞬浮かぶけれど、何より、傷ついた表情の斎藤がじっと千鶴の言葉を待っている。
私も、と思うのに、嬉しくて、嬉しすぎて、言葉が出ない。

心臓がうるさくて、体が自分のものじゃないみたいに言うことを聞かないけど、何とか手を、頬に添えられた斎藤の手に重ねる。
瞬間、そっと手を包みこみ、気持ちを何とか伝えようと斎藤を見上げれば、千鶴の顔に影が差す。

初めてくれた口付けは、少し遠慮がちにそっと触れるようなもので。
離れていく唇に掠めるように、二人の言葉が紡がれる。
「千鶴が、好きだ」「斎藤さんが・・・好きです」

心を揺らすお互いの言葉に、離れかけた唇が止まる。

間近に私を見つめる斎藤さんの眼差しがとても温かくて。
同時に向けられた微笑みは、一人占めにしたいと思うようなもの。
斎藤は千鶴の言葉に応えるように、もう一度口付けを落とす。

数秒、重なり合う唇。慈しむように、溢れる想いを告げるような優しい口付けの感触に、千鶴は身も心も溶けてしまいそうな甘い気持ちに満たされた。


屯所に戻る道すがら、手を繋ぎ合って戻る二人の顔は一様に真っ赤。

「斎藤さん・・・あの・・・」

愛しい声に振り向く、斎藤が千鶴に向ける表情は本当に優しくて、それだけでもかなり動揺する。
・・・・でも、ここは言わないと!

「あ、あの!想いを伝えたっていつですか?私、もう一度…聞きたいです」

「・・・・・・それは」

あの言葉を、今言うのは・・・無理だ。
言えば・・・抱きしめて、離したくなくなる。

「・・・・こ、今度」

え~っと不満げな千鶴に、千鶴が可愛いのがいけないんだ、と胸の中で呟く斎藤。

地面に伸びる二人の影は真ん中でしっかりと繫っている。

こんな風に、お互いを想う心を重ねて、今のように寄り添いながら、これからもずっと…







END







艶姿をもう一度。「斎藤さんルート」をお読みいただきありがとうございました。
なかなか想いを伝えられないカップルでした(汗)とってもじらした分、最後は甘めにできたと思ってます。
斎藤さんは言葉で伝えるのと同じくらい、いえ、それ以上に仕草などが威力すごいと思います。
そんな斎藤さんを書きたかった・・・けど道半ば。というところでしょうか(汗)

艶姿本編はここまでですが、屯所に戻った後のエピローグを1話用意してあるので(ちょっと誰これな感じも…しますけど)、よろしければ、それにもお付き合いください。