艶姿をもう一度

最終話






「あそこです。あの橋を渡った道の先にある、あの柳の木の・・・」
指差された先には一軒の屋敷が。まだそんなに古くはなく、一見ここに隠れているような陰気な気配も全くしない。

門付近まで一気に近付く。だけど・・・
「本当に、ここ?」
総司が疑いたくなるのも無理はない。なかには人の気配が全くしないから。

「口より体を動かせ、中に・・・」
そう斎藤が口を挟み、門の中に足を踏み入れると、よく見れば乱雑に足跡が地面についている。
確かに、人はいるようだ、ならば…

「どこの部屋か見当は?」
「・・・多分、隠し戸のある部屋でしょう。一見窓も何もない部屋ですが、外への戸があるんです。」

なるほど、と頷く二人に、では…と案内していた男が口を開いた。

「私がその戸の裏側に回りこんで雪村さんを外に逃がすので、あなた方はあの男の注意を逸らして・・・」
「何で?」

男の提案に、総司は躊躇なく意義を唱える。

「君は元々あの男の仲間、でしょう?僕と、斎藤君と二人いるのに、君一人を信頼して千鶴ちゃんを任せるようなことはできないよ、ねえ?」
「総司の言うことは最もだ。あんた一人に任せるなどと、端から考えていない」
「はあ・・・・ではどちらが私とご一緒で?案内しますが…」

総司と斎藤は目を合わすと、二人で無言で頷いた。



「廊下を右に、突き当たりの左側・・・」
足音を立てずに屋敷内を進むのは総司。斎藤にはあの男と裏側に回ってもらった。
あの男は鍵も持っているということだった。
もし千鶴が本当にそこにいるのならば、逃がすことはた易いだろう。

けど、目を離した隙にいなくなって…島原に潜入してから二度も千鶴を見失った。
今度は、これからは絶対に目を離さない。何を言われても。

決意を新たに総司は目的の部屋へと辿り着く。そっと様子を覗うその先に見えた光景は・・・・




「なるほど、この屋敷はよく考えられているな、この先に隠れ戸…普通は気がつかない」
茂みを掻き分けて、目的の場所へ辿り着いても、壁がある。それだけにしか見えない。
もし、総司と二人だけで乗り込んでいたら・・・千鶴をここから連れ出されたかもしれない。
横にいる男も元凶の一人だとは思うも、それでもこの案内で男への警戒はかなり和らいでいる。

自分が守ると決めた。なのに、それでも見失ってこの様だ。
千鶴の安全を第一に、且つ、取り戻す。それだけに神経を集中させる。

ふと、会話が聞こえた気がした。この壁の向こうにやはりいる。斎藤は注意深く聞き耳を立てた。すると聞こえてきた会話は…



違う場所で、同じ声を聞いていた総司と斎藤は、胸がいっぱいになっていた。何故なら、
元凶である男が、長州に連れて行こうと千鶴を動かそうとするも、千鶴は動かなくて…そして、
男に連れ回されるなら、殺されても構わない、と言ったのだ。

新選組は、千鶴にとって、決して居心地のいい場所ではなかったはず。
けれど、居心地がいい、と嬉しそうに、にこにこ微笑む千鶴。彼女がその居場所を作ったのだ。
自分たちが何かした訳じゃない。変わったとしたら、変えたのは、千鶴なのだ。

そんな千鶴にこんなに心惹かれている。
思ってる以上に・・・心の奥深くに・・・千鶴がいる。

総司と斎藤が、同じような想いでいた時、不意に男の声が聞こえた。

「腕を折る」

てこでも動きそうにない千鶴を、殺すに惜しいと思ったのだろう。怪我をさせて、弱らせて、無理やり・・・
なんて、卑怯な・・・・

本当は、退路を確保した後に、斎藤と二人がかりで相手をするつもりだった。
本当は、総司の合図を待って、踏み込むはずだった。

けれど気づいた時にはお互いが同時に部屋踏み込んでいた。
男を生きて捉えて、背後事情を調べる。それも大事だ、しかし、そんなことを考える余裕はどこにもなかった。

バンッと戸が開く音が前後から聞こえて、身構えた男に聞こえたのは風を切る音、足を踏み込む音。
その後は闇。一瞬にして視界が赤に染まり、闇に覆われていく。
男には叫ぶことすら出来なかった。
組長二人が、前後から一斉に斬りつけたのだ。勝敗は一瞬で決した。
千鶴も、腕を折られると、目をぎゅっと瞑った時の出来事で、目を開けば、もう足元に男が転がっていた。

広がる血溜りに震えながら、恐る恐る辺りを見渡そうとすれば、前から、後ろから名前を一斉に呼ばれた。

「千鶴ちゃんっ!!」「千鶴っ!!」

無事、という言葉を聞くより、自分で確かめたくて、二人は千鶴に駆け寄って。
千鶴の震える体を抱き締める。
二人に挟まれるように抱き締められて、ほっとした気持ちと共に、いろんな、様々な気持ちが込み上げてくる。

「お、沖田さん…斎藤さん・・・来てくれて・・・・」
怪我はないか?」「何かされてない?大丈夫?」

千鶴の声に二人がすぐに反応して、優しい言葉をかけてくれる。

「大丈夫です。怪我は・・・ないです。ありがとうございました・・・・・うっ・・・・」
何とか御礼の言葉を言うと、千鶴は腰が抜けたのか、ストンと急に床に座り込みそうになって、
でもそれを総司と斎藤がしっかりと脇から支える。支えてくれるのが・・・とても・・・

「うう〜・・・うっ・・・迷惑かけて、すみません・・・・うっうっ・・・」
ぽろぽろ涙を流す千鶴に、総司はそっと手で涙を拭って、斎藤は千鶴の頭を優しく撫でてやる。

「・・・・・迷惑などではない。千鶴が無事で・・・よかった」
「斎藤さん・・・・」

「・・・・怖かったのに、偉かったね・・よく、頑張ったよ」
「沖田さん・・・・」

二人は千鶴を責めるような言葉は一つも投げかけてこない。
大切に、大切に、自分を見てくれているのを感じて、千鶴は一層涙を流すけれど、今は嬉涙。
ぎゅうっと二人に抱きついて、二人の胸で泣く千鶴。
そんな千鶴を慈しむような微笑みで見守る総司と斎藤。


・・・・・・・・・・・・・・・
あの、私はどうしたら・・・・?
ここまで案内した男は、この状態に目を逸らしながら、暫し待たなくてはならなかった。




「あなたは・・・あの俳句の・・・方ですよね?」
「覚えていてくれましたか?光栄です」

涙の再会も終わって、落ち着いてくれば、居場所なさ気に立ち尽くす男が一人。
その顔をどこかで…と考えて、すぐに思い立った。
芸者の姿となって、最初に相手をした、俳句を嗜む男。

本当はこの男が身元引受人で、発端の一人でもあったという事実に驚きはしたけれど、でもここを総司と斎藤に教えて、自分を助けてくれた。それは千鶴にとって揺るぎようのない事実だから、一度頭を下げて御礼を言う。

その千鶴の様子に、あなたはやっぱり、変わった人ですね、と男は笑いを零した後、しごく真面目な顔に変えて、言い放った。

「私が、あの密書を作ったんです。兄を殺した、新選組に一泡吹かせるために・・・あなたのことなど、どうでもよかった」

この人が?あの密書を・・・・でも・・・・・・

「助けて・・・くれました。新選組が憎いなら、どうして?」
「・・・・・それは・・・・・・・・」

切なげな視線を千鶴に寄こす男に、その視線に不快感を示す男が二人。
・・・・・・何?あの視線・・・こいつ、まさか・・・・・
・・・・・・何だ?総司によく感じる嫌な予感がする・・・・

「・・・新選組のことをずっと調べていました。調べているうちに貴方を見つけた」
「何とも思っていない振りをしていたけど・・・芸者姿で微笑んでくれた貴方に、動揺して、気持ちを自覚しました」
「貴方を傷つけたくなかった。雪村さんを・・・「千鶴〜!!!」

今からまさに告白!?という場面でヤキモキしていた総司と斎藤には、遠くから響いて邪魔をしたその声、平助に心の中で拍手を送っていた。
ぶんぶんと大きく手を振りながら、走って駆け寄ってくる平助に千鶴も顔を崩し笑顔一色になる。

「平助君っ!どうしてここが?」
「いや〜千鶴が心配で…左之さんに留守番頼んで、角屋に行ったんだ、そしたら土方さんがこっちへ向かってくれって言うからさ〜」
「そうだったの…ありがとう平助君、心配してくれて・・・」
「いや、いいんだよ!千鶴も漸く屯所へ戻って来れるんだろ?俺はそれが嬉しいし!」
「うん、私も嬉しい!」

いつの間にやら、その場にいた三人を置き去りにして、二人でほのぼのと会話を繰り出すこの状況に、
頬をひくつかせる総司と、眉間に皺を作る斎藤と、肩を落とす男の姿が…

「とにかく、千鶴を取り戻せたら、一足先に屯所に連れて戻れって言われてんだ、帰ろうぜ!」

にこにこしながら、手を差し出す平助に、うん!と嬉しそうにその手を取って握り返す千鶴。
きゅっと千鶴に手を握られて、その意味を今更確認したように、少し照れながら先を行こうとした平助の態度に、ピキッっと何やら空気のひび割れる音が聞こえたような・・・・

「平助〜…千鶴ちゃんの護衛は僕と、斎藤君のはずだよね?」

背中から自分を引き戻すように、低い声が響く。
・・・振り返りたくはない。むしろこのまま走り去りたいくらいだけど、そんなことなど出来ないような雰囲気に、平助が恐る恐る振り返ると、

「確かに、その任はまだ解かれていない。千鶴を連れ帰るのは俺たちの役目だ」
「ええっ!?だだだって!土方さんがさ〜・・・」

総司だけならともかく、斎藤にまで咎められて、平助は思わず口をへの字に曲げて抗議の声をあげた。
土方にそう命令されたのだ。自分が連れて帰るのが筋、というものではないだろうか?咎められる謂れはない。
土方としては、総司と、斎藤と、千鶴の三人にすると、また間に挟まれて、千鶴が大変かもしれない、と気を使うつもりで平助を迎えに寄こしたのだが、そんな気遣いに二人が気付くはずもなく…(気付いても応じたかどうか…)

「とにかく、平助はこの人を土方さんのところに連行してよ」
「ええ!?何で俺が!?それこそ二人の役目なんじゃないの?だって土方さん待ってると…」
「この者を最優先でどうにかしろ、という命令は受けていない。俺には千鶴が最優先だ」
「・・・・・・斎藤さん・・・・」

何故かそこで、嬉しそうに顔を輝かす千鶴に、総司は僕だってそうだよ、と不満顔で。
そして言い合いながら二人はいつの間にか、千鶴を平助から引き離している。

「あ、あの・・・私は別にもう大丈夫ですから・・・平助君の言う通りに・・・」
「何言ってるの?屯所に戻るまで、絶対、なんてないんだからね」

総司と斎藤の二人どころか、平助も交じった三人に板挟みにされて、困った様子の千鶴に総司は諭すように言いながら、ちゃっかり千鶴の隣に居場所を作った。

「でも、もうお二人が解決してくれて…・」
「まだ、仲間がいないとは限らない。油断して今朝のような思いはしたくない」

いえ、もういないですよ・・と男が声をかけかけて、斎藤に視線で阻まれ、慌てて口を噤む。
きっぱり言い切る斎藤のこの言葉には、今朝心配をかけた自分が悪いから、「そ、そうですね」と気持ちを改め直す千鶴。その横にちゃっかり居場所を作る斎藤。

「じゃ、平助お願いね」「では平助、頼む」

同時に振り返り、言葉を残して去っていく二人に、肩を落とす平助。
そんな平助に同情的な視線を向けながらも、男は背を向けようとする。

「ちょっと待て!おまえどこ行く気だよ!?逃げる気か」
「そんな無駄なことしませんよ。殺されるのを待つ身ですから」
「んあ?・・・う〜ん、でもさ、助けるのに協力したんだろ??」
「いえ、でも元々の密書を・・・書道は好きですし、贋作も簡単ですから」
「・・・へえ・・・どうなのかなあ、土方さん次第だよな」
「はあ・・・・」

この後、住谷を連行してきた平助に事情を聴いた土方が、情けなさに頭を痛めたのは別の話。




一方、こちらご機嫌で千鶴と共に屯所に戻る御一行は、と言うと。

「その姿も見納めだね〜さみしいとは思うけど、でも・・・・」
「でも・・・何ですか?」

千鶴が首を傾げて尋ねると、総司は嬉しそうに惜しまず微笑みを向けてくれる。

「どんな姿でも、君が傍にいる方が・・・ずっと嬉しい、かな?」
「・・・・〜〜〜〜////ありがとうございます…」

思いもかけずそんな言葉を掛けられて、こそばゆい気持ちで微笑みを総司に返せば、その可愛さに一歩も二歩も間を詰めようとしたところで、反対側にいた斎藤がその分千鶴を自分の方へ引き寄せる。
斎藤は総司にむかっとした視線を向けられても、その視線を簡単に受け流して、

「着飾ることがたまに出来ればいいのだろうが…無理をさせるな、千鶴」
「いいえ、いいんです…今回のことで、屯所にいるのが楽しいってよくわかりましたから」

気にしないでください、と申し訳なさそうにする斎藤を気遣う千鶴に、

「千鶴…おまえがいるだけで、こちらも楽しくなる。ありがとう」
「・・・え・・・そ、そんなっ〜〜///…斎藤さんにもそう思ってもらえるなんて、嬉しいです」

いるだけで,だなんて。迷惑ばかりかけているのに、どうしてこの人はこんなに優しいのだろう?嬉しい気持ちでいっぱいの笑顔を斎藤に返せば、その可愛さに思わず見とれて、慌てて目を逸らせる斎藤の様子に、総司は面白くなさそうで。

千鶴を自分の方へじりじりと戻しながら、斎藤にきっと視線を流す。それに気付いて斎藤も総司を見返す。

「帰ったら・・・またいろいろありそうだねえ・・・斎藤君?」
「騒動が起きる原因は…誰かが事を起こすからだと思うが?」
「嫌だな、誰かが事を張り合って、大きくするから、だと思うけど」

バチバチっと、千鶴の頭上で火花を散らす二人に、気が付かず、その二人の会話に「う〜ん、もう揉め事は嫌ですね」と呟く千鶴に、それは無理だろうな、と心の中で相槌を打つ二人。

その二人の思った通り、この後屯所では二人の千鶴を巡る騒動は尽きなく、周りの幹部たちもほとほと迷惑を被るものとなった。




END







艶姿をもう一度。「それ以外…沖千斎ルート」をお読みいただきありがとうございました。
もともとこんな感じに…ギャグチックに書きたいお話でしたが…どうせ書くならやっぱり甘いのも読みたいかな?って思って沖田ルート斎藤ルートを作ったんです。
だからこの沖千斎ルートが本筋といえば本筋かも…?

艶姿本編はここまでですが、屯所に戻った後のエピローグを1話用意してあるので、
よろしければ、それにもお付き合いください。