艶姿をもう一度

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・・・・・・いない、千鶴・・・・・どこにいる?

斎藤は自分の迂闊さに歯噛みする。
何故、一人にしたのか、千鶴を守りたいとこんなに思っているのに、浮ついた気の緩みが招いたことだ。

ドン!!と壁にその手を打ちつけると、そのまま拳を握りしめる。
考えろ…鬼だという風間達ではないだろう。身請けがなされたら来るかもしれないが、あれは偽の密書だった。
ならば身請けは行われない。
言葉を違えるようなことはしない、と思った、ならば…

身請け人と思われる輩だ。

密書のことがばれた。だから強硬手段にでも出たのだろう。
何故千鶴を?という疑問は拭えない。けれど今は連れて行かれた千鶴を奪還するのが一番だ。

「千鶴・・・・必ず・・・」

ぐっと虚空に見えない敵を見据え、凄みを利かせる斎藤から放たれる殺気。
その殺気を湛えたまま、斎藤は足早に土方の元へ向かった。

「斎藤、いたか?」
「・・・・いえ、どこにも。・・・身請け人とは連絡つくのでしょうか」」
「・・・こうなると・・・難しくなるだろうな」

重い沈黙が二人の心にのしかかって来た時に、ばたばた…とこちらに慌ただしい足音が向かってきた。

「ひ、土方さん!申し訳ありません!!」

がばっと勢いよく頭を下げる主人に、土方と斎藤は顔を見合わせた。
やはり、と思うと同時に、ではどうするのか、と頭の中で考えを巡らせる。

「身請け人の連絡先となっていた屋敷が…すでにもぬけの殻で…」
「他に、この件に関ったやつはいないのか?」
「いえ・・・皆目、見当も・・・」

その言葉に、二人はわかっていながらも落胆を隠せない。

「・・・・・どこを探すか…振り出しに戻ったってわけか・・・」
「主人、とにかくその男について、出来るだけのことを思い出して話してく「あああああっ!!」

斎藤の声を遮断するように、店の主人が二人の後ろを指さして叫んだ。
何事?と後ろを振り向いた先には一人の男が立っていた。





その頃、千鶴は一人、窓もないような暗い部屋に閉じ込められていた。

外に出た途端に後ろ手で縛られて、目も口も塞がれた。
ようやく自分の間違いに気がついた時は遅かった。
そのまま連れて行かれ、この部屋に放り込まれてから、体を自由にしてくれた。
目の前には、支度を手伝ってくれた芸者と、知らない男がこちらをじっと監察するように見ていた。

「ごめんなさいね?あなたを騙して連れ出して」
「おい、おまえはもういい、下がれ」
はいはい、と言いながら芸者だと思っていた女は去っていく。
角屋に勤めていた人ではなかったのか…とてもしなやかな動きにすっかり信じ切っていた自分が情けない。

「おい、雪村千鶴、とか言ったな?」
「・・・私なんかを連れ出して、どうなさるおつもりですか?」

男はにっと笑って千鶴の顎に手を伸ばした。

「貴様、新選組で何をしていた?」
・・・何、とは?ただの居候の身で・・・父親を探すため。
でも、そんなこと言う必要はない。
押し黙った千鶴に、男は躊躇なく、その頬を叩いた。

「薩長の抵抗を抑えるために、その為の何かを研究しているんだろう?」
「秘密主義が徹底していることだ、それ以外の情報は入って来ない。だが、気になることはある。」
「何の役にも立ちそうにないおまえが、最近は幹部どもと仲睦まじい様子をよく目にしてな・・・」

何となく、だが、男の言いたいことがわかった。つまり…私がその研究の一端を担っている。そう勘違いしているのだ。
誤解だと分かれば…解放してくれるのではないか?
一瞬そんな甘い考えも浮かんでしまう。

「言え、何をしていた」
「何も、してません。私はただの居候で・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「本当です。研究とか、何も知りません!」
「ならば、男装までしておまえがあそこにいる理由は何だ」
「それは・・・・」

・・・・何も言えない。言えることではない。言葉に詰まってしまう千鶴に、まあいい、と男は呟いた。
「言いたくないなら、言わないでもいい。どうせ連れて行くことには変わりはない」
「・・・・・連れて?どこへ・・・・?」
「知れたこと、長州に戻り、貴様を手土産として、俺はのし上がるのだ」

一言、それだけ言葉を放るように言うと、男はこれ以上話すことはない、とその部屋を出た。
何を言っても・・・無駄ということはよくわかった。
知らないで済ませてもらえる相手ではない。静かに向けられていた殺気がそれを物語っていた。






「その人です!その人が身請け人です!」
興奮しながら指差された相手は、少しびっくりしたような顔をした後、自分に向けられる威嚇どころか殺気を振り向いた二人から向けられて、困ったように笑った。

「何か愉快なことでもあったか?よくもおめおめと…」
「斎藤、落ち着け・・・・てめえもいい度胸だな、わざわざ俺らの前にその面出してくるとは」

二人はチャキっと刀に手をかけてその男をじっと見つめる。
男は降参と言ったように両手をあげた。

「私は千鶴さんをどこかへなど連れては行っていません。それなら、ここには来ないでしょう」
「では、ここにいる理由は何だ」

ぎりっと歯を轢ませながら、斎藤はその男に刀を向けた。
男は軽く溜息をつくと、

「確かに、最初は千鶴さんを利用しようと思っていましたが・・・」
「何のために」
「もちろん、あなた方を陥れるためにですよ」

目も逸らさず、じっとこちらを挑むように見る視線が気に入らない。

「けど、気が変わったので・・・そうならないで済むようにあの密書の情報を流しました」
「それを風間たちが信じて・・・引っ攫ったんだな、しかし…何で気が変わった?」
「それは・・・・・」

暫し考えた後、言いかけた口を閉じて首を横に振る。

「その話よりも、今は千鶴さんでしょう?身請け後、実はある男の屋敷に引き渡すことになっていたんです」
「じゃあ、千鶴はその男の屋敷に・・・?」
「その可能性が高いと思います。まだ諦めていないようでしたから、気になってこちらを訪れたんですよ」

「ではそこへ案内しろ、急げ」
刀から手を離して、入口に向かう斎藤に、土方は慌てて声をかける。

「お、おい、斎藤!まだそいつの話を全部信じるのは・・・」
「しかし、今はこれだけが手掛かりです。罠だとしても、千鶴がいるなら、行くだけです」

その斎藤の言葉に、男は驚いたように斎藤の顔を見つめた。
では、案内しろと自分を促す斎藤に軽く頷き、先導するように走り出す。二人は屋敷への道を急いだ。

千鶴、もうすぐおまえのもとへ行く・・・・・・無事で・・・・・・・