艶姿をもう一度

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「いたか?」「・・・・・いない、どこにも・・・・」
聞かなくてもお互いの表情を見ればいないのはわかる。

「・・・とりあえず、副長に報告だ。身請け人とも…連絡が取れれば何かわかるかもしれないが…」
「こうなると、どこかもういなくなってそうだね、早いところ探さないと…」

密書のことがばれた。だから強硬手段にでも出たのだろう。
千鶴を連れ去る理由はよくわからない。だが今は千鶴の跡を追うのが先だ。

二人はそのまま足早に土方の元へ向かった。

「・・・いないのか?」
「・・・・はい、どこにも。・・・身請け人とは連絡つくのでしょうか」」
「・・・こうなると・・・難しくなるだろうな」
「大体、土方さんが僕らを連れ出して、千鶴ちゃんを一人にしたのが、どう考えたってそもそもの間違いですよ」
「なっ…お、俺のせいだとでも!?」

動揺する土方に総司は厳しい目線を向ける。
「責任、取ってくださいよ。完璧に土方さんの判断の誤りですから」
「止めろ、総司。副長に手をわずらわせた俺達が悪い」
「はあ?」「さ、斎藤…(じ〜ん)」
「例え、誤った判断を行ったとしても、俺達は信じてついていくだけだ」

・・・なんだ結局判断を誤ったと思っているじゃないか・・・
二人が心の中で声を合わせそう思い、

「嫌だよ、斎藤君一人でついていけば?」

総司が嫌そうにふいっと顔を背けた時、ばたばた…とこちらに向かう足音が聞こえた後、

「ひ、土方さん!申し訳ありません!!」

がばっと勢いよく頭を下げる主人に、三人は顔を見合わせた。
やはり、と思うと同時に、ではどうするのか、と頭の中で考えを巡らせる。

「身請け人の連絡先となっていた屋敷が…すでにもぬけの殻で…」
「でも、その男の名前とか、特徴とかは覚えているんでしょう?」
「は、はい…ですが見たのは私だけで、そこまで…その…」

確かにうまく説明するのは難しいかもしれないが、やってもらわなければ困る。

「主人、とにかくその男について、出来るだけのことを思い出して話してく「あああああっ!!」

斎藤の声を遮断するように、店の主人が三人の後ろを指さして叫んだ。
何事?と後ろを振り向いた先には一人の男が立っていた。





その頃、千鶴は一人、窓もないような暗い部屋に閉じ込められていた。

外に出た途端に後ろ手で縛られて、目も口も塞がれた。
ようやく自分の間違いに気がついた時は遅かった。
そのまま連れて行かれ、この部屋に放り込まれてから、体を自由にしてくれた。
目の前には、支度を手伝ってくれた芸者と、知らない男がこちらをじっと監察するように見ていた。

「ごめんなさいね?あなたを騙して連れ出して」
「おい、おまえはもういい、下がれ」
はいはい、と言いながら芸者だと思っていた女は去っていく。
角屋に勤めていた人ではなかったのか…とてもしなやかな動きにすっかり信じ切っていた自分が情けない。

「おい、雪村千鶴、とか言ったな?」
「・・・私なんかを連れ出して、どうなさるおつもりですか?」

男はにっと笑って千鶴の顎に手を伸ばした。

「貴様、新選組で何をしていた?」
・・・何、とは?ただの居候の身で・・・父親を探すため。
でも、そんなこと言う必要はない。
押し黙った千鶴に、男は躊躇なく、その頬を叩いた。

「薩長の抵抗を抑えるために、その為の何かを研究しているんだろう?」
「秘密主義が徹底していることだ、それ以外の情報は入って来ない。だが、気になることはある。」
「何の役にも立ちそうにないおまえが、最近は幹部どもと仲睦まじい様子をよく目にしてな・・・」

何となく、だが、男の言いたいことがわかった。つまり…私がその研究の一端を担っている。そう勘違いしているのだ。
誤解だと分かれば…解放してくれるのではないか?
一瞬そんな甘い考えも浮かんでしまう。

「言え、何をしていた」
「何も、してません。私はただの居候で・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「本当です。研究とか、何も知りません!」
「ならば、男装までしておまえがあそこにいる理由は何だ」
「それは・・・・」

・・・・何も言えない。言えることではない。言葉に詰まってしまう千鶴に、まあいい、と男は呟いた。
「言いたくないなら、言わないでもいい。どうせ連れて行くことには変わりはない」
「・・・・・連れて?どこへ・・・・?」
「知れたこと、長州に戻り、貴様を手土産として、俺はのし上がるのだ」

一言、それだけ言葉を放るように言うと、男はこれ以上話すことはない、とその部屋を出た。
何を言っても・・・無駄ということはよくわかった。
知らないで済ませてもらえる相手ではない。静かに向けられていた殺気がそれを物語っていた。






「その人です!その人が身請け人です!」
興奮しながら指差された相手は、少しびっくりしたような顔をした後、自分に向けられる威嚇どころか殺気を振り向いた三人から向けられて、困ったように笑った。

「何を笑ってるの?笑うところじゃないよねえ…」
「おまえが千鶴を攫ったのか」

二人はチャキっと刀に手をかけてその男をじっと見つめる。
男は降参と言ったように両手をあげた。

「私は千鶴さんをどこかへなど連れては行っていません。それなら、ここには来ないでしょう」
「千鶴、さんとか、名前で呼ばないでくれる?不愉快だよ」
「総司、今はそんなこと言ってる場合じゃない。それならば、あんたは何故ここに来た」

話しながらも、二人は冷静にその男の喉元にいつでも刀を抜けるように構えは崩さず、じっと暗いひかりを湛えた瞳で睨んでくる。
男は軽く溜息をつくと、

「何か、事が起こっていないかと、確認しに来ただけです」
「はあ?よく言うよ、自分らで事を起こしておいて…何その言い草」

いちいち相手に突っかかる総司に、土方は嘆息しながら総司の身の前に立った。
「落ち着け、総司。こっちは情報がねえんだ。話は最後まで聞け」

そんなこと言われても、目も逸らさず、じっとこちらを挑むように見る男の視線は気に入らない。

「よろしいですか?・・・元々身請けした雪村さんを私は最初から・・・ある男に引き渡す予定でした」
「千鶴を・・・引き渡す?何の為に・・・」
「さあ、それは・・・私としては新選組を陥しいれられれば、それでよかったので。さほど気にしていませんでしたから」
「・・・・・こいつっ抜け抜けと!!」
「総司!話を聞け!」

斎藤が今にも斬りかかろうとする総司をなんとか踏みとどまらせる。
そして男の方に向き直ると、

「簡潔に述べろ。」
「・・・・とにかく、私はその計画に乗るのをやめたんです。だから、密書の情報も流した」
「それを風間たちが…聞きつけたってことか」

土方が眉間に皺を寄せながら不快気に言う。

「密書のことが、新選組にもばれた。偽物と判明する。計画は頓挫。そう思っていたんですが・・・」
「貴様は諦めても、引き渡す相手は諦めていない。そう言いたいのか」
「・・・そうです。まだ方法はある、と言っていたんでね」
「なら、そこへ案内して」「ではそこへ案内しろ」

刀から手を離して二人は同時にその屋敷へ向かうことを決める。
目の前の男は気に食わないが…今は千鶴を助けるのが優先だ。

「待て、二人とも。まだわからないことは山ほどある!大体おまえ・・・その計画に加担するつもりだったんだろ?気が変わったってなんでだよ」
「・・・それは・・・雪村さんを連れ戻した時に話します」

その言葉を伝える声は、今までの胡散臭い感じを払拭するような、誠実なものだった。
・・・・信じても大丈夫かもしれない。

「…少人数で大丈夫なのか?」

行く、と既に決めている総司と斎藤の二人を交互に見やりながら土方が言葉を零す。
せめて、何人かの隊士を集めてからの方がいいのではないか?

「新選組の幹部が二人もいれば、十分でしょう?」

土方の言葉に、男は嘲るように顔を歪めた。
そんなもの、待つつもりはない、とばかりに足を進める。

「…いちいちむかつく態度だけど、今は応援待つ間も惜しいから、行きますよ」
「副長、後処理、頼みます」

土方が軽く頷くのを確認すると、男は先導するように走り出す。三人は屋敷への道を急いだ。


それぞれの千鶴への想いを胸に秘めて。