艶姿をもう一度

16




・・・・・・いない、どこにも、いない・・・・・くそっ!!

総司は自分の迂闊さに歯噛みする。
何故、一人にしたのか、部屋の前で待機すべきだったのだ。なのに・・・

ドン!!と壁にその手を打ちつけると、そのまま拳を握りしめる。
考えろ…鬼だという風間達ではないだろう。身請けがなされたら来るかもしれないが、あれは偽の密書だった。
ならば身請けは行われない。
言葉を違えるようなことはしない、と思った、ならば…

やっぱり、身請け人となっていた奴に話を聞かなきゃどうにもならない。

密書のことがばれた。だから強硬手段にでも出たのだろう。
でも何故千鶴を?そこがわからない…けど、理由は何でもいい。連れて行かれたことには変わらない。

「・・・・見つけ出して・・・殺してやるっ・・・・・」

ぐっと虚空に見えない敵を見据えて、凄みを利かせる総司から放たれる殺気。
その殺気を湛えたまま、総司は足早に土方の元へ向かった。

「総司、いたか?」
「・・・・いません。大体土方さんが千鶴ちゃん置いてさっさと行くから!」
「おまえだって付いて来たじゃねえか!とにかく…身請け人に今連絡を取っているから・・・」

待て、そう言おうとした時にばたばた…とこちらに慌ただしい足音が向かってきた。

「ひ、土方さん!申し訳ありません!!」

がばっと勢いよく頭を下げる主人に、土方と総司は顔を見合わせた。
嫌なことは続くものである。

「身請け人の連絡先となっていた屋敷が…すでにもぬけの殻で…」
「なっ!?」「はあっ!?」

二人の反応に、主人は余計びくびくしながら顔色を覗っている。

「・・・・・どこを探すか…振り出しに戻ったってわけか・・・」
「土方さん!そんな悠長なこと言ってる場合じゃないでしょ!?とにかく…その男の人相とか、名前とか、何でもいいから教え「ああああっ!!」

総司の声を遮断するように、店の主人が二人の後ろを指さして叫んだ。
何事?と後ろを振り向いた先には一人の男が立っていた。





その頃、千鶴は一人、窓もないような暗い部屋に閉じ込められていた。

外に出た途端に後ろ手で縛られて、目も口も塞がれた。
ようやく自分の間違いに気がついた時は遅かった。
そのまま連れて行かれ、この部屋に放り込まれてから、体を自由にしてくれた。
目の前には、支度を手伝ってくれた芸者と、知らない男がこちらをじっと監察するように見ていた。

「ごめんなさいね?あなたを騙して連れ出して」
「おい、おまえはもういい、下がれ」
はいはい、と言いながら芸者だと思っていた女は去っていく。
角屋に勤めていた人ではなかったのか…とてもしなやかな動きにすっかり信じ切っていた自分が情けない。

「おい、雪村千鶴、とか言ったな?」
「・・・私なんかを連れ出して、どうなさるおつもりですか?」

男はにっと笑って千鶴の顎に手を伸ばした。

「貴様、新選組で何をしていた?」
・・・何、とは?ただの居候の身で・・・父親を探すため。
でも、そんなこと言う必要はない。
押し黙った千鶴に、男は躊躇なく、その頬を叩いた。

「薩長を押さえるために、その為の何かを研究しているんだろう?」
「秘密主義が徹底していることだ、それ以外の情報は入って来ない。だが、気になることはある。」
「何の役にも立ちそうにないおまえが、最近は幹部どもと仲睦まじい様子をよく目にしてな・・・」

何となく、だが、男の言いたいことがわかった。つまり…私がその研究の一端を担っている。そう勘違いしているのだ。
誤解だと分かれば…解放してくれるのではないか?
一瞬そんな甘い考えも浮かんでしまう。

「言え、何をしていた」
「何も、してません。私はただの居候で・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「本当です。研究とか、何も知りません!」
「ならば、男装までしておまえがあそこにいる理由は何だ」
「それは・・・・」

・・・・何も言えない。言えることではない。言葉に詰まってしまう千鶴に、まあいい、と男は呟いた。
「言いたくないなら、言わないでもいい。どうせ連れて行くことには変わりはない」
「・・・・・連れて?どこへ・・・・?」
「知れたこと、長州に戻り、貴様を手土産として、俺はのし上がるのだ」

一言、それだけ言葉を放るように言うと、男はこれ以上話すことはない、とその部屋を出た。
何を言っても・・・無駄ということはよくわかった。
知らないで済ませてもらえる相手ではない。静かに向けられていた殺気がそれを物語っていた。






「その人です!その人が身請け人です!」
興奮しながら指差された相手は、少しびっくりしたような顔をした後、自分に向けられる威嚇どころか殺気を振り向いた二人から向けられて、困ったように笑った。

「何が可笑い!千鶴ちゃんをどこへやった!!」
「総司、落ち着け・・・・てめえもいい度胸だな、わざわざ俺らの前にその面出してくるとは」

チャキっと刀に手をかけてその男をじっと見つめる。
男は降参と言ったように両手をあげた。

「私は千鶴さんをどこかへなど連れては行っていません。それなら、ここには来ないでしょう」
「・・・・千鶴、さん?おまえが名前で呼ぶな」

ぎりっと歯を轢ませながら、総司はその男に刀を向けた。
男は軽く溜息をつくと、

「確かに、最初は千…雪村さんを利用しようと思っていましたが・・・」
「何のために」
「もちろん、あなた方を陥れるためにですよ」

目も逸らさず、じっとこちらを挑むように見る視線が気に入らない。

「けど、気が変わったので・・・そうならないで済むようにあの密書の情報を流しました」
「それを風間たちが信じて・・・引っ攫ったんだな、しかし…何で気が変わった?」
「それは・・・・・」

何故か男はちらっと総司の方を見た。
その後言いかけた口を閉じて首を横に振る。

「その話よりも、今は雪村さんでしょう?身請け後、実はある男の屋敷に引き渡すことになっていたんです」
「じゃあ、千鶴はその男の屋敷に・・・?」
「その可能性が高いと思います。まだ諦めていないようでしたから、気になってこちらを訪れたんですよ」

その言葉に総司は男の胸ぐらを掴むと店の外に勢いよく出した。
「早く案内して、とにかくそこに行くから」
「おい、総司!まだ本当かどうか決まったわけじゃ・・・」
「他にどこを探せって言うんですか!違うなら、殺すだけです」

土方の方には目もくれず、その男に捕獲者のような鋭い視線を向けて言い放つ総司。

…物騒ですね、新選組は相変わらず・・・
ぶつぶつ言いながらも男は総司を先導するように走り出す。二人は屋敷への道を急いだ。

千鶴ちゃん・・・・待っててね・・・必ず、助けるから・・・・・・・