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「斎藤、千鶴、俺だ。急ぎなんで悪いが入るぞ?」

土方の言葉と共にがらっと戸が開けられる。
だけど、今は早朝。自分が起こすつもりで来た。寝ていても…仕方がない。はず。なのだけど・・・それにしたってこれは…

「・・・俺は寝ぼけてんのか?これは夢か?」

ぼそぼそ呟いてしまうのは無理もない。
どちらも純情そうで、何も問題ないだろうと思われた二人が、それは見事に抱きあって眠っている。。。

「斎藤、起きろ…話があるんだが」
戸惑う人の気配と、自分を呼ぶ声に斎藤が目を開けるとそこには…

「!?ち、千鶴…ま、まだこの状態……っふ、副長!これは…その…」
「・・・・・・・・・斎藤、おまえも男だったんだな…」
「ち、違います。私はまだ何もしていません」

・・・まだ、か・・・土方は苦笑いを漏らしながら、話があるんだが、と改める。
はいと、返事をして、斎藤は必死に千鶴から離れようとするも、寝心地がよかったのか千鶴はますますすり寄ってきて…

「ち、千鶴…副長が話をと…」
顔を赤らめながらも、そんなに迷惑そうにしていない…いや、むしろ顔が緩むのを必死に耐えているような斎藤に、土方はさっと視線を逸らした。きっと…見られたくはないだろう…

「斎藤、先に下の大広間にいるから、おまえも来い。千鶴にも身支度してから来るように言えよ?そのままじゃ無理だろうからな」

先ほどちらっと見えた千鶴の寝巻は斎藤のものだろう。
二人きりにしたことで一気に距離が縮まったようだな…他の隊士どもは嫌がりそうだが。

「御意。すぐに…」

そのまま部屋を出ていく土方にほっとして、自分にすり寄る千鶴に目を向ける。
・・・たとえば、昨夜、見張りが俺じゃなくて、総司や平助、左之でも…千鶴はこんな風に無防備に懐いてくるのだろうか。
少し複雑な気持ちで考えてしまって胸の奥がちくっとする。

「千鶴、朝だ、起きてくれないか」
軽くぺちぺちと頬に手をやれば、んむぅ〜と顔をぎゅうっとして必死で起きようとしている。
・・・・・可愛い・・・・

「う…・朝?」
「そうだ、副長が話があると・・・」

ようやく緩んだ千鶴の腕に斎藤は千鶴が覚醒しないうちにぱっと離れる。
赤くなった頬を隠すように、後ろを向いて、ぱっと簡単に襟や裾を整えると、そのまま足早に部屋の入口へと向かう。

「千鶴は、身支度してから…来いとのことだ。下の大広間、わかるな?」
「は、はい!わかりました!」

漸く頭がはっきりして、これから話があるのだと理解した千鶴はピンっと背筋を伸ばす。
慌てて起き上がり、自分の髪や寝巻の状態を軽く見ていると、斎藤がいつの間にか振り返ってこちらを見ている。

「あ、あの…何か・・・」
「いや、・・・・千鶴、おはよう」
「…おはようございます」
千鶴の返事を待って、千鶴に一時微笑むと斎藤はそのまま部屋を出る。

・・・・・・・う、うわ〜…斎藤さんのあの顔・・・とっても優しかったな…
・・・いいな、こういうの・・・・
自然に緩んでくる顔を戻すように手で頬を押し上げた後、さあ、着替え、と思いながら千鶴は悩んだ。
どっちを…着たらいいのか?でも男装用の袴は置屋だし、結局…

「失礼します」突然声がかかり、今から休むのであろうか、簡素な着物を身に付けた、芸者がそこに居た。

「はい」
「お着替え、お持ちしました。着替えもお一人じゃあ難しゅうございますやろ?」
「あ・・・手伝ってくれるんですか?」
「ええ、遠慮はなさらないでください」

にこっと微笑まれて、お願いしますと頭を下げて部屋に入ってもらう。
着物に袖を通し、帯を締め、髪を結い、白粉までつけてもらっている時…

「…そやけど、大変どすなあ、密書本物でしたんやろ?」
「・・・・・・・・え?」
「下では大騒ぎですわ。直々の命令なら仕方ないとは言え…土方さんも辛そうでいらはったし・・・それに・・・」

・・・・・・・本物?もうわかったの?土方さんの話って・・・・
身支度しているのは…身請けの為?

「斎藤さん言わはりましたあの人?えらい怒りようで…そんな命令聞けない言うて…もう貴方様を預かりに人が来ているのに・・・」
「人が?もう…?」
「はい、だからこんな早朝から人が集まっているんですわ」

密書が本物・・・だとしたら・・・・
昨夜の斎藤との会話を思い出す。
納得できる理由でないならば…と言っていた。怒っているのなら、納得できるものではなかった…?
でも…斎藤さんに・・・迷惑、かけたくない。
斎藤さんは新選組の三番組組長なんだから。藩の命令は聞かなきゃ。私なんかのせいで問題を起こしちゃ、ダメ。

千鶴は、大丈夫。私は大丈夫。と心の中で思いながら、一滴の涙を流す。
それは覚悟の涙。

「・・・・・あの、もう人が待っているんですよね?」
「はい、でも屋敷に入れないようにって揉めていて・・・」
「・・・私行きます。皆に見つからずに外に出られますか?」
「・・・・いいんどすか?貴方は・・・」
「はい」

その言葉を聞いて、ならこちらへ、と先を行く芸者の冷たく微笑んだ顔は千鶴には見えない。
千鶴はただただ、新選組のため、斎藤一のために、その待ち人のところへ向かった。



「斎藤、女の身支度は長いんだ、落ち着けよ」
先ほどから廊下の方をちらちらと気にするように視線を向ける斎藤に、土方は諭すように肩に手を置いた。

ここに来てすぐに、土方から密書は偽物だと告げられた。そうだろうとは思っていてもほっと胸を撫で下ろした。
…早く千鶴にも話して喜ぶ顔が見たい。
そう思うとどうしても気が急いてしまうのだ。

「お待たせしました。話とは?」
そこへ角屋の主人がやって来る。
ああ、と土方は向き直ると厳しい視線を向けた。

「身請け保証人となっている奴に会いたいんだが」
「あの書簡が本物だと確認されたのですか?」
「いや、逆だ。偽物と確認した」
「に、偽物!?」
「ああ、…そこで密書の差出人がわからない以上、その身請け人に話を聞くしかない。わかるか」
「は、はい!すぐに連絡を…申し訳ありませんでした…」

顔を青くして、数々の無礼を許してください、と頭を下げる主人に、土方は少しだけ優しい表情を作る。

「いや、・・・あの密書は精巧過ぎた。あれなら信じても仕方ねえよ」
一息ついた後、今度は真面目な顔で言い渡すように口を開いた。

「問題ないなら…千鶴は屯所に戻してもらうぞ?」
「は、はい。もちろんです。雪村さんにもぜひ会ってお詫びをしたいのですが・・・」

申し訳なさそうに、顔を歪ませながらこちらの顔を覗う主人に、二人は頷く。

「それならば俺も一緒に行かせてください。」
「おう、頼んだぞ」
「は、はい、お願いします」

ようやく事の顛末を話せると嬉しそうな斎藤に、土方は忘れてた、と声をかけた。

「斎藤、おまえは一緒には帰らずに、その男の調査を頼む」
「御意」

言われるまでもない。千鶴を騒動に巻き込んだ張本人はこの手で捕えねば、と斎藤はぐっと拳を握りしめると、そのまま主人と部屋に向かった。
身支度が終わったら来るように言った。・・・それではまだ終わっていないのだろうか?

「千鶴、話があるのだが…」

「・・・・・千鶴?都合が悪いのか?」

「・・・・・入るぞ」

嫌な予感がして戸を開ける。
いないのは、返事がないからなんとなくわかっていた。
けど、顔を洗いに…とか、そんな理由だ、と思いたかったのに、
整然とされた部屋が不安の渦を心に巻き起こす。

「・・・・・・失礼する。屋敷内を探させてもらう」

主人に目もくれずに、斎藤は部屋を飛び出したのだった。





艶姿をもう一度