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「総司、斎藤、千鶴、俺だ。入るぞ?」

土方の言葉と共にがらっと戸が開けられる。
だけど、今は早朝。自分が起こすつもりで来た。寝ていても…仕方がない。はず。なのだけど・・・それにしたってこれは…

「総司っ、斎藤っ…お、おまえら…」
土方の目には千鶴を取り合うように千鶴に縋りついたまま寝ている二人。
千鶴は、なんだか寝顔も苦しそうである。

「馬鹿野郎!起きやがれ!…千鶴大丈夫か?」
二人を千鶴から引き離し、土方が千鶴をそっと抱き抱えるように起こせば、前後からゆら〜っと殺気めいたものが。

「・・・・総司、まだ懲りないか・・」
「・・・斎藤君しつこい、いい加減千鶴ちゃんを放せ…」

二人は寝ぼけ眼でぼうっとしたままそんなことを言いながらこちらに手を伸ばしてくる。
・・・・・・大体の事情は察した。・・・・・千鶴、こんなのが幹部で、すまない。。。
土方は目が覚めて、間近に土方の顔がありびっくりして跳ね起きた千鶴に詫びたのだった。



「・・・・・申し訳ありません」
「大体こんな朝っぱらから来るのが悪いんだよ」

土方にあの後制裁をくらって、嫌でも目が覚めた二人は今正座して話を聞いている。
土方は千鶴を庇うように自分の後ろにいさせていた。

「総司!おまえは反省の色がねえな〜…わかった。次にこういう任務がある時は、平助に頼む」
「次はないでしょ」「次はないと願います」
「例えだろ!?」

こんな時ばかり息を合わしやがって!と土方は深い溜息をつきながら、まあいい、と呟く。

「この話は後でだ。とにかくおまえら俺に付いて来い」
「あの!土方さん…私は…」
「いや、おまえは身支度してからだろ?とりあえず…着替えないと、女が寝巻じゃまずいだろう」
「支度してどこに行けば…」
「ああ、下の大広間だ、行くぞ」

総司と斎藤に視線をよこしてくいっと部屋の先を顎で示すとそのまま部屋を出ようとした。けれど・・・

「千鶴ちゃん、挨拶まだだったね」
「はい、沖田さん、おはようございます」
「あ〜あ、残念だな、朝抱きしめてもらうどころか、土方さんのせいで最悪だよ…だから…」
「え?」

千鶴が反応する前に千鶴にぎゅうっと抱きついて、頬にすりすりと自分の頬を寄せる。
「おはよ〜…うん、これがしたかっ「ガッ

「痛っ!?またっ!!「千鶴、おはよう」
「お、おはようございます、斎藤さん」
「おまえも朝から大変だな、安心しろ、俺が必ず総司からおまえを守…「ちょっと、口説きにかかるのやめてくれる」

・・・・・・・・昨夜も・・・こんなんだったんだろうな・・・こいつら・・・・
呆れて思わず立ち尽くしていた土方ははっと我に返ると二人の頭上に容赦なく拳を落とした。

「「・・・・・・・・・・・・・・・」」
「じゃあ、千鶴先行くからな」
土方がずるずると二人をひきずって行くのを心配そうに見送りながら、さあ、着替え、と思いながら千鶴は悩んだ。
どっちを…着たらいいのか?でも男装用の袴は置屋だし、結局…

「失礼します」突然声がかかり、今から休むのであろうか、簡素な着物を身に付けた、芸者がそこに居た。

「はい」
「お着替え、お持ちしました。着替えもお一人じゃあ難しゅうございますやろ?」
「あ・・・手伝ってくれるんですか?」
「ええ、遠慮はなさらないでください」

にこっと微笑まれて、お願いしますと頭を下げて部屋に入ってもらう。
着物に袖を通し、帯を締め、髪を結い、白粉までつけてもらっている時…

「…そやけど、大変どすなあ、密書本物でしたんやろ?」
「・・・・・・・・え?」
「下では大騒ぎですわ。直々の命令なら仕方ないとは言え…土方さんも辛そうでいらはったし・・・それに・・・」

・・・・・・・本物?もうわかったの?土方さんの話って…
身支度しているのは…身請けの為?

「沖田さん斎藤さん言わはりましたな、あの人達。えらい怒りようで…そんな命令聞けない言うて…もう貴方様を預かりに人が来ているのに・・・」
「人が?もう…?」
「はい、だからこんな早朝から人が集まっているんですわ」

密書が本物・・・だとしたら・・・・
ずっとどこかでそんな不安はあったけど、沖田さん斎藤さんといるとそんな不安は飛んで行ってた。
甘かったのかな…
ようやく馴染んで、今は居心地のいい、大事にしてくれる人達から離れたくはない。けど…このままだと私のせいで…
二人は新選組の隊の組長なんだから。藩の命令は聞かなきゃ。私なんかのせいで問題を起こしちゃ、ダメ。

千鶴は大丈夫。私は大丈夫。と心の中で思いながら、一滴の涙を流す。
それは覚悟の涙。

「・・・・・あの、もう人が待っているんですよね?」
「はい、でも屋敷に入れないようにって揉めていて・・・」
「・・・私行きます。皆に見つからずに外に出られますか?」
「・・・・いいんどすか?貴方は・・・」
「はい」

その言葉を聞いて、ならこちらへ、と先を行く芸者の冷たく微笑んだ顔は千鶴には見えない。
千鶴はただただ、新選組のため、沖田総司、斎藤一のために、その待ち人のところへ向かった。



「・・・・千鶴ちゃん遅いですね〜僕ちょっと見て「おまえはどうしてそうなんだ」
斎藤にすぐにむんずと掴まれて戻されると、総司はつまらなそうに腰を下ろす。
先ほど、土方から密書は偽物だと告げられた。そうだろうとは思っていてもほっと胸を撫で下ろした。

「だって、早く教えてあげたいのに」
「それは俺だって同じだ、だが…千鶴は身支度中なんだ、待ってやれ」

・・・先ほどから何回繰り返してるんだこのやり取り。
土方は後ろで繰り広げられる二人の会話にうんざりしていた時、

「お待たせしました。話とは?」
そこへ角屋の主人がやって来る。
ああ、と土方は向き直ると厳しい視線を向けた。

「身請け保証人となっている奴に会いたいんだが」
「あの書簡が本物だと確認されたのですか?」
「いや、逆だ。偽物と確認した」
「に、偽物!?」
「ああ、…そこで密書の差出人がわからない以上、その身請け人に話を聞くしかない。わかるか」
「は、はい!すぐに連絡を…申し訳ありませんでした…」

顔を青くして、数々の無礼を許してください、と頭を下げる主人に、土方は少しだけ優しい表情を作る。

「いや、・・・あの密書は精巧過ぎた。あれなら信じても仕方ねえよ」
一息ついた後、今度は真面目な顔で言い渡すように口を開いた。

「じゃあ、千鶴は屯所に戻してもらうぞ?」
「は、はい。もちろんです。雪村さんにもぜひ会ってお詫びをしたいのですが・・・」

申し訳なさそうに、顔を歪ませながらこちらの顔を覗う主人に、総司と斎藤は口を合わせて…

「「なら、一緒に。」」
「は、はい、お願いします」

「おまえら、我慢できねえな…まあいい、ちゃんと声をかけるんだぞ?確かに少し遅いくらいだ」

ようやく事の顛末を話せると浮かれる総司と、喜ぶ斎藤に、土方は後ろからとげとげしく声をかける。

「おい、おまえらは千鶴とは一緒には帰らずに、その男の調査だぞ!」
「はあ、わかってますよ」「御意」

屯所に戻って早くいつも通りの生活をするにはまず元凶を。それは仕方ない。二人はすぐに返事をすると、そのまま主人と部屋に向かう。
「千鶴ちゃん、着替え終わった?」

「・・・・・?千鶴、話があるんだが…」

「・・・・・入るよ」

嫌な予感がして二人は戸を開ける。
いないのは、返事がないからなんとなくわかっていた。
けど、顔を洗いに…とか、そんなのだ、と思っていたのに、
整然とされた部屋が不安の渦を心に巻き起こす。

「・・・・・・ちょっと屋敷内、探します」
「あんたはここで千鶴が帰ってこないか見ていてくれ」

主人に目もくれずに、総司と斎藤は部屋を飛び出したのだった。




艶姿をもう一度