艶姿をもう一度

15




「総司、千鶴、俺だ。入るぞ?」

土方の言葉と共にがらっと戸が開けられる。
だけど、今は早朝。自分が起こすつもりで来た。寝ていても…仕方がない。はず。なのだけど・・・それにしたってこれは…

「そ、総司〜〜〜!!てめえ起きやがれ!!」
「・・・・うるさいな・・・土方さん最悪ですよ、せっかく気持ちのいい目覚めになるはずだったのに…」
そうぼそぼそと、まだ起ききっていない掠れた声で呟きながら、抱きしめたままの千鶴のおでこにちゅうっと口付ける。
一方土方の怒鳴り声ですっかり目を覚ましていた千鶴は、必死でその腕から逃れようとはしているのだけど、全く腕は緩まない。
そのままおでこにちゅうっとされて、もう恥ずかしさで土方の顔が見れない。

「おおおお沖田さんっ!!寝ボケないでください!土方さんですよ!ほ、ほら…腕を〜…」
「嫌だ、もう少し…っ痛!!」

嫌と言う言葉を聞いて、土方から拳が振り下ろされた。
思いっきり頭にゴン!!という響きを放ち、総司は一瞬腕を緩める。けどすぐにまた腕をぎゅっと千鶴の体に食い込むのじゃないか、と思うくらいに回す。

「こうなったら意地でも起きませんよ…千鶴ちゃんと二人でお目覚めさせて下さい。とりあえず、部屋出てください」
「お…お、まえは馬鹿か!!そういう状況じゃねえだろうが!」
「何か進展が?」
「・・・まあ話は後でだ。とにかく付いて来い」
「あの!土方さん…私は…」

総司に抱きしめられたまま、何とか顔だけ土方に向けて話しかける千鶴に、土方も思わずふっと小さく笑ってしまった。

「いや、おまえは身支度してからだろ?とりあえず…その変な寝巻をどうにかした方がいいと思うがな」
「え?あ、こ、これは!その…」
「変な寝巻とは失礼な…」
ぶすっとする総司は、この事件のことなら仕方ないと渋々千鶴を解放する。
そしてところどころ寝ぐせのついた髪を適当に弄びながら、土方の後を追うように部屋を出ようとした。間際、くるっと振り返ると、

「千鶴ちゃん、おはよう」
「え?あの、おはようございます」
「・・・いいね、こういうの。支度出来たら1階の大広間においで」
「はい」

にこにこしながら、首を傾けて、微笑んでくれた総司はすっかり千鶴に心を許してくれているようで嬉しい…
さあ、着替え、と思いながら千鶴は悩んだ。
どっちを…着たらいいのか?でも男装用の袴は置屋だし、結局…

「失礼します」突然声がかかり、今から休むのであろうか、簡素な着物を身に付けた、芸者がそこに居た。

「はい」
「お着替え、お持ちしました。着替えもお一人じゃあ難しゅうございますやろ?」
「あ・・・手伝ってくれるんですか?」
「ええ、遠慮はなさらないでください」

にこっと微笑まれて、お願いしますと頭を下げて部屋に入ってもらう。
着物に袖を通し、帯を締め、髪を結い、白粉までつけてもらっている時…

「…そやけど、大変どすなあ、密書本物でしたんやろ?」
「・・・・・・・・え?」
「下では大騒ぎですわ。直々の命令なら仕方ないとは言え…土方さんも辛そうでいらはったし・・・それに・・・」

・・・・・・・本物?もうわかったの?土方さんの話って…
身支度しているのは…身請けの為?

「沖田さん言いましたあの人?えらい怒りようで…そんな命令聞けない言うて…もう貴方様を預かりに人が来ているのに・・・」
「人が?もう…?」
「はい、だからこんな早朝から人が集まっているんですわ」

密書が本物・・・だとしたら・・・・
昨夜の総司との話を思い出す。
好きで、好きで…本当に大好きになっていた。沖田さんに・・・迷惑、かけたくない。
沖田さんは新選組の一番組組長なんだから。藩の命令は聞かなきゃ。私なんかのせいで問題を起こしちゃ、ダメ。

千鶴は大丈夫。私は大丈夫。と心の中で思いながら、一滴の涙を流す。
それは覚悟の涙。

「・・・・・あの、もう人が待っているんですよね?」
「はい、でも屋敷に入れないようにって揉めていて・・・」
「・・・私行きます。皆に見つからずに外に出られますか?」
「・・・・いいんどすか?貴方は・・・」
「はい」

その言葉を聞いて、ならこちらへ、と先を行く芸者の冷たく微笑んだ顔は千鶴には見えない。
千鶴はただただ、新選組のため、沖田総司のために、その待ち人のところへ向かった。



「・・・・千鶴ちゃん遅いですね〜僕ちょっと見て「待て!千鶴は支度中だろ!?」
むんずと掴まれて戻されると、総司はつまらなそうに腰を下ろす。
先ほど、土方から密書は偽物だと告げられた。そうだろうとは思っていてもほっと胸を撫で下ろした。
…早く千鶴にも話して喜ぶ顔が見たいのに。

「おまえ、手を出してないだろうな?」
「・・・・口は出しましたけど、手は出してないですよ?」

にんまり微笑む総司に、土方ははあっと溜息を吐く。
やはり斎藤も泊まらせておけばよかった。二人にしたのは失敗だったか?

「お待たせしました。話とは?」
そこへ角屋の主人がやって来る。
ああ、と土方は向き直ると厳しい視線を向けた。

「身請け保証人となっている奴に会いたいんだが」
「あの書簡が本物だと確認されたのですか?」
「いや、逆だ。偽物と確認した」
「に、偽物!?」
「ああ、…そこで密書の差出人がわからない以上、その身請け人に話を聞くしかない。わかるか」
「は、はい!すぐに連絡を…申し訳ありませんでした…」

顔を青くして、数々の無礼を許してください、と頭を下げる主人に、土方は少しだけ優しい表情を作る。

「いや、・・・あの密書は精巧過ぎた。あれなら信じても仕方ねえよ」
一息ついた後、今度は真面目な顔で言い渡すように口を開いた。

「じゃあ、千鶴は屯所に戻してもらうぞ?」
「は、はい。もちろんです。雪村さんにもぜひ会ってお詫びをしたいのですが・・・」

申し訳なさそうに、顔を歪ませながらこちらの顔を覗う主人に、二人は頷く。

「なら、僕も一緒に。まだ着替えてたらいけないし」
「は、はい、お願いします」

ようやく事の顛末を話せると浮かれる総司に、土方は後ろからとげとげしく声をかける。

「総司!おまえは一緒には帰らずに、その男の調査だぞ!」
「・・・・・・・・・・・・・はいはい」

最後の一言にだけ顔をしかめると、そのまま主人と部屋に向かう。
「千鶴ちゃん、着替え終わった?」

「・・・・・千鶴ちゃん?入ってもいい?」

「・・・・・入るよ」

嫌な予感がして戸を開ける。
いないのは、返事がないからなんとなくわかっていた。
けど、顔を洗いに…とか、そんなのだ、と思っていたのに、
整然とされた部屋が不安の渦を心に巻き起こす。

「・・・・・・ちょっと屋敷内、探します」

主人に目もくれずに、総司は部屋を飛び出したのだった。