艶姿をもう一度

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「戻りました。」

声がしたと思ったら、顔だけ覗かせている。

「どうした?入らないのか…」
声をかけた瞬間、千鶴が恥ずかしそうに、どうですか?とぴょこんと、全身の姿を現す。

「やっぱり、男の人の寝巻は大きいですね~…結構きつめに締めないと…」
胸元や裾などを気にしながら、腰で生地を折りこんではいるけど、少しひきずるように裾は長い。
「・・・斎藤さんのにおいがします・・・」

ふふっと笑いながら小首を傾げる千鶴に、斎藤はバッと顔を俯かせる。
顔にかかる髪の合間から覗く肌はほんのり赤い。

「・・・斎藤さん?やっぱり、変、ですか?」
「い、いや…」

小柄な千鶴が来た自分の寝巻は、すっぽりと千鶴を包んで、千鶴の小さい可愛らしさを強調するようで。
こんなことで動揺して声が上ずるのはどうにかならないのだろうか。

顔を上げない斎藤を気にしながら千鶴はそのまま布団の方へ向って歩いてくる。
斎藤は布団の脇に正座してた(結局布団は動かせなかった)
千鶴はもう片方の布団の中にそっと入り、恥ずかしそうに斎藤をみあげて、「も、もう寝ますよね?」と聞いてきた。

「あ、ああ。ゆっくり休むといい」
なるたけ自然に、自然にと、視界の焦点を合わさないように、ぼんやりさせながら返事をする。

「・・・斎藤さんは、休まないんですか?」
「俺はいい。見張りをしないと・・・」
「一晩中、ですか?」
「ああ」

それはそうだ。またあの風間とかいう一味が来るかもしれない。

「で、でも…そんな…私一人で寝るなんて…」
「大丈夫だ。見張りは慣れている」

千鶴の真意を汲み違えて、きっぱり言い放つ斎藤に、千鶴は口を噤んで、目を瞑る。
千鶴の枕元に座るのではなく、斎藤の布団を挟んで座っているので、程よくはなれた距離がちょうどいい。
これくらいなら落ち着いて座っていられる。と思い、じっと千鶴の寝顔を見ていると…

くるっ

千鶴が斎藤に背を向けるように寝返りを打ってしまった。
・・・・・・・何だ?
たったそれだけのことだけど、なんだか背中を向けられるというのは…

・・・・・・せっかくだから、やはり顔を見ていたい。
そう思うのに、千鶴はいつまで経ってもこちらをちっとも向かない。
ぴくりとも動かない。もう寝たのだろうか?
そっとその場を離れて、反対側の、千鶴の枕元に腰を下ろす。
じっと千鶴の寝顔を確認すればそ~っと目が開かれて…

斎藤と視線が合った途端、慌ててまた寝返りを打ってしまった。

・・・・・・・・・・・・・・わざとか?

「千鶴」
「は、はい!」
「俺は何か、気の触ることを言ったか?」

その言葉に、千鶴はまた慌てて斎藤の方へ顔を向けた。
「い、いえ…そんなことないですよ!それより…斎藤さん眠くないんですか?」
「全く」
「そう、ですか…」

ちらっと斎藤の方へ目を向けて、そのままどうしようかと困ったような表情になる。
そして、掛け布団をそのまま頭まで被ってしまった。

・・・・・・・・・・・・・

「千鶴」
「・・・・・・・はい」
「顔が、見えないのは…」

その次の言葉を言おうか言わまいか悩みつつ、これくらいの願いは持ってもいいだろう、と口にした。

「落ち着かないというか、その…寂しい気がするんだが」
「斎藤さん~…」

千鶴が真っ赤になって布団から出てきた。

「じっと見られてるのって…は、恥ずかしいんですよ?それも…好きな人なら尚更…
「?最後の方が聞こえなかった」
「い、いいんです!…斎藤さんも少し横になってください」
「いや、俺は…」
「いいから!私の気持ちわかると思います」

無理やり寝かせられれば上からじっと自分を見つめる千鶴がいて。
「・・・斎藤さんはきっと私ほどはどきどきしないと思うけど…でも、い、居心地悪いでしょう?」
「・・・・・・・・・・・・・」
別にどうってことないことだと思う。千鶴以外なら…
千鶴に、そんな頬を染められて、じっと見つめられれば、どきどきしないはずがない。
むしろ自分の方がひどいと思う。
この体勢で見つめられると…胸がはやる。

「わかった…ではもう見ないように・・・」
「そうじゃなくて!い、一緒に寝ましょう?」
「・・・・・・・・・・・・・・」

その言葉に固まる斎藤に、千鶴は一生懸命に気持ちを話そうとする。

「ちょっと、眠りにつくまでお話とかしたいんです。でもそれなら…」
「同じ目線で、話したいんです。斎藤さんだけ起きてて、見張りで、とかじゃなくて」
「二人で横になりながら…お話して、そのまま眠りたいんです」

そんなことを、まるでものすごいお願い事をするようにきゅっと胸の前で手を絡ませて、訴えてくる千鶴。
もしかしたら、いろんなことが起こって、眠ろうにも眠れなかったのかもしれない。
そんなことも気がつかないで、寝ろと言っていた自分。千鶴に申し訳なく思うのと同時に、
・・・してほしいことがあるのなら、叶えてやりたい。千鶴のためなら。

斎藤は起き上がると、そっと千鶴を横にならせる。
そして、自分ももう片方の布団に横たえた。
それでも、二つの布団の仕切りの方にお互いに身を寄せる二人の距離は近い。

「斎藤さん・・・」
「何だ」
「あの…密書のこと、どう思いますか?本当に偽物だと、思いますか?」
「確かに精巧に作られてはいたが、恐らく偽造書だろう」

その言葉に、千鶴は少しだけ不安な色を滲ませた。

「もし、もしも、ですよ?本物だとしたら…」
「・・・・・・そんな仮定の話は・・・」
「聞きたいんです。本物だとしたら、斎藤さんは…その…」
「会津に確認をとり、その理由が納得できるものなら、指示に従う」
「・・・・・・です、よね」

その千鶴の表情に胸がきゅっと締めつけられる。
こんなことを、会津藩預かりである新選組の幹部が言ってもいいものかどうか、悩むけれど、でも言わずにはいられない。

「だが…」
「・・・・・?」
「どんな理由も…納得できそうにない」

布団から出た千鶴の手をそっと絡め取って、紡いだ言葉は本心だ。
どんな理由であろうと、千鶴を身請けに出すのに仕方ないと思えるような、そんな理由は存在しない。
納得など出来るはずがない。だから…

「千鶴は、俺の…い、いや、新選組のもとにいればいい」

きゅっと手を握り締めれば、その手に千鶴は顔を寄せて来る。
握りしめた手に温かい涙が一筋伝わるのを感じる。

繫ぎ合う手から鼓動が伝わってしまうのではないか、と思うくらいどきどきする。
胸が苦しくて、そのままでいるのがなんだかつらいような…嬉しいような…
手に顔を寄せる千鶴の表情はよくわからない。けれど、一度堰きった想いは止めることが出来ず。

「千鶴…」

愛しい名前を口に出せば、想いは一層に。

「千鶴が、傍にいると…幸せだと感じる。姿が見えないと、不安になって…胸が苦しい」
「笑っていると、俺まで嬉しくなる。泣いていたら…抱きしめて、守ってやりたくなる」
「そんな風に思うのは…思えたのは、千鶴が初めてで、どういえばいいか、わからないが、その…」

胸の鼓動がうるさくて、自分がどんな声を出しているのかわからない。
変に上ずった声を出していなければいいけど、でも、伝えたい気持ちがある。

「千鶴が…愛しい。…千鶴は、俺のことを…どう思って…」

片手で繫ぎ合う手に、もう一方の手を添えて、千鶴の答えを待てば…

す~…

・・・・・?ま、まさか…

そっと手を動かして表情を覗えば、幸せそうに微笑んだまま眠っている。
・・・・・聞いてくれては…いないのか?
繋ぐ手の力が抜ける。一生分のドキドキを使い果たしたのではないかと思ったのに…

「…・ん、・・・斎、藤さん…好き・・・・」

・・・・・・・・・・・・・・・
寝言だけど、必死な自分の告白は…夢の中に届いたのだろうか。
それなら嬉しい。そうであってほしい。
一度想いを口に出した分、なんだか心は解放されたように、千鶴を好きだと思う気持ちが満たしていく。
そっと千鶴の手を自分の手ごと引き寄せて、これくらいは、と想いを誓うように、その手に口付けを。

そのまま眠りに・・・・・・はつけなかった。
千鶴が…その手に引き寄せられるように斎藤の方に潜り込んできたから。
すり寄って来る千鶴に朝まで耐えた、斎藤は、見事に新選組の信頼に応えた形になった。

一方千鶴は幸せな夢に包まれて、寝顔には見えないくらい微笑んだような柔らかな表情。
この時、最後に一波乱あるなど、千鶴は想像だにしていなかった。