艶姿をもう一度

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「戻りました…」
「だから!変わらないって言ったでしょう!しつこいよ!」
「総司が変な戯言を言うからだろう!言われたくないならそういう目で千鶴を見るな!」
「そういう目ってどんな目?」
「それは・・・・」
「言わなきゃわからないな〜」
「くっ…おまえは…」
「お、落ち着いてください!」

部屋に入るなり、口論する二人に迎えられて千鶴は慌てて仲裁に入る。

「ど、どうしたんですか?訳を…」
「斎藤君が、今更場所を変われって言うんだよ?ひどいと思わない?」

バチバチ視線を交わし合うのを防ぐように千鶴が間に座れば、その千鶴に総司がべったり背中に乗っかって来た。
その総司の態度に尚更眉間の皺を深くして、斎藤は立ち上がった。
もちろん総司を千鶴からひっぺがす為だったのだけど。

千鶴ちゃん、助けてよ、と千鶴を盾に、張り付いたまま千鶴を斎藤に向ける総司の声は、その言葉とは裏腹にとても楽しそうだった。

「沖田さん…ほ、ほら、斎藤さんの目が…斎藤さんも落ち着いて…」
「心配ない。俺は落ち着いている」
「か、刀に手をかけるのは落ち着いていません!」

いくらなんでも…と千鶴が両手を広げて総司を庇うようにすると、斎藤は困惑した表情を見せた。

「俺は千鶴の為を思って…」
「私の為?そもそも何が原因ですか?」
「「寝場所が…」」
「・・・・・それって、もう決めましたよね?」

寝る場所で揉めるなんて…土方さんが聞いたら情けないって怒りそう…そんなことをちらっと頭によぎらせていると…

「そうなんだよ、なのに斎藤君が今更変われって…」
「そうなんですか?」

沖田さんじゃなく、斎藤さんがだなんて珍しい…そんな思いで斎藤を見つめる目には少し咎めるような色も入っていた。

「斎藤さん…一度決めたことなら…」
「ち、違う。総司がそこに拘る理由を聞いたから…」
「拘る理由?」

千鶴にそんな視線を向けられて、少なからず落ち込みながら理由を話す斎藤。
理由を聞けば、そういえば、沖田さんが君はこっちを向いて寝る癖があるって教えてくれたと思い出す。
斎藤さんのことだから、いろいろ考えてくれて、心配してくれて言ってるんだよね…でも、手を伸ばすくらいなら問題ないんじゃ??
そう考えて黙っていると、総司がとにかく!と口を挟んできた。

「僕は変わらないから。朝は…千鶴ちゃんに抱き締めて起こして欲しいしね」
「そ、そんなことしません!」
「・・・いつもしてるのに…今更だよ?」

意味ありげな視線を向けられて、視線で撫でつけられているようでぞくっとする。
思わず顔を染めあげれば、なんだかとても満足そうだ。
・・・・・・・・・・・なんか、く、悔しい・・・掌で踊らされてる・・・

「そんなことしてません!もう嘘ばっかり〜」

恥ずかしくなって、言い放った後に、視線を斎藤に向ければ、なんだか俯いて落ち込んでいるように見える。
ひょっとしてさっき、咎めるように言ったからだろうか?
そんなことでまだ・・・・斎藤さんは可愛いな・・・・

「・・・もう最初に決めた通りに寝ましょう?遅いですし…」
「うん!賛成!」「ち、千鶴・・・」
「寝ずの番とかしちゃだめですよ?斎藤さん」
「しかし・・・・・・」
「大丈夫です。心配しないでください」

そう言って、千鶴は総司の方へ向いて横になった。
総司はそれを見て嬉しそうに、斎藤は余計に落ち込んで、お互い横たわったのだけど。

「千鶴ちゃん、君の気持ちは嬉しいよ?やっぱり二人で寝ればよかったかな」
「いえ、多分明日は斎藤さんの方に向いていると思うんですけど・・・」
「は?」「え?」

千鶴の言葉に二人はそれぞれに違った驚きを表情に浮かべた。

「私いつもは反対側を向いて寝るんです。そうじゃないと落ち着かなくて…」
「寝る時反対にすれば、寝た後も反対に向いているのではないかと・・・」

その千鶴の言葉に、それってつまり?と顔を赤らめる斎藤と、心外だと言わんばかりに顔を歪ませる総司。

「どういう意味?そんなに僕に抱きつくのは嫌ってこと?」
「だ、抱きつく!?手を伸ばす程度じゃなかったんですか??」
「手を伸ばしてきて、抱きついてくるよ」

だから、毎朝抱きしめてるって言ってるのに、とさらっと言い放つ総司に、本当なのか、からかっているのか、もうそれすらわからない…
大体、目が覚めた時、総司に抱きついていた記憶なんてない。
千鶴はくるっと体を斎藤に向けて寝なおす。

「あれ?反対向き作戦は諦めたの?」
「…もうどうしていいかわからなくなりました…斎藤さん、朝私の行動気づいたら教えてください」
「わかった、俺に任せておけ」

千鶴がじっと自分の方に向き直って視線を送ってくれることに、多少照れながら斎藤は首を深く頷けた。
「お願いします」と千鶴がにっこり微笑めば、「ああ」とこちらも微笑み返しをする斎藤。
そんな二人のほのぼのとした空気に、一人置いてけぼりにされた総司は後ろから千鶴の布団に手を差し込むと…

もぞもぞ…

「ひゃっ!?沖田さん!?」
何かを探るような手の動きに千鶴が叫んで、斎藤が何事!?と身体を起こす。

「見〜つけた」
千鶴の手をさっと絡め取って引っ張ると、そのまま、千鶴の方へ向きながら、

「今日は手を繋いで寝ようね?」
「て、手を!?な、何でまた…」
「普段は我慢してるけど、僕手を繋いでないとなかなか眠れないんだ…」
「そうなんですか…「騙されるな、千鶴」

しんみり話す総司に、つい頷きかけて、手も握り返そうとした時、もう片方の手をぐいっと引っ張られた。
総司に向いていた千鶴の体は二人に引っ張られる形となり、天井を向くことになった。

「騙す?失礼な…」
「おまえがそんな繊細な心を持っているとは…初耳だが?」
「こんなこと、恥ずかしくてわざわざ君たちに話そうとも思わなかっただけだけど?」

バチバチと再び火花を散らす二人に千鶴はふふっと笑いをこぼした。

「もう、お二人と一緒だと…密書のこととか、悩む暇がないです」

楽しいと顔を緩ませる千鶴に、その可愛さに二人もほだされていく。

「密書のことは気にするな。明日になれば、万事解決するだろう」
「そうだね、あれが偽物と分かれば…ここで起きていたことも、屯所周りの怪しい奴らも…ここの策だし…」
「私は屯所に帰られるんですよね」

その言葉に、二人が同時にきゅっと手を握る力を強める。
帰るのを喜んでくれる人がいるというのは…とっても嬉しい。
千鶴もそんな気持ちを込めて握り返すと…

今更手を繋いでいることを意識して頬を赤らめる斎藤と、その手ごと、千鶴との距離を詰めてにこっと微笑む総司。

「ねえ、千鶴ちゃん…もし、密書が本物だったら…」
「・・・・・はい」

今までずっと偽物と言っていたのに、本物だったらと仮定される話に千鶴はびくっとした。
一方斎藤は嫌な予感がひしひしと。何を言い出すのだと訝しんでいたのだが…

「生娘じゃないなら、身請けされないんじゃない?」
「・・・・・・え」
「僕が協力してあげようか?」

いつの間にか千鶴のすぐ傍にまで身体を寄せていた総司が、肘をついて千鶴を覗き込む瞳がとっても…とっても…

「ああああの!そ、それは結構ですっ〜!?」
真っ赤になった千鶴が、顔を寄せる総司を押そうとしたその途端、千鶴の体は引っ張られて、ぽすっと誰かの胸に落ち着く。
誰かって…斎藤さんしかいない、よね?ええ!?

「斎藤君…何してんの?」
背後から響く声は…なんだか振り向きたくないほど怖い。

「おまえの傍には置いておけない。それだけだ」
すぐ傍から響く声もなんだか怖い。上を向けない…

「守るみたいなこと言って、結局自分が一番甘い汁吸う気でしょ!?離しなよ!」
「離せば、またおまえが手を出すだろう!?」

引っ張り出そうとする力と、閉じ込めようとする力がぎゅうぎゅうと千鶴にかかってくる。
・・・・・やっぱり、悩む暇も…ないみたい。


この時、これ以上の一波乱が待ち構えているなど、千鶴は想像だにしていなかった。