艶姿をもう一度

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「あの…沖田さん、布団が…」

部屋に戻ってみれば、二つ敷かれていた布団は何故か一組だけになっている。
もしかして、何かあったのだろうか?それで屯所に戻らなければならない事態にでも…?
そんなことも考えてはみたけれど、当の総司はにこにこしながら、一組の布団でごろっと横になっている。

「あっ寝巻…やっぱり大きいね、千鶴ちゃんの小ささがよくわかるよ」
「…沖田さんが大きいんですよ、でも…」

ぽっと頬を染めて、何やら幸せそうに顔を微笑ませる千鶴。

「沖田さんに包まれてるみたい。沖田さんのにおいがします…」

きゅっと寝巻を自分の体ごと抱え込む千鶴に、なんだか自分が抱きしめられたようにくすぐったい。
もとはといえば、千鶴を自分でいっぱいにしたい。とやましい気持ちで寝巻を貸したのだか…こんなに可愛い反応をされるとは思わなかった。
つられて頬を染めそうな自分をごまかすように、総司は慌てて元の話題に戻した。

「布団、一組でいいよね」
「・・・・え?やっぱり何か用事が?」

真剣な顔で聞き返す千鶴に、総司はその後の反応が楽しみで仕方がない、というように期待に満ちた表情で千鶴をじっと見上げて、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「僕と、君と、一つの布団で寝るってこと。」
「・・・・・・な、何を・・・」

総司の言葉を頭の中で何度も繰り返して、突然ぼっと顔を赤くする千鶴が可愛い。
予想通りの展開に総司は顔の緩みが止まらない。

「だって、一人だと寒くない?」
「さ、寒くないです」
「二人の方が、温かいよ」
「知りません!」

それでも、その場から離れるようなことはしないで、赤くなってどうしようか迷っている。
嫌じゃないんだよね…それなら…

「おいで」
「・・・・・・・でも」
「屯所に戻ったら、こんな風に一緒に寝られることなんかあんまりないし」
「・・・・・・・・・」
「だから、おいで」

総司の言葉に、千鶴は一瞬瞳が揺らめいて、悲しげな表情をする。
少し躊躇しながらも、そっと総司が差し出した手に、自分の手を伸ばすと、腕ごと優しく引き寄せられた。

「ほら、温かいでしょう?」

癖になりそうだな…と呟く総司に抱きしめられたまま横になる。
総司の心音に耳を傾けながら、千鶴はぽろっと涙を流した。
胸に、つ…と千鶴の涙が伝わるのが感じられる。

「・・・本当に、泣き虫だね…」
「だって、沖田さんも、やっぱり最後になるかもしれないって思っているんでしょう?」
「・・・・・最後?思ってないよ、何で最後になるの」
「だって…」

きゅっと縋りついてくる千鶴を、総司は身体から離す。

「密書、まだ信じてるの?」
「・・・偽物、の可能性の方が低いんじゃないんでしょうか…」

…あんなに大丈夫って言ってるのに。そりゃ僕も一時そうかも、と思えるくらい精巧な密書だったけど・・・
筋も通っていないし、何よりどうしてか、という理由が明白ではないあの密書は怪しすぎる。
…って言っても、まだ不安がるんだろうな…

「沖田さんも、本物だと思ってるから…こんな…その…」
「…こんな?」
「い、一緒に寝たりとか、優しくしてくれてるんじゃないですか?もう、会えないと思っているから…」

…僕と寝るのに躊躇していた一番の理由はこれか?
最後だから、優しくする?そんなの…そんなわけ…

なんだか面白くない。総司は離れていた距離を一気に詰めて、千鶴の首筋に唇を寄せる。
お、沖田さん、と小さく抵抗する千鶴にお構いなしで、ちゅっとその白い首筋に印をつける。
鮮やかな印がついた痕をぺろっと舐めあげてから、千鶴を下から見上げる。

「密書が本物なら、君はもう一緒にはいられない。どうせ他人の物になるなら…」

「今夜、僕のものにしてしまおうか」

見上げた千鶴の表情は怯えている。でもそれは総司にではなくて、きっとこれが最後だという不安な気持ちから。
総司はふうっと息を吐くと、千鶴のおでこにピンと指をはねた。

「…ってなると思うよ」
「・・・・・・・え?」
「だから、…もし、僕が密書が本物だと思っているなら、そうしてるって話」

千鶴の瞳から戸惑いの色がちらついている。

「君を、抱きたいと思う気持ちはあるけど、今…抱いたら、千鶴ちゃんに、最後かもって不安ばっかり植えつける」
「そんなの、嫌だから・・・もっと二人で幸せ感じないと意味ないでしょ」
「だから・・・しない。最後だと思ってないし」

どんどん優しい表情になる総司に、千鶴は涙が止まらない。

「でも…もし、最後だったら…」
「まだ言うかな。…でも、とか禁止。はいって言えばいいの」
「…だって…」
「だっても禁止!僕、信用ないな〜」
「それはだって…・ん…」

まだ不安がる千鶴の言葉はもう聞かない、というように、総司が唇を押し当てて来る。
最初は強引に、千鶴の言葉を塞ぐように、でも、そのうち優しく愛おしむように。
そっと離された唇と共に、慈しむような視線を向けられた。

「あんまり、わからないことばかり言うから…そんな唇にはお仕置きしないとね」
「・・・・・だって・・・・」

ぽろっと流れる涙は不安からじゃない。この人を好きだ、と思う、愛しいと思うから流れた涙だ。
まだ言うの?と総司はそっと唇を寄せて来る。胸の奥がジンとする。
口付けで想いを伝えあうように、何度も何度も。不安が胸の奥から消えていく。幸せで、満たされていく。

息継ぐ合間に、そういえば、と総司が小さく笑った。

「千鶴ちゃんの想い人、今は?」
「あ・・・」

もう十分過ぎる程伝わっていると思うけど、言葉にするのは恥ずかしいけれど、でも…
赤くなりながらも、千鶴はそっと、言葉にして伝える。

「沖田さん、です…あの、沖田さんは…」
はっきりと言葉で伝えられていないのは千鶴も同じで。総司の愛はとても感じるけどでも、言葉でも…欲しい。
千鶴に、自分だとはっきり言葉にされて、総司は顔が綻んだまま、ぎゅうっと隙間なく抱きしめると、耳元で聶いた。

「千鶴ちゃん、だよ」

言葉と共にまた口付けを。
ずっと、ずっと、唇を離すのは耐えがたいように、お互いに寄せ合って。
それでも息苦しさに少し離れた唇と唇。その間に、千鶴がそっと呟く。
「好き、好きです…大好き…」
小さく呟いた言葉の後、千鶴からそっと唇を寄せてきた。
本人も口付けの熱に浮かされて知らぬ間に言った言葉なんだろう、とても嬉しい…でも・・・・

「・・・・・・・・・・・・・・あああああ」

千鶴をぎゅうっと抱き締めて、総司は苦悶の表情になっていく。

「お、沖田さん、どうなさったんですか?」

そんな総司の様子に千鶴は慌てて、心配そうに総司の瞳を覗きこんだ。
そんな様子までもが、全部が…

「可愛い」
「え?」
「可愛い、可愛い……可愛い」
「あ、あの…///」
「千鶴ちゃん、僕が今日どれだけ我慢してるか…わかる?」
「ええっ!?そ、それは…」

私はもう口付けですごく幸せで、満たされているから…我慢とか、正直わからない。

「屯所に戻ったら…」

ぽそっと呟いてまた何度も口付けを繰り返す総司に、千鶴は戻ったら何ですか!?と訊きたい気持ちをぐっと抑えてそのまま。
屯所には戻れる。きっと。沖田さんがそう言うから…

胸の中は満ち足りた気持ちでいっぱい。
この時、最後に一波乱あるなど、千鶴は想像だにしていなかった。