艶姿をもう一度

13





「斎藤さん…斎藤さん?」
「な、何だ」

慌ててぼうっとした頭を切り替えて、千鶴に振り向けば千鶴は申し訳なさそうに頭を下げた。

「すみません。屯所でゆっくりしたかったですよね…」
「?いや、そんなことはない。屯所に戻ってもゆっくり出来そうにないしな」

そうか、潜入任務を優先してるから、普段の仕事が溜まっているんだ・・・
千鶴はますます申し訳なくなり、

「そうですね、戻ってもお仕事たくさんありそうです・・・すみません、本当に」

戻っても仕事がたくさん?いや、きっと副長のことだ。
俺と総司の仕事はきちんと平助、左之、新八あたりに割り振ってくれているだろう(事実)

「いや、仕事は溜まってはないだろう」
「?そうなんですか?それならやっぱり屯所に戻った方が・・・」
「戻っても、おまえが気になってゆっくり出来ない」
「えっ・・・」

千鶴が押し黙ってしまったので、斎藤はあまり考えずに発言した言葉を思い返して、慌てた。
これではまるで自分の気持ちを伝えたようなものだ。
恐る恐る千鶴を見ると・・・

「斎藤さんは本当に優しいですね、ありがとうございます」

にっこりと、それから深々と頭を下げる千鶴の態度に、好意ではなく、厚意に捉えられたのだとわかった。
伝わってしまうのは…とも思うけど、全く伝わらないのも…と思う自分がいる。

「俺は別に…優しくなどないと、前にも言った」
優しいから、という理由で、自分の行動を一括りにされたくはない。

「そんなこと…ありがとうございますってもう何回言ってると思うんですか?」
くすっと微笑みながら、自分を見上げてくる千鶴に、その可愛さにドキっとして、まあいいか、という気持ちと、どうして伝わらないんだという気持ちが凌ぎ合う。
言葉にしなければ伝わらない。伝えたいのか、まだこのままでいたいのか…
揺らぐ気持ちのままに、千鶴をじっと見つめれば、自然に口が開いていく。

「俺は・・・千鶴、だから・・・」

気になるんだ、という言葉を続ける前に、お部屋の支度を用意してもよろしいですか?と声がかかる。
お願いします、と千鶴が頭を下げて、言われるままに部屋を出て行く。

・・・・聞いていたのだろうか・・・
肝心の者には伝わらないのに、他の者には知られてしまったら間抜けにも程がある。
その店の者は、何か意味ありげにこちらを見て微笑むと、さ、貴方様も外でお待ちを。と追い立てられた。

「お支度できました、どうぞ」

部屋に辿り着くと、すでに二つの布団が敷かれていた。
二つの布団は見事に、ぴたりと寄せられている・・・・

・・・・・・こ、これは!?
思わず横にいる千鶴に視線を向ければ、千鶴は少しだけ頬を赤く染めて、なんだか布団を見ないようにか、視線を逸らしていた。

うう…恥ずかしい、こんなことで赤くなってそう・・・
意識してるのわかって、こんな時にって斎藤さんに呆れられたらどうしよう…
横にいる斎藤が千鶴のその反応に少しだけ満足して口を緩めているなど知らない千鶴は必死に意識しないように、と努力していた。

「雪村様は白粉などを落とさなければいけませんね、着替えはありますか?」
「あ、着替え!・・・着替えは全部置屋に・…取りに・・・」
「いや、今から取りに行くのはもう遅い。ここには何か貸してもらえるようなものはないのか?」
「どうでしょう…きれいなものは、ないかもしれません」

確認しましょうか、と言うのに、いえ、と千鶴が首を振った。

「襦袢で眠ればいいと思うんですけど・・・」
「雪村様がそれでよろしいのなら・・・」「い、いや」

慌てて、斎藤が言葉を被らせる。
「千鶴、…嫌でなければ俺の着物を貸す」
「いいんですか?」
「千鶴がいいなら…」
「えと、じゃあお願いします」

そうして千鶴は斎藤の寝巻を受け取って、その店の者と一緒に白粉やら化粧やらを落としに向かった。
残された斎藤はくるっと体を反転させて、ぴたりとくっつけられた布団に思わず頭を押さえる。

・・・・・・戻ってきて離されていたら・・・変に思うだろうか。
先ほどの会話でも思ったけれど、無垢、純粋であるということは可愛いけれど、時にはとても困る。
どうしようか…悩みながら斎藤はひとまず腰をおろして考え込むのであった。






「密書の存在が新選組にばれただとっ!?」

深夜、ある屋敷内にの一室にだけぼんやりと行灯の明かりが灯っている。
静寂の世界に、静かな驚きの声が響く。

「はい、明日にでもご家老様に確認をとるとのこと。これでは計画は・・・」

淡々と話を進める男に、その主人らしき男はきっと睨みを利かせてくる。

「まさか…貴様が裏切ったのではないのだろうな?」
「私が?何故…私ではなく雪村千鶴の身請けを快く思わない者の仕業です」
「そいつらは何故、密書のことを知っていた」
「・・・・・・さあ、角屋の方で口を割らされたんじゃないでしょうか、腕の立つ者でしたし」

むうっとそれっきりその主人は黙りこむ。
報告した男は、これで計画は失敗に終わると思っていた。
それで・・・いい。そう思う自分に少し驚きを感じる。けれど、主人は不意に口を歪めるように笑う。

「まあ、いい。新選組が確認をとるなら・・・考えがある」
「・・・・考え?まだ、何か・・・・・」
「いや、いい。貴様は下がれ、雪村千鶴が貴様の報告通りの者なら・・・計画に支障はない。むしろ・・好都合だ」
「・・・・・・・・・・・」

ふふっと野心に満ちた表情を隠さずに、何か思案するような主人に、その男は無言で部屋を去る。
何を企もうと、新選組に気が付かれた今、事はそううまく運ばないだろう。
男はもうここにはいたくない、と言うように、足早に部屋を出た。