艶姿をもう一度

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「泣き虫」

くすくすと笑いながら総司は千鶴の頭をそっと撫でる。
こんな時なのに、自分の胸に縋ってくる千鶴を愛おしいと思う気持ちはとめどなく溢れてくる。

・・・いや、こんな時だからこそ、かな・・・
こういう時に、他の誰でもなく自分に、普段見せない弱い部分を見せてくれるから、だから余計に愛おしい…

ふと目にとまった簪。自分が贈った簪。
正直、付けてくれるとは思わなかった。真面目な気持ちだけで選んだとかは言えない。
それでも君はつけてくれた。斎藤君のじゃなくて、店のものじゃなくて、僕のものを。

あの時…言いようのない気持ちが胸に込み上げて、胸がいっぱいになった。
あんな気持ちで満たされたのは初めてだった。
近藤さんを慕う気持ちとは違う、特別な感情が僕をいっぱいにした。

「ねえ、千鶴ちゃん…この簪つけたのって何で?」

・・・・・・・・簪?
突然簪の話を振られて、千鶴は総司の胸に埋めていた顔をそっと起こす。

「あ〜あ、お化粧がぐちゃぐちゃになってるよ」
苦笑いしながら千鶴の顔に手をあてる。
ぱっと恥ずかしそうに俯こうとする千鶴の動きを防ぐように。
千鶴はまだ目に涙をいっぱい溜めながら、困ったように総司を見上げて来る。

「簪・・・ですけど」
「うん」
「その方が安全かなって・・・・」
「そう・・」

まあ、そうだろう。そんな理由でもない限りつけはしないだろうな。
そう思いながらもなんだかさみしいと思う気持ちがポッポッと胸の中に灯っていく。

「でも、髪にさした時、あの…」
「?」
「本当に沖田さんが想い人になったような気がして、くすぐったいっていうか…その…」

さっきまで泣いていた子は、今は恥ずかしそうに顔を赤くして忙しい。
それが自分のせいだと思うと嬉しい気持ちが尚更に湧いてくるけど。
不安な気持ちでいっぱいにするんじゃなくて、僕でいっぱいにしたらいい。

「ような気がして…かあ、じゃあ、今は?」
「え?」
「今日もつけてくれてる。今は…?」

今、今は…
身請けが本当なら、と考えて、一番に思ったのは・・・・一番つらいと思ったのは・・・・

「あの・・・」

千鶴が口を開きかけた途端、お部屋の支度出来ましたと背後から声がかかる。
は、はい!と振り向くと、その店の者はなんだか顔が笑っている。
・・・・も、もしかして聞かれてたのかな・・・・は、恥ずかしい・・・・・
真っ赤になって、総司曰くぐちゃぐちゃの顔を隠すように、千鶴は手で顔を覆いながらその者についていく。
一方総司は・・・

「せっかくいいところだったのに」

むすっと顔を尖らせて、渋々千鶴の後を追っていった。



部屋に辿り着くと、すでに二つの布団が敷かれていた。
二つの布団はみごとに離されている。

「雪村さんは白粉などを落とさなければいけませんね、着替えはありますか?」
「あ、着替え!・・・着替えは全部置屋に・・「あります」

自分の声に被らせた総司の言葉に千鶴は驚きを隠せない。
な、何言ってるんですか!?

「では、後で控えの部屋においでください。お落としします」

そのまま部屋をすっと出ると、千鶴は総司に向き直って・・・

「沖田さん・・・着替え、ないんですよ?」
「僕はあるよ、ほら」

ちゃんと持ってきてるから大丈夫、とわけのわからないことを言う総司。
・・・・ま、まさか

「もしかして、沖田さんのを私に・・・」
「うん、貸してあげる」

にこっと笑う総司に、やっぱり…と肩を落とす千鶴。

「もう置屋に戻るの面倒くさいし・・・それに・・・」
「それに?」
「・・・いや、何でもない。白粉落としてきたら?ちゃんと待ってるから」
「あ、はい」

わたわたと動きながら、差しだした着物をちゃんと受け取って行く千鶴に総司は満足気に微笑む。
千鶴を見送って、視線を部屋の中へ向けると一転悪童のような表情を湛えた。

「・・・千鶴ちゃん、戻ったらどんな反応するかな」
楽しそうに鼻歌まじりで総司は行動を起こすのだった。






「密書の存在が新選組にばれただとっ!?」

深夜、ある屋敷内にの一室にだけぼんやりと行灯の明かりが灯っている。
静寂の世界に、静かな驚きの声が響く。

「はい、明日にでもご家老様に確認をとるとのこと。これでは計画は・・・」

淡々と話を進める男に、その主人らしき男はきっと睨みを利かせてくる。

「まさか…貴様が裏切ったのではないのだろうな?」
「私が?何故…私ではなく雪村千鶴の身請けを快く思わない者の仕業です」
「そいつらは何故、密書のことを知っていた」
「・・・・・・さあ、角屋の方で口を割らされたんじゃないでしょうか、腕の立つ者でしたし」

むうっとそれっきりその主人は黙りこむ。
報告した男は、これで計画は失敗に終わると思っていた。
それで・・・いい。そう思う自分に少し驚きを感じる。けれど、主人は不意に口を歪めるように笑う。

「まあ、いい。新選組が確認をとるなら・・・考えがある」
「・・・・考え?まだ、何か・・・・・」
「いや、いい。貴様は下がれ、雪村千鶴が貴様の報告通りの者なら・・・計画に支障はない。むしろ・・好都合だ」
「・・・・・・・・・・・」

ふふっと野心に満ちた表情を隠さずに、何か思案するような主人に、その男は無言で部屋を去る。
何を企もうと、新選組に気が付かれた今、事はそううまく運ばないだろう。
男はもうここにはいたくない、と言うように、足早に部屋を出た。