艶姿をもう一度

12





「守るだと?口では何とでも言える」
ふっとその顔を不機嫌に歪めると、風間は斎藤に負けじとその冷たい視線をじっと寄こしてきた。

「貴様は…本当にわかっているのか?身請けを拒否できるとでも言うのか」
「出来ない理由がない」
「ありますよ」

はっきりと宣告するような天霧の物言いに、斎藤は一瞬視線を天霧に彷わせた。

「会津藩の命令です。…あなたは逆らえるのですか?」
「…・・何を…」

天霧の言葉は耳をそのまま通り抜けていく。
斎藤は事態が呑み込めずにいる。そんな斎藤に天霧は畳かけるように言葉を続けた。

「やはり、知らないのですね。知ってもなお、連れ戻すおつもりですか」
「・・・・・・千鶴を連れ帰るための方便か」
「そう思うのなら、それで結構です。どちらにしても…彼女を渡すわけにはいかない・・・」

言いながら構えをとる天霧に、斎藤は表情を変えずに無言で刀に手を添える。
けれど、平静を装う表情とは裏腹に、頭の中では今入ってきた情報に必死に対応をしようとしていた。
目の前の敵に集中することができない。
千鶴の身請けが…会津の指示?そんな、ことがあり得るのか?
一つの結論を出すまでにかかった時間は、周囲の者からすればほんの刹那。

否。
そう自分の中で整理付け、刀をとる手に力を込めた矢先。

「千鶴ちゃん!斎藤君!無事!?」「大丈夫か!?」

ばたばたと駆けてくる足音と共に、親しみ馴れた声が聞こえてくる。

「・・・・・時間をかけすぎたか」
「そのようですね、どうしますか」
「・・・・そこの、聞け。雪村千鶴がどこぞの人間の手に渡るようならば・・・その時はもうこのような余興はしない」

ぎらっと執着心をはらませた緋色の瞳で斎藤を一睨みするとそのまま、去っていく。
それでも、千鶴の表情に安堵の色はない。
先ほどの話を真に受けているのだろうか、斎藤が千鶴に声をかけようと口を開きかけた時、

「斎藤!状況を説明しろ。鬼が絡んでいやがったのか?」
ぐっと土方に肩を掴まれて、振り向かされた斎藤は、淡々と、完結に今まで起こったことを話す。
会津藩の密書の話になると、駆け寄った仲間たちは呆気にとられた顔になった。
次いでそんな馬鹿なことがあるはずがない。あってたまるか、と一様に怒りの色を帯びた表情で固まっている。

「・・・・・・角屋に戻って、いろいろと確認だな」
「そうですね・・・・・」

斎藤は未だに黙ったままの千鶴にちらっと目を向ける。
いつもの花の咲くような笑顔は翳を潜めて、下をじっと見たまま微動だにしない。

「・・・・・・むぞ、斎藤。・・・・斎藤?」
「え?あ、・・何でしょう?」

話を聞いていないなど、斎藤らしくないなと土方は苦笑いを浮かべながら、斎藤の肩をぽん、と叩いた。

「千鶴とゆっくり戻って来い。あいつも…参っているようだからな、話は俺達で聞いておく」
「御意」

そのまま、斎藤と千鶴の二人を残して皆は角屋へと戻っていく。
その表情は決して暗くない。皆、あれが真実だとは思っていないからだ。ただ一人を除いて。

「千鶴、歩けるか?怪我は…」
「・・・・・・・・・・」
「千鶴」
「あ、・・・はい。すみません・・・あれ?皆さんは・・・」
「もう戻った。俺達も戻るぞ」

そう言って歩き出す斎藤に千鶴は何故か付いて来ない。
後ろを振り返れば俯いたまま、動いていない千鶴に、歩みを止めて千鶴の傍に向かう。

「千鶴、あれは真実ではない。気にするな」
「でも…本当だったら…もし、帰って本当だったら…私・・・その・・・」
「もし、と仮定して考えるのは無駄だ。そんなことはない」

少し強めに、言い聞かせるように向けた言葉は、千鶴を安心させるのではなく、余計に怯えさせたようだった。
肩を強張らせて、固まってしまった千鶴に、どうしたら安心させられるのだろう。どうやって?
不安に包まれている千鶴を、安堵させることもできないのか。

「・・・・すみません。斎藤さんを困らせて。・・・行きます」
そのまま、目も合わさず視線を地面に固定させて、千鶴がすっと自分の横を通り過ぎた時の、この胸の痛みは何だろう。
千鶴、呼んだと思った名は声になっておらず、代わりに千鶴に届いたのは斎藤の手。

千鶴の動きを止めて、ようやく千鶴が斎藤の方を見上げれば・・・その表情に斎藤は目をすっと細めて、千鶴に優しく笑う。

「泣けばいい。」
「・・・・あの・・・・」
「千鶴は・・・表情で伝わると言っただろう?」
「っ・・・うっ斎藤さん・・・」

大粒の涙が一気に瞳にたまっていく。
一滴、こぼれ落ちたと同時に、千鶴の手が伸びて来る。
斎藤の胸にすがりつくように、泣き声をうっうっと漏らしながら。
宙に彷う手はそのまま、千鶴の頭を撫でるように落ち着いた。
胸に広がる涙の染みが、自分の心にも浸透していくように、熱い・・・

千鶴は監視対象だから、気にかけて・・・
・・・・・・違う
言われるまで泣かずにずっと耐えるから、そういう娘だから千鶴を放ってはおけない。
・・・・・・違う、そうじゃない。

今までそう思っていた自分の気持ちが、違う気持ちで塗り替えられているのにはっきりと気づく。
どうしたらいいのか、どうしてやればいいのか、考えて、それでもわからないのは・・・
こんな気持ちは初めてだからだ。
泣いていたら抱き締めたいと思うのも、きっと…

気持ちに揺り動かされるように、そっと背中に両腕を回せば千鶴は抗うことなく、一層体を添うように。

・・・・そのまま、どのくらいの時間が経っただろうか。

漸く落ち着いたのか、恥ずかしそうに顔を離す千鶴に、斎藤はもう一度頭をそっと撫でた。
もう、大丈夫です。弱々しいけれど、確かに笑顔を作って言う千鶴に、では行こうと声をかけた。
一歩先を歩く千鶴の背中をぼんやり眺めながら、急に先ほどのことを思い返して頬に熱が集まってくる。
振り向いた千鶴に慌てながらも、二人はそのまま並んで角屋へと帰った。




「は?今何と・・・・」
「だから、千鶴と一緒の部屋で今日は寝泊まりしてくれって言ったんだ」

その土方の言葉に斎藤は固まる。
「ほらあ、斎藤君こんなんだし、僕の方が・・・」
「黙っとけ!おまえに任すと千鶴の貞操が危ねえよ」

千鶴と斎藤が角屋に戻ると、一同はうって代わって静まり返っていた。
密書が実在したからだ。
しかも一見本物とも違わないもので。
角屋はだから仕方ない。と身請けの話を進めようとしたのだが、その密書の差出人に確認をとるまでは待て。となったのだ。

それだけでも衝撃の事実だったのだが、更に…

千鶴を置屋に戻すのは、角屋も風間のような者が来たらたまらない。屯所に戻らすのはもってのほか。…ということで、今日は角屋に千鶴をということになった、らしい。
そこで斎藤と共に。ということに…

斎藤なら、大丈夫だろう。

そんな信頼するような視線が約一名(総司)を除き、斎藤に向けられている。

い、一緒に、寝泊まり!?

そんなことで心乱すような時ではないのに、勝手に心拍数は上がっていく。
い、いや、千鶴を守るためだし、仕方ない。
・・・・だが千鶴は仕方ないとは言え、嫌なのではないだろうか…

そっと千鶴に視線を向けると、千鶴は密書が事実だったということに衝撃を受けていたようだが、それでも先ほどのように取り乱してはいない。

「斎藤さん・・・お願いできますか?」
「っ!!千鶴は、その、俺でいいのか?…見張り、見張りが」
「はい。斎藤さんがいいです」

しっかりと受け答えする千鶴に、土方を始め、総司、左之、平助は目を丸くしている。
てっきり密書のことで、目に見えて落ち込むだろうと思っていたのだ。

「千鶴ちゃん、大丈夫?やけになってない?」
「え?あ、…大丈夫です。不安は不安だけど、でも・・・」
「「「「でも?」」」」
「斎藤さんの胸で泣いたら、何か落ち着きました」

小首を傾げて微笑む千鶴に一同の視線は斎藤に向く。
「・・・土方さん、僕やっぱり反対」
「・・・いや、他の奴の方が俺はやっぱり心配だ。斎藤が一番安全なんだよ」

おらっ帰るぞ!と不満気な三人を引きずり、土方が頼んだぞと斎藤に声をかけた。

「・・・・・・・・御意」

こうして二人は部屋に二人きりで残されたのであった。






13へ続く