艶姿をもう一度
12
二人の背中に隠れるように身を縮まらせる千鶴に、風間はちっと短く舌打ちをした後、まだ事態を把握していない三人に、希望の光を奪い去るような冷えた声を放った。
「貴様らは…本当にわかっているのか?身請けを拒否できるとでも言うのか」
「角屋の企みに屈するようなこと、あるわけないでしょ」
「角屋ではありません。会津藩だと言えば、この状況を理解して雪村千鶴を渡していただけますか?」
間髪入れずに、口を挟んでくる天霧に、その言葉に、斎藤は嘲笑の色を湛えた視線を送る。
「会津…?冗談にしては口が過ぎる」
「冗談では、ないんですよ」
はっきりと宣告するような天霧の物言いに、その強気な態度に、二人は暫し口をつぐんでしまう。
「会津藩の命令です。…あなた方は逆らえるのですか?」
「・・・斎藤君、まさか、信じちゃいないよね?」
「当然だ。あのような戯言に貸す耳など持っていない」
「…そう思うのなら、それで結構です。どちらにしても…彼女を渡すわけにはいかないので・・・」
言いながら構えをとる天霧に、二人は負けず闘気を放って刀に手を添える。
一触即発の尖った空気の中、その存在を知らしめるように、わざと大きく音を立てているかのような地面を蹴る音と、
「総司!斎藤!千鶴!」「大丈夫か!?」
親しみ馴れた声が聞こえてくる。同時に三人と二人の異様な空気を気をそがれたように、元の穏やかな静寂の闇へと戻っていく。
「・・・・・時間をかけすぎたか」
「そのようですね、どうしますか」
「・・・・そこの、聞け。雪村千鶴がどこぞの人間の手に渡るようならば・・・その時はもうこのような余興はしない」
ぎらっと執着心をはらませた緋色の瞳で総司と斎藤を一睨みするとそのまま、去っていく。
「総司!状況を説明しろ。鬼が絡んでいやがったのか?」
ぐっと土方に肩を掴まれて、振り向かされた総司は、どうもこうも、と事のいきさつを簡単に説明する。
今夜、角屋で身請けが行われる予定だったこと。
それが会津藩からの密書命令であること。
それを知った風間と天霧が千鶴を連れ去ろうとしたこと。
ただ、密書命令は事実確認をしていない。ということ。
総司の口から語られた内容に、皆の目が見開いていく。
そんな馬鹿なことがあるはずがない。あってたまるか、と一様に怒りの色を帯びた表情で固まっている。
「・・・・・・角屋に戻って、確認だな」
「そうですね、密書とやら、あるなら出して検分しないと」
「まあ、どうせ偽物だろ?」
「出所を当たらなければいけませんね」
千鶴が不安に思っていたことを、さして問題ないように話をまとめながら角屋に戻っていく一同。
・・・私は考えすぎなのだろうか?
その何でもない言葉のやりとりが、自分を応援してくれるような気がして、不安も飛んでいくよう。
気も軽くなって、思わず肩の力を抜く。
「あれ?千鶴ちゃん…もしかして本気にしてたの」
急に目の前に、現れた総司との距離はものすごく近くて、鼻先が少し、かするくらい。
視界を突然総司で満たされた千鶴は、思わず叫びそうになる。
「キッ〜〜〜〜〜〜」
キャーと声が出る前に誰かがぐっと口を塞ぐ。
驚いて振り返れば、呆れた顔をした斎藤で。
「千鶴ちゃん、叫ぶことないじゃない。心外だな…ほら、斎藤君も呆れてるよ?」
「ああ、呆れている。千鶴にではなく、総司にな」
さらっと言い放ち、千鶴に「総司に構わず行くぞ」と声をかける斎藤に、総司はむっと顔を尖らせた。
「何で僕?千鶴ちゃんを心配して、気にかけてあげているのに」
「あれで、か?」
冷めた視線を向けられて、カチンと来たのか、斎藤の横に並んで歩く千鶴を自分の方にぐっと引っ張って。
「千鶴ちゃん、僕と戻ろうか」と微笑まれば、もう片方の手をぐっと引っ張られて、
「千鶴、相手にせず、行くぞ」と促される。
お互い一歩も引かずに千鶴の両腕を引っ張り合う。
「二人とも…仲がよろしいですね、いつも楽しそうに言い合って」
「…どこが?」「…楽しそう?」
千鶴のとんちんかんな答えに、二人は闘争心をなくして、腕を離す。
にこにこと、すっかり不安もどこかへ、の千鶴に、つられて笑顔になる。
そんな穏やかな時間と共に角屋に戻れば、事態はあまりよろしくなかった。
「密書が本物?」
一足先に戻っていた土方達はから聞かされた内容はあまり明るくない。
「偽物とは断定できないってことだ」
密書に認められている筆の筆跡、印、どれもが本物と見間違うような精巧なもので、どこにもこれが偽物であるという決め手が見当たらない。
角屋の方とも話して、身請けは事実確認がとれるまで待機という話に落ち着いたらしい。
・・・・・・・待機ってことは、密書が本物なら、やっぱり身請けは…
居候で、厄介者で、…そんな私を藩の命令で余所にやれるなら、むしろ新選組にとってはいいこと?
いつの間にか、居心地良く思っていた屯所にはもう戻れないのだろうか。
ぶに〜〜〜〜〜
「痛っ!なっ!?お、沖田さん!?」
「君、またろくでもないこと考えてるでしょう」
「え・・・・・」
頬を思いっきりつねって引っ張る総司はいつもの意地悪気な微笑みを作って。
「落ち込む暇はないの、君は今日僕と一緒に寝泊まりだよ?」
「はあ・・・・って、え、ええ!?」
「総司!!千鶴をこれ以上混乱させるな。安心しろ、俺も一緒だ」
「あ、あの…状況がいまいち…」
これ以上ないくらい戸惑いを表情に出して、目を白黒させている千鶴に、総司は、あははっと笑いながら、
「君を置屋に戻すのはみんな反対なんだよ、見張りも難しいし、あいつらがまた来たら困るし」
「屯所に戻せば、密書と言い張るものを預かる角屋がうるさい」
「だから、僕らと一緒に、」
「角屋で待機ということだ」
「・・・待機だなんて、要は寝泊まりじゃない」
「総司と俺は見張りだ。眠れると思うな」
え〜…と不満をこぼす総司に、当然のことだろうと、嘆息する斎藤。
ようやく状況を理解した千鶴は、まだいがみあっている二人にぺこっと頭を下げる。
「よろしくお願いします。」
こうして三人は一室で一夜を過ごすことになったのだ。
13へ続く