艶姿をもう一度
12
千鶴をそっと抱き締める総司に、風間は不快な感情を隠しもせずにあらわにするが、少し思い直したようにふっと口の端を歪めた。
「貴様は…本当にわかっているのか?身請けを拒否できるとでも言うのか」
「出来るよ。そんな不当な…」
「不当ではありません」
はっきりと宣告するような天霧の物言いに、総司は顔をしかめて、なぜ?と目で問う。
「会津藩の命令です。…あなたは逆らえるのですか?」
「なっ」
何を言い出すのだと、驚いて声も出ない総司に、天霧は畳かけるように言葉を続けた。
「やはり、知らないのですね。知ってもなお、連れ戻すおつもりですか」
「そんなの、出鱈目だ。彼女を連れていくための嘘だということくらい…」
「そう思うのなら、それで結構です。どちらにしても…彼女を渡すわけにはいかないので・・・」
言いながら構えをとる天霧に、総司はくっと唇を噛み締めながら刀に手を添える。
・・・・・嘘、には見えない。だから問題なのだ。事実だとしたら…自分は、自分はどうすればいいのだろう…
目の前の敵に集中することができない。頭の中で巡るそんな葛藤に心乱されていると…
「総司!千鶴!」「大丈夫か!?」
ばたばたと駆けてくる足音と共に、親しみ馴れた声が聞こえてくる。
「・・・・・時間をかけすぎたか」
「そのようですね、どうしますか」
「・・・・そこの、聞け。雪村千鶴がどこぞの人間の手に渡るようならば・・・その時はもうこのような余興はしない」
ぎらっと執着心をはらませた緋色の瞳で総司を一睨みするとそのまま、去っていく。
それでも、千鶴と総司に安堵の表情はない。
「総司!状況を説明しろ。鬼が絡んでいやがったのか?」
ぐっと土方に肩を掴まれて、振り向かされた総司は、少し思い詰めたような表情で。
その表情に、駆け寄った仲間たちも何が?と神妙な顔になる。
「・・・・総司、どうした?」
「土方さん、会津藩から…何か任務受けてますか?」
「会津から?・・・いや、特に変わったことは・・・」
「確か、ですね?」
「ああ・・・どういう意味だよ」
「・・・・・実は・・・・・」
総司の口から語られた内容に、皆の目が見開いていく。
そんな馬鹿なことがあるはずがない。あってたまるか、と一様に怒りの色を帯びた表情で固まっている。
「・・・・・・角屋に戻って、確認だな」
「そうですね・・・・・千鶴ちゃん、・・・千鶴ちゃん?」
「え?あ、・・何でしょう?」
「戻るよ、はい」
当たり前のように差しだされた手に、震えながらそっと手を置く。
その手を握り締めると千鶴を導くように総司は歩いていく。
・・・・・怖い、本当だったら・・・・本当なら・・・・・私は・・・・?
千鶴の胸を締める恐怖は、角屋に到着後ますます胸にのしかかることになった。
「この通り、密書があります。事実ですよ」
勝手に千鶴がいなくなり、半ば怒りさえにじませる角屋に、皆押し黙ってしまう。
その密書を手に取り、検める土方の表情が曇っていく。
土方の曇りは連鎖するように隊士にも広がっていく。
「そういうことです。今日はもうその家人が帰られたので、明日、身請けをします」
本来なら新選組には秘密裏に事を運ぶ予定だったけれど、こうなれば仕方ない、と開き直った態度で滔々と話していく。
全ては千鶴をおびき寄せるための策だった。
どうして?どうしてただの、何の変哲もない私が…?
わからないことばかり。けれど事態は着々と進んでいく。
もう…皆と一緒にはいられない。
…沖、田さんともいられない。声も聞けない。笑顔が…見られない。
自然にぽろぽろと溢れる涙。かたかたと震える体。
皆が困ったように千鶴を見つめる中、千鶴を守るように後ろから抱きしめたのは…
「土方さん、その密書は本当に偽物じゃないんですか?」
ぎゅっと、大丈夫だよ、と合間に小声で聶かれて。
「あ?ああ…印も本物だと…」
「まだ、決めるの早いですよ、ちゃんと差出人に確認取ってください」
千鶴の手を取って、ゆっくり、ゆっくり落ち着けるように插って。
「いや、しかし…」
「ちゃんと確認しないまま…事を進めて違っていたら恥をかきますよ?」
千鶴の肩に顎を乗せて、皆を下から見定めるように。
その総司の言葉に角屋の者も土方も押し黙る。
「わかった。明日にでも確認をとらせてもらう」
「…ということですから、勝手に千鶴ちゃんを身請けに出さないでくださいね」
土方の言葉を受け、総司は角屋の者に投げつけるような視線を向けた。
「…わかりました。では雪村さんは今までどおりに置屋に「いや」
その言葉を遮って、後ろから千鶴を抱きしめる力を強めて、総司はその場にいる者に固い声で言葉を向けた。
「千鶴ちゃんは僕と同じ部屋で」
「な、何を!そんなこと…」「総司!?何言ってやがる!」
慌てる一同を余所に、総司は真顔で、
「だって、離れてて…また知らない間に身請けとか進んでいたらね」
「いえ、だからそれは確認をとるまでは・・・」
「今日みたいに、違う輩が襲ってきたら守れないじゃないですか」
「・・・・・・・それは・・・でも」
「…千鶴ちゃんは僕と一緒。それは譲れません」
最後の言葉は、千鶴の肩に顔を埋めて表情は覗えないけれど、その声は小さくて微かに震えていた。
その様子に、渋々といった感じで角屋のものは了解した。
「・・・・・・・・・」
「じゃ、部屋に行こうか、千鶴ちゃん。斎藤君はじゃあ、今日は屯所に…」
「馬鹿言え、おまえと千鶴と二人になど・・・」
「でも、二人じゃないと狭いよ」
「む、無理無理無理!!それなら千鶴を屯所に戻して〜」
「平助、それは無理だろ?角屋がいいと言わないだろうし」
「総司」
皆の会話を遮断するように、土方が一言、声を発した。
「何ですか?」
「・・・・・・・おまえ、千鶴に手、出すなよ?」
「・・・・・・・・・・わかってますよ、それくらい」
「その間は何だ!その間は!」
いつの間にやら了承の雰囲気になっていることに、斎藤、平助、左之は慌てだす。
「お、おい!土方さんいいのかよ!」
「…仕方ないだろう?」
ちらっと土方の視線が移る。その先を辿れば、抱きしめる総司にしがみつくように、腕をぎゅっと掴んで俯いている千鶴の姿。
「・・・・そう、ですね…総司、頼んだぞ」
「うん」
斎藤にぽんと肩を叩かれ、いつものように軽く笑みを浮かべて返事をする総司。
皆もしょうがないか、という風に店を出て行く。
残された二人。でも千鶴はずっと俯いたまま。
総司は千鶴を抱きしめる腕を緩めて、千鶴を自分の方へと向ける。
顔を覗き込んで、大丈夫だって言ってるのに、と。なるたけいつも通りの笑顔で。
目が合えば大粒の涙がぽろぽろと頬を伝わり襟元に小さな染みをいくつもいくつも作っていく。
よしよし、と声を出せば、声にならない声をそのままに、千鶴は総司の胸に飛び込んできた。
13へ続く