艶姿をもう一度

10





「雪村千鶴が?角屋に?」
「はい、間違いありません。懇意にしている置屋に戻っているのを確認しました」

自分が見た光景をそのままに目の前の男に話す。
すっかり新選組に馴染んだ少女の様子を話せば、目の前の男の赤い目はすっと細められ、微かに苛立ちの色を滲ませる。
部屋の中にぼんやりと灯る行灯をじっと見ながら、報告を受けた男はつと手を顎にあてて、考え事をするように。
その男の答えをじっと待つ男は、わかりきっている答えを待つだけ。

「・・・またどうでもいいような問題でも起きたのか、どちらにしろ…都合がいい」
「では、店に行くのですか」
「ふっあれは俺の嫁だ。着飾った姿を見るのは悪くはない。…もう少し放っておいてもいいと思ったが・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・目障りな雑魚が、うろついてはいるのだろうが…これ以上奴らに懐かれてもいい気はしない」
「わかりました。手筈を整えましょう。それと…」
「何だ」
「雪村千鶴が、何故また潜伏しているのかも調べますか?」
「・・・好きにしろ、おまえに任せる」

その言葉を受け、一礼すると部屋から出て行く天霧の姿を、見向きもしないで、風間千景は窓の外を眺める。
雪村千鶴は、純粋な鬼の女。
それだけの利用価値だったはずだった。
なのに、この頃は言いようのない気持ちに振り回されることがある。

「あいつは俺の嫁となる女だ…」

ぼそっと一人ごちて、立ち上がる。
止めに入りたければ入るがいい。それも一興だ。
ひゅっと刀を鞘から抜いて、月に掲げる風間の口元は、空に浮かぶ満月とは違い、三日月に歪められていた。





今日も角屋の一日が始まる。
完全に昼夜逆転したような生活に、多少の眠気が千鶴を襲うけど、それでもここに足を運ぶと身が引き締まる。

「失礼します」

声をかけて二人の待機する部屋に向かえば、正座してこちらを振り返る斎藤に、…なんだかまるで緊張感のないごろっと横たわる総司の姿が目に入る。

「沖田さん…寛いでますね…」
「え〜だって、疲れてるんだよ…」
「?疲れた?休まれてないんですか?」

その言葉に斎藤が総司を厳しい目で見る。
店の営業時間になり、千鶴がここに来ると店の者の監視するような視線は厳しいものとなる。
だから二人はその前にいろいろと内密に調べようと動いていた。
だからあまり十分に休めてはいない。
それを千鶴に勘づかれてはいけない。そう決めたのにこの男は…

斎藤の視線を受けて、総司は溜息を吐きながら面倒くさそうに、

「斎藤君とずっと二人で、この部屋に籠りっきりだよ?精神的に疲れるって話」
「それは俺の言葉だ」

嘆息しながら呆れたような視線を向ける斎藤。
そんないつもと変わらない二人の様子を千鶴はくすくす笑いながら見ていた。

「それで千鶴、今夜も…部屋は決まっているのか?」
「あっはい。今日は…今日も俳諧とか詩吟の宴と、後はまだ聞いていないですけど」

文化的な集まりが多いんですね、と呟く千鶴に反して、総司と斎藤は黙りこむ。
浪士たちの集まる部屋になど千鶴を入れたら、自分たちが部屋を出ても文句を言えない。
安心を装って、慣れさせた時に何か事を起こすのだろうか?
しかし、肝心の夜に、こうも閉じ込められては…調べるのも覚つかない。
それに、気になることもある。

「千鶴、昨夜の客の人相、覚えているか?」
「え?全員は無理ですけど…」
「全員じゃなくても、千鶴ちゃんに話しかけたりとか、相手をしたりとか、そういう人だけでいいよ」
「それならわかると思います。…何か?」

自分にできることがあるのなら、と千鶴は目に力を込めて二人をじっと見る。

「昨晩と同じ者がいないかを見ておいてくれ」
「同じ人ですか?」

自分たちを閉じ込めるために千鶴を安全な宴に。それだけじゃないかもしれない。
何か思惑があるのかもしれない。
もし、万が一にも身請けの話が元だとしたら、怪しいのは宴に出ている富豪な者だ。

「うん。屯所の周りをうろつく浪士もいるらしいし、浪士を傭うような富豪な者にも目を光らせた方がってこと」
「わ、わかりました。頑張ります!」

あとは…自分たちも部屋から出て様子を覗えれば言うことはないのだが…
そんな二人の頭には、ある考えが浮かんでいる。
でもそれは千鶴を危険にさらすかもしれない。
それでも、このままでは店の思うようにしか事は運ばない。

「・・・千鶴ちゃん、もし、出来ればだけど…」
「はい?」

言うよ?という総司の目線に、斎藤は黙って頷く。

「宴の途中、部屋を抜け出すことって出来る?」
「それは…出来ないことはないかと…」
「禿の少女に止められたりせずに、違う部屋に、入ることは可能か?」
「え〜と…何か頼みごとをお願いして、いない隙に。とかなら…」

沖田さんと斎藤さんは何を考えているのだろう?
昨晩もそうだけど、二人の考えについていけなくて、遅れをとる自分が情けない。

「出来れば、何か問題起こして欲しいんだ」
「問題、ですか?」
「そう、僕たちが部屋を出ざるを得ないような状況を・・・起こせる?」

起こせるか、起こせないかではない。
きっと…そうでもしなければ部屋から出られないのだと、漸く千鶴は理解した。

「…やってみます、ううん。やります!待ってて…ください」

千鶴の言葉に、二人は微笑みを向ける。
何かあっても、自分たちを信じてくれているから。
自分の身を心配することなく力強く返事をする千鶴に、その誠意に誓うように。

「何があっても、大丈夫。すぐに駆けつけるよ、君は絶対僕が守るから。」
頬を撫でるように、千鶴に優しく言い聞かせるように。大丈夫、という言葉は、自然に胸の内に溶けていく。
「はい、沖田さん。…待っててください。私も、待ってます」

「案ずるな、千鶴の信頼を裏切るようなことは絶対にしない」
そっと頭を撫でられて、信じて、信じられて、絆がぎゅっと固く結ばれていくように。
「はい、斎藤さん。…信じてます。絶対来てくれるって」

二人はいつも、不安に埋もれそうな自分を、安心で満たしてくれる。
私だって、安心を。千鶴は二人に曇りのない笑顔を向ける。
大丈夫です。あなたたちがいてくれるから。行ってきます。

こうして行動を起こすことにした三人に、予想以上の事態は着々と忍び寄っていた。




11へ続く