艶姿をもう一度
1
「…というわけだ。千鶴、大丈夫か?」
「は、はい…私は…」
大丈夫です。と言おうとする千鶴の言葉を遮って、ありありと不満を申し立てる隊士は一人ではない。
「反対!!オレは絶対反対!!何でまた千鶴を島原に潜入させなきゃならね~んだよ!!」
「・・・俺も今回のことは賛成しかねるな、俺達だけで解決すりゃいいじゃねえか」
千鶴の前に立ちはだかって、土方の申しつけから千鶴を守るようにする平助と左之に、土方もはあっと顔をしかめつつ溜息をつく。
事の発端は、少し前に遡る。
「ごちそうさまでした」
そっと手を合わせて、皆がおかずの奪い合いをする朝食を穏やかに終わらせた千鶴は、そのまま片づけをしようとする。
ぱっと自分の食器、もう終わった人の食器を片付けて、お茶の準備でも…
そう思い腰をあげた時に、土方に声をかけられた。
「千鶴、今日はいい」
「え?でも…」
今日は巡察に同行する訳でもないし、正直暇を持て余しそうだから、出来るお手伝いはしたい。そう思い首を傾げると、
「今日はちょっと会議におまえも出てもらう」
「・・・・わ、私が!?・・・・・・」
何か…何か知らない間に、失態をしてしまったのだろうか…
もしかして、処分とか…そんな話?
そんな不安が顔に出たのだろう。土方は千鶴を見て違う違うと手を顔の前で軽く振る。
「おまえが心配するようなことじゃねえよ、…むしろ、おまえに頼みたいって話だから、そんなにビクビクすんな」
「・・・頼みたいこと?」
新選組が私に?
それはそれで・・・とても緊張してくるけど・・・何を頼まれるのだろう・・・
「そういうわけだから・・・手伝わなくていい、行くぞ」
そのまま手を掴まれて広間を出ようとする土方に千鶴はまたも首を傾げた。
「あ、あれ?土方さん…ここじゃないんですか?」
「ああ、今日のはちょっと…幹部の中でも一部の隊士にだけ聞かせる話だからな、広間だと声が通り過ぎる」
「そ、そうですか・・・」
掴まれて引っ張られるままに、土方の後ろを小走りでついていくと・・・ビシッ!!
不意にその掴まれていた腕は手刀で離された。
「あん!?なんだ一体・・・って総司、何やってんだよ」
「何って土方さんですよ、千鶴ちゃん引っ張って何処行く気ですか?」
気が付けばいつの間にか自由になった千鶴の手は、ちゃっかり総司の手と繫れている。
「何処って・・・会議だよ、今日は俺の部屋で数人でって言っただろう?」
「・・・それって千鶴ちゃんも参加ですか?」
「ああ、じゃなきゃ連れてなんか行かね~よ」
だから行くぞ、と促す土方に、はいはいと総司は軽く返事をする。
「・・・・・・・・・?」
「なんですか?早く行きましょうよ」
「・・・何でおまえと千鶴が手を繋ぐ必要があるんだ?」
「自分だって繋いでいたじゃないですか、僕はいけないんですか?」
そんな総司の言葉に土方は、はあ?俺が?と暫し黙りこむ。
千鶴の手なんぞ繋いだ覚えはないが・・・ただ、腕を掴んで引っ張っていただけだ。
それを繋いだと言い張って、自分はちゃっかり本当に手を絡ませている総司を見ると情けなくなってくる。
「俺は繋ぐとかじゃなくて、引っ張ってたんだ!おまえのは不純な動機だろうが!離せ!」
「嫌です」
・・・・は、早く部屋に向かった方がいいんじゃないかな…
とめどない文句の言い合いに、付き合わされる千鶴はその光景を傍観できるほど強くはない。
暴言応酬の度にびくびくしながら、千鶴は二人の喧騒を見ていた。
その時、後ろからすっと現れて千鶴の横に立ったのは・・・
「・・・これは何の騒ぎだ?」
「あっ!斎藤さん!」
思わぬ救世主の登場に千鶴の顔がぱっと明るくなる。
それを横目で確認した総司は何故か面白くない。
「これは実は・・・」
千鶴が斎藤に、この馬鹿馬鹿しい事態を説明しようとした時、不意にくいっと手を引っ張られた。
「はいはい、話終しまい。ほら、土方さん行きますよ?副長なのに遅刻なんてみっともないですしね」
「誰が引き止めてるんだ!誰が!!!」
そのままドスドスと荒々しく足音を響き私ながら部屋にむかう土方と、
さ、行こうね~とそのまま千鶴を引きずるように歩く総司と、引きずられる千鶴。
その後を、これが新選組の幹部のすることか、と溜息をつきながらついていく斎藤。
斎藤は総司の横に並ぶと、
「総司、手を離してやれ、繋ぐ理由は特にはないのだろう?」
「あるよ、この子、足遅いし、引っ張ってやらないと」
「・・・・それは引きずると言うのでは?」
今にも転んでしまいそうな千鶴を見て、斎藤は千鶴が不憫で仕方ない。
よりによって、総司に気に入られて、からかわれてばかりいる千鶴を、何とかしてやりたいと思うのは普通だろう。
「迷子になっても困るしね~」
全く気にせず引きずる総司に何とか、ま、迷子になんてなりません!と声を荒げて反論する千鶴。
その様子を見て、斎藤は総司が土方にしたのと同じように、・・・いや、それより強引に、二人の繫れた手を離した。
均衡を崩した千鶴はそのままべちゃっと床に倒れこむ。・・・と思われたけど、そのままその体は横たわることなく立たされた。
斎藤が、離した手ごと千鶴を引き上げてくれたみたいで・・・
「・・・・あ、あのありがとうございます。斎藤さん」
「礼はいい。行くぞ」
「はい!」
「・・・なんか面白くない展開だね」
「面白いか、面白くないかで物事を判断するな」
「はいはい・・・」
向かった先にはすでに新八、平助、左之が部屋の前で待ちぼうけを食わされていた。
「土方さん!遅~よ!何してんだよ」
「総司がわり~んだよ、ったく、おら、始めんぞ!」
「・・・そうやってすぐ部下のせいにする・・・副長のすることとは・・・」
「だ~!!うるさい!おまえはもう黙ってろ!」
眉間の皺をこれ以上ないくらい増やして腰を下ろす土方。
それにつられて円を描くように座っていく五人と、千鶴。
そして今更気が付いたように平助が口を開いた。
「なんで…千鶴もいるの?あんまり機密に関わらせない方がいいんだろう?」
その言葉に皆の視線は千鶴に集まる。
一斉にその視線を受けて気まずそうに俯く千鶴だけど、その視線を自分に向けるように、土方は、言いたくはないけれど、と、重い口を開いた。
「千鶴にしてほしいことがあるからだ。もちろん強制じゃないが・・・」
「千鶴に?」
「なんだよ、まさかまた潜入任務とか言うんじゃねえだろうな~」
「新八っつぁん冗談きついって!んなわけないじゃん!」
はははと盛り上がる二人を余所に、土方はむっと黙りこみ、総司は横に座る千鶴にちらっと目を向けると、何やら考え込むように思案する。
斎藤はその土方の表情でいきさつを何となく理解して、原田は盛り上がる二人を呆れたように見やった後、土方に声をかけた。
「・・・その、まさかだろ?土方さん」
「・・・・・・・ああ」
その返事にその場はシンと静まり返る。
「じゃ、話を進めるぞ」
そうして揉めに揉めた会議は開始された。
2へ続く