私が好きなのは…斎藤先輩だから・・・

チョコを渡したい。素直にこの気持ちを伝えたい。
普段あまり感情を表に出さない人だから、どう思われているかはわからないけれど…でも…
一人で抱えるには、大きくなりすぎた気持ちを・・今日は伝えたい。

千鶴は手提げの中に手を入れて一番奥に入れた小さい箱の…本命のものを指先で確認した。

『好いた男がいるのか?』という質問に、はい、と答えてこれを渡して…

先輩が好きです。と言う…

そう思えば、今日こそは!と思っていたのに、勝手に心臓がドキドキする。
頭の中で考えたように順番通りに、動けばいいのに、動かない体に焦燥の気持ちが湧き出てくる。

「千鶴?」
「え?あ、・・・はい。い、います」
「っ・・・・・・」


よし、今!と小箱を掴んだ手を斎藤に差し出そうとした時・・・

「ち、千鶴本命いるんだ!やっぱり!!」

悲壮感漂う悲鳴のような声が響く。

「・・・・・・へえ〜その男は果報者だねえ」

微笑んでいるけど、目は全く笑ってないです、沖田先輩。どうしたんですか?

「おまえらじゃないのはよかったけど・・・じゃあ誰なんだよ千鶴」

こ、これからっていう時に、そんなこと言わさないでよ!


・・・・・・・・・うう、忘れてた。みんなの前だった。
出来れば、二人の時に渡したい・・・

千鶴は掴みかけていた小箱から手を離すと、斎藤にちらっと視線を向けた。
驚いているようにも、ショックなようにも・・・何もその表情からはわからない・・・

あまり気にされてないのかな・・

少しめげそうになる気持ちをぐっと留めて、みんなに笑顔を向けた。

「あの、早く入らないとHR始まりますよ!」
「え、千鶴!ちょ、ちょっと待てって!」

走って校内に入っていく千鶴と平助の背中を何故か斎藤と、総司と薫は見ているだけで追わない。

「・・・・・・斎藤君は、チョコまだもらってないよね」

千鶴の背中を見つめながら、総司がぽつりと呟いた。
確かに渡そうとしていたように見えたけど…渡さなかった。それは・・・・・

「ああ、別に今年も貰えるとは限らない」

総司と同じように考えていた薫は、斎藤のその言葉に胸がキリっと痛む。
この男は・・・千鶴以上に鈍感だ。

「・・・・そうだね、千鶴は本命が出来たようだし、義理も制限しているかもしれないな」

・・・・・・そのはじき出された者の中に、自分が入っているのだろうか?と真剣に悩む斎藤の姿に、総司と薫は呆れた表情を浮かべながらも
これ以上は知らないとばかりに足を進めた。

「そうやって、今日くらいは落ち込んでてよね。・・・あ〜あ・・・・」
「今日だけじゃなく、ずっと勘違いしてればいいよ」
「・・・・・薫、それ、千鶴ちゃんもきっと泣くと思うけど、いいの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

訳のわからにことをツラツラ述べられて、二人もまた校内に入ってしまった。
・・どういうことだろう?



――昼休み。
食堂に向かえば、自然に目が一人の少女を捉えようと動くけど、今日はどこにも見当たらない。
学年が違う分、こういう時くらいは…見つけておきたい。
千鶴のいろんな表情を見るのが好きだから。
どんな表情も目に留めておきたいから。

ここで会えないと、放課後まで会えない。
・・・いや、下手したら、放課後も会えなくて明朝になることだって…

そう考えて斎藤は席を立ち上がった。
食べかけの学食を下げて、千鶴のいそうな場所へと向かう。

いつも以上に気が急くのは…千鶴の一言があるからだろうか?
本命がいる、と返事をした千鶴が頭に浮かび、胸が痛む。

心はかなり動揺して…でもそれを表情に出せば、優しい彼女がもし、自分の気持ちに気が付けば…
愛しく思う千鶴だから、そんな気遣いはしてほしくなかった。
今まで通り、それでいい。そう思っていたのに…でも気持ちとは裏腹に千鶴を探して走り出す体は、それを拒否しているようだった。

――千鶴、今、誰の傍にいる・・・?


「いつもありがとうございます。これ・・・」
「おっ!悪いな千鶴・・・バレンタインなんて去年までは学校では無縁のものだったからなあ・・・なんかいいもんだな」
「左之、それはあれか?あてつけか?まるで学校以外では貰っているような言い方だよなあ」

探していた千鶴は案外早く見つかった。
職員室前の廊下で、数学の永倉と、保健体育の左之にチョコを渡しているようだった。

物陰に隠れてそっと様子を覗っていると・・・

「しかし随分でかい手提げに入れてきたなあ。そんなに配ったのか?おまえも大変だな」
「た、大変だなんてそんな…感謝の気持ちですから」
「あ〜感謝、感謝ねえ…俺はそれ以外の気持ちもたまには受け取りてえよ…」
「言うなよ新八、余計に惨めになるぞ?・・・ったく・・・千鶴、今年はもう全部配ったのか?」

空になった手提げをちらっと見ながら、聞いてくる左之に、千鶴は、はい、と答えた。

「そっか、じゃあ待ってろよ。たくさん菓子もらって・・・おまえ少し持って帰れ」
「・・・・・それって・・・バレンタインのチョコじゃ・・・?そ、そんなの受け取れません!」
「そうだぞ!左之!おまえ、たまにはもてない奴のことも考えろよ!!」
「ば〜か、ちげえよ、うちの学校のどこにチョコくれる女がいるんだよ?そんなんじゃねえから、安心して持って帰れよ」
「あ、そ、それなら・・・頂きます」


・・・・・・・・・・

職員室の前で、新八と楽しそうに会話して左之を待つ千鶴に、斎藤は声をかけることなくその場を後にした。

全部配り終わった・・と言っていた。
ではもう・・・千鶴の好きな男にも渡したのだろうか?

自分が貰えなかったことよりも、千鶴が好きになった男にチョコを渡した。
それが胸を締めつける。
これからは…今まで通りに接しない方がいいのだろうか?
それは…口では簡単に言えるけど、でも、実際は難しい。心の奥で、無理だと気持ちが悲鳴をあげる。

教室に戻って、いつものような無表情を装うことも、今は煩わしかった。
斎藤はそのまま、通路突き当たりの、非常口のドアを開けるとその踊り場に座り込んだ。
風が髪を凪いでいく。
ぼうっと外を見下ろしていた時、不意に下に誰か人影がじっと見上げているのに気がついた。

「斎藤先輩!」

・・・・・・・千鶴?何であんなところに?

「あの!・・・・そ、そこで待っていてください!動かないでくださいね〜!」

自分に必死で手を振り、そう言い残すと、下からカンカンと千鶴が駆けあがる音がする。
いつもはうるさい、と思う人の立てるこの金属音が、今は大きく響くたびに嬉しい。

「・・・っはぁ・・・さ、さすがに・・・一気はしんどいです・・・」

頬を赤くして、肩を上下させて、それでもにこっと笑う千鶴に、ごちゃごちゃ一人で考えていたことはどこかに飛んで。
代わりに手が動いていた。
千鶴の乱れた髪を、そっと梳いてやれば、拒むことなく微笑んでくれる。

「あの・・・先輩に・・・渡したいものが・・・・」

・・・・・・渡したいもの?

「今までのチョコは・・・その、御礼の気持ちだったんですけど、今年は違うんです」

・・・・・・ん?チョコ?先ほど配り終わったと言っていたが・・・

「私は・・・斎藤先輩が好きです。これ・・・・う、受け取ってください」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

斎藤は千鶴のチョコを無言で、手をギシギシと動かせて、ぎこちなく受け取ると二人の間に訪れた沈黙。

「・・・・あの、それじゃあ私・・・これで失礼しますっ!」

ま、間がもたない!
緊張しすぎて、言葉も浮かんでこない!
どう思ったかはわからないけど、でも…きっと返事はくれるよね?それまで・・・待って・・・・

「千鶴」

くいっと引っ張られた体の背中には、自分とは別の体温。
走って体が熱い自分とは全く温度の差がある、冷えた手が、優しく包む。
それでも、触れ合う頬は同じに温かい…

「・・・どうすればいい?」
「・・・・・・・え?」

斎藤の言葉の意味がわからず、思わず聞き返せば、そのまま困ったような声が・・・耳をくすぐる。

「おまえのことが好きなのに、一月、待たねばいけないのだろうか」
「・・・・・・・・・・(す、好き・・・今好きって言ってくれた…って…??)一月?」

困ったような声は、、ますます戸惑ったように。

「ああ、バレンタインの申し出の返事は…一月後なのだろう?だが…一月も…気持ちがわかっているのに、このままでいるのは無理だ」

ぎゅうっと後ろから抱き締められて、とんでもなく可愛いことを言われて…
冷静に返事を出来る筈もなく。

「あ、あの、あの!大丈夫です!」
「俺は大丈夫じゃない」
「え、あ、その大丈夫じゃなくて…そうじゃなくて…」

傍から聞いたら頭を押さえてしまうような会話が続く。

「千鶴、今返事をしても構わないか?」
「はい・・・・・・嬉しいです・・・ふふっもう、返事くれたと思うんですけど…」

顔だけ横に向けて、何とか斎藤の表情を覗おうとすれば、ほっとしたような笑顔。

「・・・今日から…用がなくても・・・メールなどしてもいいのだろうか?」
「はい・・・・嬉しいです。私も、します」
「・・・声が聞きたくなったら…電話をかけてもいいのだろうか?」
「もちろんです!私の方がきっと多いです」
「いや、そんなことはない」

斎藤は千鶴の口元に耳を寄せるようにすると・・・

「おまえの声は、一番心地よく響く・・・ずっと聞いていたい」
「・・・・・・・・・・・・」

千鶴からしたら完全なパニック状態になっている。と言っても過言ではありません。
突然両想いになれたと思ったら、好きな相手が言いそうにない言葉をどんどん言ってくれるから。

「顔が見たくなったら…短い時間でも会いたい」
「・・・私もです」

少し前まで、そんなこと許されない、と思っていたことが・・・夢を見ているかのように承諾されていく。
夢じゃない。現実のことだ、と強く実感したくて、でも千鶴を壊してしまわないように、抱きしめて…

風が、まるで誘うかのように千鶴の髪を凪いでくれる。
見えた桜色の肌にそっと口付ければ、きゅっと軽く瞑る目。

見えない引力に導かれるように重なったのは、二人の幸せな気持ちだけではなく――






END