50000hitキリリク 沖千小説



「それは、私」




しとしと、と雨が土に染み入る音がする。
ぴちゃっと雨が葉に跳ね返される音がする。

・・・・・雨の日はいつもより気温が温かい気がする。

水は冷たいけれど、気温はいつもより肌をさすことなく、体を震わせるほどではないと思う。
それに、今体が温かいのは…

後ろから、首に顔を寄せた総司が目を覚ましたのか、すりっと顔を摺り寄せて来る。

「総司さん、起きたんですか?」
「うん・・・おはよう、千鶴」
「おはようございます。今日は…雨みたいですね、お散歩出来ませんね」

晴れた日に、外で空いた時間に、二人でのんびり過ごすのが千鶴は大好きだった。
今日はそれが出来ないと思うと、さみしい気がする。

「うん。散歩は出来ないけど…千鶴は雨は嫌?」
「嫌ではないですよ?晴れた日の方が楽しいことが多い気がして、つい。ほら、お洗濯物も乾かないし」

洗濯物ね、とははっと小さく笑った後に、総司は千鶴の向きを自分に向けると、いつものようにおはようの口付けをそっと落とした。
唇を軽く触れ合わせたまま、総司は嬉しそうに口を開いた。

「僕は、雨好きだよ。千鶴がいつもより忙しくなくて、傍にいる時間多いし」
「…晴れた日だって、傍にいますよ」

その状態が恥ずかしくて、少し身をそらしたのに。そんな千鶴にはお構いなしで、総司はまた距離を縮めると、

「君は何だかんだって動き回って、結構いないものなんだよ」

こういう時、話の合間に何度も啄むように口付けを落とすのは甘えている時。
恥ずかしいけど、嫌じゃない。嬉しいことだから、千鶴もされるがままになっているけど。

「決めた!今日は一日僕の傍にいること。離れることは許さないよ」
「い、一日ずっとは難しいんじゃないでしょうか?ご飯も作らなきゃ・・・・」

こう言い出したらまず引かない。そんなことはわかっているけど、それでも異を唱えてみる。
総司は暫く黙った後、にっと微笑んだ。
ああ、何か考えついちゃったんだ・・・・昔は振り回されたけど、今では可愛いと思うから不思議だと思う。

「・・・・・あ、千鶴、熱があるみたいだよ?大変だね、今日は寝てなきゃね」
「熱なんかないです」
「大丈夫、僕が一日ずっと傍にいてあげるから」
「ないですってば!もう~……私だって傍にいたいんですよ?でも、やるべきことはちゃんとしないと・・・むぐ~」

総司を諭して朝食の準備を、と思ったのに、口は手で塞がれてしまった。

「はあ、真面目だね?なんか土方さんみたいだよ」
「もが~~~(だって本当のことです)」
「そこら辺がさ、なんだか僕の方が、僕ばっかり傍にいたい気持ちが強いみたいでさみしいんだよね」
「・・・・・・・・・・」

千鶴が黙ったのを見て、口にあてていた手をそっと離すと、もう一度口付けを落とした。

「もう今日は何もしないで、総司さんの傍にいたいんです。とか、言ってくれてもいいんじゃない?」
「・・・・・・・・でも」
「ち~づる、たまには僕が参ったな~って困るくらい我が儘言わないと」
「・・・・・・今日は、何もしないで総司さんの傍にいたいです」

実際、何もしないのは無理だと思うけど。乞うような視線で見つめられてはそう言わざるを得ないというか。
・・・・・でも、とっても嬉しい・・・

「・・・・・・・うん、傍に、いなよ。・・・・・・・これ、これからもたまに言ってね」
「はい」
「・・・今日はじゃあ僕がご飯の支度する」
「はい・・・・・ってええ!?総司さんが!?」

正直、ここに住みだしてから総司がご飯の支度をしてることなど一度もない。
千鶴にそこまで反応されると思わなかった総司は、少し不満そうに口を尖らせた。

「僕だって、ご飯くらい作れるよ・・・屯所にいた時は食事当番だってあったし」
「そ、そうですけど・・・・・」

でも味の定評はよくはなかったけど・・・・

「千鶴、何食べたい?」
「え?何でも・・・・私も手伝いま「ダメ。今日は僕が作るの。あ、あと、作る時はちゃんと僕にひっついてなきゃダメだよ」
「・・・それって私、邪魔なんじゃ・・・」
「僕が君を邪魔に思うこと、あると思う?」

こつっとおでこを突かれて、視線を合わせれば、優しい笑顔がそこにある。

「いえ・・・///あ、あのそれじゃあ・・・お粥がいいです」
「お粥?そんなのでいいの?」
「はい、総司さんが私に…昔作ってくれたの覚えてますか?あれを・・・・・」
「・・・ああ、あれね」

二人して、少し気恥ずかしそうに顔を合わせてそっと笑う思い出は・・・・・・・・・・・


「千鶴ちゃんが倒れた?何で」
「総司、心当たりあるだろう?」

何やら桶に水を汲んで運ぶ斎藤に総司が声をかければ、なんだかきっと睨まれて、千鶴が熱を出したと聞かされた。
心当たりと言えば・・・ある。

「ああ、昨日池に落ちたんだよね、それ?」
「おまえが落としたんだろう」
「違うよ、千鶴ちゃんが勝手に落ちただけ」

間違ってはいない。
千鶴が池の傍で佇んでいたのを後ろから驚かせてそのまま抱きあげれば、抵抗して、身を逃れて・・・足を滑らせた。
それが事の顛末。

「この寒い中池になど落ちたら風邪をひくに決まっている」
「ちょっと待って、何で僕が落としたって思うの。千鶴ちゃんがそう言った?」
「いや、勘だ」

勘だけで言われたらたまらない。たまらないけど・・・馬鹿には出来ない勘だ。

「おまえも悪いと思うのなら、看病でもしてやれ」
「誰が、僕はそんなに暇じゃないから」

ふいっとそのまま立ち去る総司に斎藤は溜息をついて、千鶴の部屋へと向かったのだけど。
千鶴の部屋に入れば、左之や平助も見舞いに来ていた。

「・・・なんだか、皆さんにこんなに心配して頂いて、申し訳ないです。すみません・・・」
「細かいこと気にすんな。いいから・・・ゆっくり休めよ」

左之がゆっくりと首やおでこに浮かぶ汗を拭って、軽く頭を撫でると、少しだけしんどそうな顔に笑顔が浮かんだ。

「はい、ありがとうございます原田さん」
「千鶴、治ったらさ、どこか遊びに行こうぜ!またうまい菓子おいてる茶屋見つけたから!」

ひょいっと天井ばかりが目に映る千鶴の視界が、突如平助でいっぱいになって。
その笑顔に元気を分けてもらえるような気がして、千鶴はまた笑顔を浮かべた。

「うん、ありがとう平助君」

言葉の終わりに、前髪をすっと梳かれて寄せられるとそのまま、冷たい手拭いがおでこに置かれる。
ひやっとした感覚がとても気持ちいい。

「ありがとうございます、斎藤さん」
「いいから、もう目を瞑っておけ。治るものも治らない」
「はい・・・・・」

目を閉じて、皆の小さな雑談を何となくぼうっと聞いてしばらく経った後、眠りが訪れそうになってきた。
意識がきれそうな時に、千鶴の様子はどうだ?と土方が様子を見に訪れたのがわかった。
眠りかけていた瞼は重くて、開かないけど。それでも頭は少し覚めて、皆の会話は耳に入ってくる。

「なんだ、おまえら揃いも揃って…」
「そう言うなって。そういう土方さんだってそうだろ?」
「ああ、まあそうだが・・・・・おまえらもう部屋出ておけ」
「何で?オレもう少し千鶴の傍に・・・」「千鶴をこの状態で放る訳には・・・」

理由を言わなければ離れそうにない三人に、土方はぽりっと頬をかくと、あ~と切り出した。

「おまえらがここにいたら、来にくいだろ?風邪引かせた張本人が」
「総司なら、そんなに暇じゃないと言ってどこかに・・・」
「勝手場で粥作ってたぞ」

・・・・・・・・・・・・・・・し~ん・・・・・・・・・・・・・・

「ま、まじで!?総司が!?へえ~・・・・」
「というか、総司の味付けで大丈夫なのか?あいつ大雑把な味付けしかしねえし」
「まあ、食える物で作っていることだし、食えない訳じゃないだろ」

その時、まがまがしい気と共に障子戸がバンと思い切り開いた。

「お、おおっ!?そ、総司!もう出来たのか?」
「食えない訳じゃないお粥だけどね」
「ま、そ、そう言うなよ。たまにゃ気が利くじゃねえか」
「・・・・・・・・たまに?僕はいつも気が利きますよ。こんな居候の女の子にお粥作るくらいね」

ふん、と顔を逸らす総司に、残りの四人はなんだかおかしそうで。

「素直じゃない奴は大変だな」
「左之さん、誰が素直じゃないって?」
「総司突っかかるな、千鶴に持ってきたんだろう?早く食べさせて・・・・それは何だ?」
「何って、お粥」

おかゆとは程遠い色。
何やら材料も沢山…元が何かわからないくらい潰れている。

・・・・・・千鶴はこれを食べさせられるのか?

「…まあ、大丈夫だろう。んじゃ、総司。しっかり看ろよ?」
「え、土方さんあれ、放っておいていいのか?」
「そうだよ!だ、誰か味見しないと・・・」
「左之さん、平助、どういう意味かな?喧嘩売る気…「千鶴の為に、総司なりに頑張って作ったものだろう。きっと自分で味見もしている」

その斎藤の言葉に、土方はおかしそうに笑いを堪えて、左之と平助はへえっと総司をじっと見て、総司は珍しく居心地悪そうに斎藤を睨んでいる。

四人がようやく部屋を出た後、総司は千鶴の傍に腰を下ろした。
そして…千鶴の鼻を思い切りムギュ~っとつまんだ。

「い、いたた・・・沖田さん手!手!」
「だって君、寝た振りしてたから」
「・・・・・・・・ね、寝た振りだなんてそんな・・・」
「全部聞いてたでしょう?顔が青くなったり赤くなったり、よく見えたよ」

そう言われれば返す言葉がない。確かに聞こえてはいたけど…

「で、でも寝た振りをしようと思った訳じゃ・・・「いいけど、どうせ食べたくないんでしょ」

表情を変えず、そのままお粥?を自分の後ろにずらす総司の手を、千鶴は慌てて跳ね起きて止めた。

「た、食べます!せっかく作ってくださったのに・・・」
「みんな変な顔してたけど、食べるの?」
「はい。だって沖田さんが私の為に作ってくださったんでしょう?」

にこっと微笑んで、嬉しそうに翡翠の瞳を見つめれば、総司は何故か目を見開いたと思うとそのままばっと顔を逸らしてしまった。

「あの、沖田さん。どうかしました?」
「何でもない!・・・食べるなら早く食べなよ、冷めたらもっと美味しくなくなるよ」
「はい、じゃあ・・・頂きます」

自分でお粥?を小皿にとって、ゆっくりと食べる。
一口食べたら、お粥じゃないけど…でも優しい味がする。

「雑炊、ですよね。この味付け。美味しいです」
「・・・食べられる?いろいろ・・・ごちゃごちゃ入ってるけど・・・」
「はい、美味しいです。栄養つけようと思ってくれたんですよね、ありがとうございます」
「・・・君さ、そういうことをさ・・・」
「はい?」
「わかってるなら、口に出さないでよ。恥ずかしくないの?」

言葉はぶっきらぼうだけど、でも、自分の目に映る彼は言葉通りではなくて。
照れて、頬をほんのり赤らめる総司の表情に、千鶴の方が意識してしまう。

お粥のおかげかどうかは…わからないけれど、千鶴の熱はその日の内に引いたのだった。



「私、あの時、総司さんは優しいんだなって思ったんです」
「・・・それまでは思わなかったの?」
「だ、だって、いつもからかわれてばかりで…でも、今ならからかいの中にも優しさがあったって思えます」

にこっと総司を見つめて話す千鶴に、総司は同じように笑顔を返して。

「僕は…いつも君に逃げられてばかりで。あの時初めて…君に、正面から微笑まれたんだと思う、だから・・・」
「…だから?」
「その時、君にまいったのかな?」
「ま、また…そんな素振り全然…」
「うん、自分でもよくわかってなかったけど、そうだったよ。…その笑顔を僕は見ちゃったから、君が他の人にも向けて笑っているのを見ると気が気じゃなくなった」
「・・・・・・・う、嘘です。そんな・・・「嘘じゃないよ」

千鶴の頬にそっと手を添えると、今は当たり前のように向けられる千鶴の視線を自分に向けさせて、

「あの時、みんなが君の部屋にいて、みんなが君の心配して…君は愛される子だったよね」
「…はい、皆さんとても…優しくしてくださって…」

皆が自分に微笑んでくれている。そんな表情ばかりが、頭にすぐに浮かぶのは、大事にされていた証。

「僕は、千鶴じゃなきゃダメだった。君しか、心にいなかった。けど君は僕じゃなきゃいけない訳じゃなかった」
「そんなことっ私にだって総司さんじゃなきゃ・・・「千鶴、聞いて?」

愛おしむように、頬を撫でる総司の手に、自分の手をそっと重ねて、総司の言葉を待つ。
・・・何を、言いたいんだろう?

「あの頃は自分の気持ちに何となく気づいても…目を逸らして知らない振りして、でも、君を放っておくことは出来なくて。
結果、からかうことになっちゃって…素直じゃなかった僕に・・・」
「君はそれでも付いて来てくれた。今、腕の中にいてくれる、だから・・・」
「今は自分の気持ちに素直でいたいんだ。傍にいたい。構いたい。甘えたい。愛したい・・・」

一言一言、言葉を紡ぐ度に体を優しく包まれて、それと共に胸が締め付けられる。

「普段はこれでも我慢している方なんだよ?本当は…今日みたいにずっと抱きしめていても、足りない」

言葉尻にきゅっと抱きしめる力が強まって、心が轢む。

「君を大事にしたい。君の言うことを聞いてあげたい。願うなら、何でも叶えてあげたい。そう思うのに・・・」
「こんな日は心が揺れるんだ、傍にいたい…君を困らせたくないけど、離れられない…」
「愛してるよ、愛してる…千鶴、千鶴・・・・甘えてばかりでごめんね」

溢れそうな、狂おしいほどの愛情を瞳に浮かべて、見つめあったのも束の間、繫ぎ合った唇から、想いがどんどん、どんどん伝わって来る。

・・・愛してる、愛してます。私だって同じくらい、ううんそれ以上に・・・

これだけの愛情で包んでくれる人はいない。
深くなる口付けで伝わるものに、自然に目に熱いものが込み上げてくる。

愛される喜びを、心に、体中に刻まれて、こんなに幸せな私。
貴方にも、同じように思ってほしい。
私がどれだけ愛しているか、どれだけ傍にいてほしいか。

少しでも伝わるようにと、息継ぐ合間に刹那離れた総司の唇に、そっと千鶴から寄せていく。
言葉では伝わりきらないお互いの想いは、苦しくなるほどに胸を轢ませて、だけどそれが愛おしい。
心に灯る熱は、次第に体にも広まっていく。




総司さん、違うんです。甘えているのは、私です。
あなたが愛してくれるから、・・・それがわかっているから。
離れて家事をこなす間、総司さんがいつも私を見つめてくれるから。かまってほしいと視線を投げかけてくれるから。

それがあるから…その愛情に甘えて、ほんの少し、離れられる。
それがなかったら、傍を離れられないのは…

――それは私なんです――


熱に浮かされるように呟いたその言葉に応えるように、総司の乱れた吐息を感じたと思った刹那。
一瞬だけ優しく触れるだけの口付けをくれる。
仰ぎみればいつだって優しい微笑みを向けてくれる貴方に、同じように微笑みを返して。

あなたが好きになってくれたと言うのなら、いつだってあなたを見つめています。

だから、ずっと、好きでいてください。
傍に、いさせてください。




END










一樹詩幼様

50000キリリクありがとうございました!!
あ、あの…これで大丈夫でしょうか?長くなったし…お、思い出に浸ってはいないし…
すみません(汗)甘さだけはあると思います<m(__)m>
そして千鶴視点に!…なってますか?(汗)
こんなものになりましたが、頑張って書きましたv

ちなみに、この後総司さんは愛を確かめあった後、三食分のお粥(雑炊)を作るつもりです(笑)
これで二回分の支度時間も一緒にいられる♪とか、かわいいこと考えています^/^

楽しんで頂けたら嬉しいです(^^ゞ