よい夫婦の日



沖千SS『呼ぶ声に誘われて』




※オールの漫画に目を通して頂くとわかりやすいかと。




今、私の肩には風間さんの手が添えられている。
添える…というには強く、掴むというには弱く。
けれど、逃がさない。このまま連れて行く。そんな意思を感じる。
この場に皆はいない。
騒ぎたてて、助けを求めて、いいのだろうか?
誰か――誰に―――

千鶴は、口を開けては声を出そうとするも。
何故か声が出ない――
何度か、声を出そうとして、漸く小さく発せられた声が呼んだ名は―――


話は数日前に遡る。
頼まれた繕いものをしようと襖を開けてみれば、いつもの場所にはなく。
そういえば、隊士たちがこの間掃除をしていたのを思い出す。

どこに片付けたのだろう?

千鶴はこの部屋からは移動していないだろうと思い探すも、手の届くところには見えず。
千鶴からは手の届かない上段の方に片付けられたのだろうか?
そう思い、ぴょんぴょんとその場で跳ねて、何とか棚を確認しようとした。

探していた反物と針道具が、上段の奥の方にしまわれているのを目の端で見つけた。

「あんなところに…どうしよう…えっと…」

とても自分では届きそうにない。
這い上がれない訳ではないとは思うけど…さすがにそれは…

「ここは大人しく誰かに頼もうかな」

うん、と一人頷き部屋を出れば、丁度廊下の先に左之が新八や平助と共に何やら話しこんでいるのを見つけた。

原田さんなら楽に届くよね。お話中に申し訳ないけど…お願いしてみよう

頼まれた繕い物はなるべく早く済ませた方がいい。
そのまますぐに、原田に向かおうとした千鶴の体は何故か、首根っこを掴まれて、部屋に引き戻された。

「く、苦しいっ…」
「ああ、ごめんごめん」

くすくす、と笑いをこぼして、首から手をぱっと放されて。
振り向かなくてもわかる。この声、笑い方、こんな掴み方をするのは…

「…何ですか、沖田さん」
「何でしょう」

目を細めて、千鶴に問う総司の表情は何か思惑があるような含み顔。

「わからないです…」
「君考える気ないよね。千鶴ちゃんは何しようとしてたの?」
「私は繕いものをしようと思っていたんです」

そうだ、早く行かなければ原田さんがどこかに行ってしまうかもしれない。
そう思ったせいか、千鶴は若干口を早めていたらしい。
千鶴が切り上げようとしていると思ったのか、総司は表情をすっと無に戻して、わざとにゆっくり話す。

「ふうん・・何だか…僕より忙しそうな感じだね」
「そんなことは…」
「繕いものね。じゃあすれば」
「え?・・・あのしたいのは山々なんですが・・・道具が・・」

場所が変わっていて、届かない。
そう言いた気に千鶴は押し入れの上の方を眺める。

「うん、あれじゃ届かないよね」
「はい、ですから・・取って頂こうかと」
「・・・・・・・・誰に?」
「あ、原田さんに。廊下の先にいたんです」
「今も左之さんに頼もうと思ってる?」
「?はい…」

何も考えず、はい、と答えた千鶴に総司は笑顔になる。
見せかけだけの笑顔だ。
この表情の時は…実際、内で何を考えているのか見当もつかない。

「千鶴ちゃんは、左之さんに頼みたいんだね。左之さんが、いいってこと?」
「え・・・そういう訳では・・あの、誰か探そうと思っていた時にすぐに見つけたのでお願いしようかと・・」
「・・・・・・・へえ、見つけて、ねえ・・・」

こ、声に不機嫌が滲んでる。
私何か言っただろうか??
千鶴は慌てて必死になって考える。でも頭の片隅では繕い物をしないと…そう考えて・・・ふと、目の前にいる総司を見て。

・・・・あ、沖田さんにお願い・・してもいいのかな。
でも不機嫌そうだけど・・・

それでも、目の前にいる総司に頼まずに、離れた場所にいる左之に頼むのはどうかな、とも思うし。
そう考えた千鶴は、物怖じしながらも、総司におずおずと口を開いた。

「あの、沖田さん・・・」
「・・何?」
「道具箱と、反物・・取って頂けるでしょうか」
「僕に頼むの?」
「はい、お願いしたいんですけど」

てっきり、もっと不機嫌になるかと思われた総司は、何故かにこにこ顔を緩めていく。
上機嫌の、表情にぱっと変わって。

「いいよ、取ってあげる」
「ありがとうございます」

いとも簡単に、それを取った総司は千鶴にそれを渡そうとした。
千鶴も頭を下げて、また御礼を言いながらそれを受け取ろうとした、が、何故かひょいっと避けられた。

「・・・・・・あの?」

まさか、こんな悪戯がしたかったのだろうか。
楽しそうな総司を見ると、そんな思いがどうしても浮かんでしまう。
困惑する千鶴とは裏腹に、総司はそのまま道具と反物を、後ろ手で持つようにしてしまった。

「・・・・あの~・・・」
「あのね、みんな忙しいんだよ。君みたいなのに構う暇はないんだよ」
「・・・?」
「だけどそれじゃ君が・・・可哀想だし、仕方ないから・・僕は、構ってあげる」

何が言いたいのだろう?
ますます困惑して、首を傾げる千鶴に、総司は鈍いなあと小さく一言漏らした。

「鈍い?」
「・・・今日みたいに、困ったら。僕を呼びなよってこと」
「・・沖田さんに、お願いしても構わないってことでしょうか」
「うん。・・・正確には、みんな忙しいから、こういう時には僕にだけ、頼みなよってこと。わかった?」

皆さんそんなに忙しいのだろうか。
総司の言葉を真に受けて、それなら沖田さんの厚意に甘えようか、そう思って、はいと頷く千鶴に総司は笑みを深めた。

「じゃあ問題、重い荷物をたくさん運べと言われました。どうする?」
「一人で何回かに分けて運…・い、いえ。・・沖田さんにお願いしてもいいんでしょうか?」

途中、むっと顔をしかめた総司に、慌てて会話の前後を思い出して。
気が引けるけどそう言えば、うん、正解と頷かれた。

「じゃあもう一問。外に出かける機会があったとして、誰と出かける?」
「(私一人で出る機会なんてないから、誘われた人と、だろうけど…きっと…)沖田さん・・・」
「うん。正解」

口を三日月にして喜ぶ様は本当に嬉しそうだ。

「じゃあ、最後。千鶴ちゃんが危ない目に合った時、助けを呼ぶのは?」
「沖田さんです」

今度は迷わず、はっきりと答えた。
何だか不思議だと思うけど、こんな時には僕を――そう言われたことで、何度も「沖田さんです」と紡ぐことで。
本当に想像した時に、総司の顔が浮かぶようになる。

「正解、ちゃんと覚えておいてね。君が呼ぶのは・・・僕」
「はい」

お願いします。と頭を下げれば、うん。仕方ないから駆けつけてあげるよ。と言いながら、総司は背に持っていた道具箱と反物を渡してくれた。



「・・・沖田さん・・・沖田さん」
「・・騒いでも無駄だ」

行くぞ、と風間は千鶴の肩を掴む手を少し強めた。
それに反するように、声が出る。

「沖田さんっ・・・!!」

このまま連れて行かれたら、もう戻れない。
迎えになど、きっと来てくれない。
そう思ったら、胸が押しつぶされそうで、声まで不安に押しつぶされて・・・
叫んだつもりでも、蚊の鳴くような声しか出ない。出なかった。なのに…

「その子をどこに連れて行く気?」

背後から唐突に現れた気配。
かけられた声。

『駆けつけてあげる』

本当だった。来てくれた。
振り向けば、いつもと同じ表情で、いつもと同じ態度で、「うわ、千鶴ちゃんひどい顔」と一瞬笑顔を浮かべて、すぐに厳しい表情になる。

「その子に触れないでくれる?その子の居場所はそこじゃない」
「ここだからね」

言うや否や、刀を抜いて構える総司に、風間はちっと舌打ちを漏らした。
狭い廊下、千鶴を抱えたままでの戦いは・・・風間に歩が悪い。
かと言って、千鶴を離せば、すぐに助けを呼ぼうとするだろう。

今日この宿には新選組の幹部の者どもが集まっている。
さすがに全員を相手に千鶴を連れ去るのは・・・難しいだろう。
連れ出す好機だと思ったが・・・

天霧や不知火を連れてくるべきだったか、と眉間に深く皺を刻むと、千鶴を掴んでいた手を離した。
とたん、千鶴は総司の方に向かう。その先の部屋には皆がいる筈だ。助けを・・・
そう思ったのに、総司を駆け抜けようとした時に、総司に手を掴まれた。

「いいよ。殺るなら、僕一人で十分」
「でも・・・・」
「・・・・・貴様ごとき一人くらいはどうってことはない。・・・が、今日は退く」

忌々し気にそう言葉を吐くと、そのまま踵を返して風間は去って行く。
その様子に、千鶴はほっと安堵を漏らした。

「・・・あの・・ありがとうございます。沖田さん・・・」
「・・・ちゃんと呼んでくれたからね」

あの小さい声が、届いたのだろうか。
本当に、どんな声でも・・・届くの?
胸の中が温かい。
今まで、感じたことのない胸の締めつけと共に、頬に熱がともる。

「千鶴ちゃんが無事でよかったよ・・さ、部屋に戻ろう」
「はい」

そのまま、手を繫れて部屋に戻る。
もう一度御礼を言って、それじゃあね、と部屋を出るのかと思われた総司は何故か、出て行こうとしない。

「・・・・・・・あの?」
「うん?」
「沖田さん・・戻らないんですか?」

まだ宴会の最中じゃ?そう思って千鶴が首を傾げれば、ああ、実はね、と総司が笑顔を張り付ける。
ああ危険な笑顔の方だ・・・・
咄嗟に後退してしまう千鶴の腕を、総司がそうはさせないとばかりにぎゅっと掴んだ。

「千鶴ちゃんに話があって」
「お話ですか」

何だろう。でも話を聞くくらいなら…そう思い、ほっとして構えをといたのが悪かったのかもしれない。

「君、何でみんなの背中流してるの?」
「え?・・・・・・・だって、あの、沖田さんが・・・」
「僕は・・みんなの、なんて言ってないよ。背中流してってそれだけでしょう?」

腕を掴む手に少し力が込められる。痛い。

「なのに、どうして・・・みんなの背中流すことになるのかなあ?」
「あ、あの・・・」
「平助にもすごく苛々したけど、千鶴ちゃんも、楽しそうにも程があるんじゃない?僕の知らないところで左之さんにもお菓子貰ってたみたいだね。
土方さんは・・・気をつけなきゃ駄目だよ?食べられるよ」
「た、食べられるって・・・」

すっごく感情のこもらない、抑揚のない声で次から次へとお説教を受ける。

「斎藤君なんて・・・絶対見られたでしょう・・・後で僕も見てやる…あと聞きたかったんだけど・・・」
「はい…」

何だかものすごく不安なことを言われたような気がしたけど、ツッコむと後が怖いので止めておく。

「斎藤君、どうやって助けたの?君がちゃんと僕に(本当は平助にも)知らせたのは偉かったよ?だけど、浴場に駆けつけた時・・」
「?」
「斎藤君、すでに端まで寄せられて、岩場に寄りかかっていたよね。あれ、もしかして・・・」
「あ、私です。斎藤さん浮かんでいてびっくりしてそれで・・・」

ピシっと、総司のこめかみに血筋が浮かぶ。
張り付けていた笑顔さえなくなり、怒りを表情に素直に出して・・・思い切りつねられた。

「痛い~~~!!」
「・・・それ、まさか着替えもせずに・・・?」
「は、はい・・だって、浮かんでいたんですよ!?」
「うるさい」

ぎゅうううううっと抓ねる力が増えた。

「痛い・・・・・・」
「僕の方がもっと痛い」

何で沖田さんが?
ううっと涙交じりの目を総司に向ければ、ようやく離れた手。
頬がジンジンする。だけど、そんなことを忘れてしまうくらい突然の感触に神経を全部持っていかれる――

沖田さんの、翡翠の瞳が目の前に、そう思ったら、唇に感じた柔らかい感触。
一度優しく重ねられて、唇で唇を撫でるような、愛しむようなそんな感触に思わず目を瞑れば。
薄く開いた唇の隙間から、捻こまれたものが千鶴の舌を絡めとる。
ゆっくりと絡め取られた後、次第に思いを伝えるように口内を強く蹂躙されて――

息が続かない。苦しい・・・
頭の芯が痺れるような感覚に、体が浮かされるように感じながらも、空気を求めて口を開けば、もっと深く、深く――
途中漏れる吐息が合わさって、甘い声となって、より深い口付けを誘うように。

いつの間にか強く抱きしめられていた体は熱を帯びて。
総司に縋りつくように指に力が入る。
反対に、千鶴を抱き寄せる総司の腕は優しくて…その腕が千鶴の背中をゆっくりと撫であげた後、頬に添えられた。
絡み合った舌を、最後に吸い上げるようにした後、漸く離れた唇。

上気した頬。どう言っていいかわからない感情を抱えたまま。
総司を見上げる千鶴に、総司は一度微笑んだ後、首元に顔を埋めた。
熱い吐息と、優しく触れる唇。ちりっとした感覚が伝わる・・・
所有印を刻みつけて、名残惜しそうに離れる総司。

たった一時、隙間なく抱き合っていた体は、それがさみしいと訴えるように温かさを求めている。

「・・・見せたら駄目。駄目だよ・・・もっと用心してよ」
「・・・・・・・」
「千鶴ちゃん、ぼうっとしてどうしたの?もっとしたかった?」
「・・っち、違っ!い、いきなり・・・沖田さんがこんなことするから・・びっくりして・・・」

言いながら、自分でもどうなのだろう、と思う。
抱きしめられたのが、あまりにも心地よくて、胸が震えたから・・・

「千鶴ちゃんは・・・僕じゃなくても・・・今みたいにするの」
「・・・・え?」
「だって、抵抗も何もしなかったし。・・するの?」
「し、しないですっ!!今のは沖田さんだから・・・」

・・・・・・沖田さんだから?

自分でも言葉にして、目を丸くする。
沖田さんだから、嫌じゃない?

黙りこんだ千鶴に伸びた腕。
気がつけば、もう一度腕の中に。

「僕、だから・・・僕が好き?」
「・・・・・・・・」
「返事がないなあ・・・千鶴ちゃん、僕が好・・」

好きとかよくわからない。
けど、沖田さんの腕の中に閉じ込められると、感じたことのない感情に捉われて、いっぱいになる。
愛しい、とはこういうことなんだ

好き?と尋ねる総司の問いに、千鶴も腕を回して抱きしめて応える。
千鶴らしい答えに、総司は千鶴の顔に愛しそうに自分の顔を摺り寄せた。

「僕を呼んでたら・・・好きになった?」
「・・・・多分」
「多分って・・・じゃあ、千鶴ちゃん問題。君がさみしい時、・・誰を呼ぶ?」
「・・・沖田さんです。・・・駆けつけて・・来てくれますか?」

鼻先が触れあう距離で、不安そうに視線を向ける千鶴。

どうして・・・こんなに好きだよ、と表現しているつもりなのに・・・不安そうなのかな。
千鶴ちゃんらしいけど。

「もちろん――飛んで行く」

嬉しさをそのままに、総司はおでこを擦り付けて、ん~とじゃれるようにした後、今度は優しく触れるだけの口付けを、長くそのまま。
お互いの気持ちを感じあえるように・・・







END








甘い沖千が書きたかった…それだけに尽きるような作品になりました(笑)
今までで一番口付けいっぱい書いた気がする…
他の人に頼る千鶴なんて、総司さんは見たくないんです。
だから僕を呼べと…でも何故?と聞かれて、そのまま言うのは嫌だったので、
「他の人は忙しい」って理由を無理やり…
温泉の背中流し、一番気が気じゃなかったのはきっと平助君だと…
あのほのぼの空気はすごいと思うので…
ちなみに、沖田さんは背中流しで苛々していたので、お説教だ~って思ってたところ、
ちー様が連れ去ろうとしているのを見つけたんです。
これも運ですよね(笑)
この後、沖田さんと千鶴はずっとラブラブだといいよ。うん。

では、読んでくださりありがとうございました!!