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「夢の中でも」千鶴ver

ここは?どうして私は一人で立っているんだろう・・?

今ではもう見慣れた京の町の中、奇妙なことに周りには人がいなくて、静かで・・・
いつもなら必ず傍にいてくれる、あの人もいない。

しーんとした町並みを、誰でもいいから人を見つけたくて、無性に不安に包まれて走り出そうとする。

「千鶴、どこへ行くんだ」
その時耳に届いた声はずっと聞きたかった懐かしい優しい声。振り向けばずっと会いたかった、探していた・・・

「父様!」
千鶴はすぐに傍に駆け寄って、その腕を離れないように掴んだ。

「どこにいたの!探して・・・探していて・・・」
頭の隅で、これは夢だと、そう認識してはいるけれど、夢にも最近は見ることがなく、久し振りに見る父親の顔をしっかり心に留めようとじっと顔を見つめる。
「千鶴は・・・どこにいるんだい?」
千鶴の問いには答えずに、綱道は質問を返してくる。

「京に・・・新選組に身を置いているの・・・」
その答えに綱道は顔を曇らせて・・・
「一人でさみしかろう・・・私の元へおいで、迎えをよこすから・・・」
「・・・迎え?・・・・でも・・・」

不意に『千鶴ちゃん』と親しみを込めて呼ぶ声が頭に響く。
声とともに浮かんだ総司の笑顔が浮かんで、綱道に素直にはいと頷くことができない。

「・・・・誰か想う人がいるのかい?」
「え?・・・・・・う、うん・・意地悪で、からかわれてばかりだけど・・・本当は優しくて・・・その・・・好きなんだと・・・」

夢の中とは言えど緊張して声が上ずる。本当にこんな話が出来る日が来たらいい・・そんな風に願いながら千鶴は言葉を連ねていく。

「いつかは千鶴もお嫁にいってしまうとは思っていたが・・・こんなに早いとはなあ」
「お、お嫁って・・・まだそんな・・・そんなんじゃないよ・・・」

千鶴は総司のことを慕っているけど、そんな約束された未来など、見当もつかない。
恥ずかしそうにしながら俯く千鶴に、綱道はさみしそうに言葉を紡いだ。

「お別れのようだ、千鶴、元気で・・」

お別れという言葉に千鶴ははっと顔を上げる。目の前で霞んでいく綱道に必死に手を伸ばしながら、

「待って!沖田さんの元へお嫁にいくなんて言ってない!ずっと傍にいるから・・・行かないで!」

叫んだと同時に辺りの町並みが白く溶けていく。
ああ・・夢から覚めてしまう・・・・





目を瞑ったまま、意識は覚醒していく。夢の出来事をこんなに覚えているのは珍しい。
朝日を閉じた瞼越しに感じながら、千鶴はゆっくり目を開けていく。
見慣れた屯所の、千鶴の部屋の天井が目に入るはずだった。けど、真っ先に入ってきたのは・・・

「・・・・・・お、沖田さん!?」
「・・・おはよう千鶴ちゃん、よく眠れた?」

自分を覗き込むようにしながらにっこり微笑む総司にわたわたしながらも、髪はぼさぼさじゃないだろうか、変な顔してなかっただろうか、そんなことを考えながら、恥ずかしくて布団で顔を隠すようにして、

「・・・おはようございます・・・」
「うん、おはよう・・・って布団に潜ったらまた寝ちゃうんじゃないの?」
「い、いえ・・・それは沖田さんがそこにいるから・・・」

僕がいるからってなんで潜るのさ、と苦笑いを浮かべたあと、総司は少し考えこむように視線を千鶴からそらす。
再び視線を千鶴に向けた時はいつもの笑顔。

「ねえ、いい夢でも見たの?」
「・・・え!?沖田さんいつからそこにいたんですか?」
「質問は僕が先だよね?」

有無を言わさず笑顔で圧力をかけてくる総司に、千鶴は先ほど見た夢を思い出す。
父親の夢だけど・・・父親に総司のことが好きだと話したと言えば、総司はどんな反応をするのだろう・・・
そんなことを考えてつい頬に熱が集まる。だけど・・・

きっと嫌われてはいない。・・・自惚れじゃないと信じたいけど、確かな言葉をもらったわけじゃない。
もし違っていたら、ひかれてしまうかもしれない。

・・・やっぱり言えないよね・・・

「夢なんて・・・見てないです」
「・・・ふうん・・・本当?」
「は、はい!見たかもしれないけど・・・覚えてないんです」

じ〜っと千鶴を見透かすような視線で見てくる総司に、居心地の悪さを感じる。
しばらくその状態が続いた後、総司は何事もなかったように口を開いた。

「千鶴ちゃん、今日食事当番だよね、さっさと起きた方がいいよ?」
「は、はい!すぐに・・・」


千鶴は返事をしながら違和感に気が付く。
総司の表情、にこっと笑って、いつもと変わりない口調だけど・・・醸し出す雰囲気が少し違う。
どこか尖っていて、近づきにくい、そんな空気を繞っている。

そのまま部屋をさっさと出て行った総司に、まだ屯所に来たばかりの頃を思い出した。
あの頃、食事当番を忘れて、起こしに来た総司の表情と、今の表情が同じだったのだ。
今は、本当に優しい笑顔を向けてくれるようになっていたけれど、さっきのは・・・・
そんな小さな違いを気にしながら、千鶴は勝手場に向かった。






やっぱりおかしい!
朝の仕事を終え、昼も済ませて、一息つけるようになった頃、千鶴は浮かない顔をして縁側に座っていた。

そう確信を持って思えるようになったのは悲しい現実。
総司の態度がよそよそしい。
何だか・・・屯所に来たばかりのころの関係に戻ったような、そんな状況をひしひしと感じる。

たまに話す時があっても、必要最低限のことだけ。
千鶴に目を向けることはあまりなく、表情も・・・上辺だけ笑っているようで。


一人ぼうっと悩んでいると、すっとその隣に腰を下ろされた。
その人影に視線を向ければ、同じく千鶴に目を向けた斎藤がいた。

「少し聞きたいことがあるのだが・・」
「何でしょう?私に答えられることなら・・・」
「・・・千鶴は、総司以外に好いているものがいるのか?」
「は、・・・・・え、えええ〜!?な、何言ってるんですか!?そんなことっ!ない!ないですっ!!」

危うく頷きかけて慌てて頭を横にブンブンと振って、最大限に否定をする。
よくよく考えれば、総司が好きということはすでに周知の事実、のように問われているということにも気がつき、顔を真っ赤にして千鶴は俯いた。
そんな千鶴の態度を見て、斎藤は小さく笑った。

「斎藤さん・・・どうしてそんなこと聞くんですか?」
「いや、それは総司が・・・」

斎藤が言葉を続けようとした途端、

「総司!!待ちやがれ!!!この色ぼけが〜!!!」

どこで叫んでいるかはわからないけれど、はっきりと土方の響きわたる怒号が聞こえてきた。
斎藤と千鶴は黙ったまま二人顔を見合せていると、遠くの方からいまだにギャーギャー何やら争うような声が聞こえる。
斎藤はふうっと溜息をつくと千鶴に申し訳なさそうに、

「千鶴、ちょっと様子を見てくる」

と言って立ち上がった。つられて千鶴も立ち上がる。
本当は斎藤の言葉の続きが気になるけれど、なにやら自分の知らないところで問題が発生しているようだ。
それなら口を挟まない方がいい。そう思って、

「いえ、気にしないでください・・・今夜は・・・沖田さんと巡察ですよね、気をつけて」
「ああ」

心持ち足を早めて、土方の元へ行こうとする斎藤の背中を千鶴はじっと見送っていた。
その背中が不意に遠ざかるのを止めてこちらへ振り向いた。

「千鶴、総司の誤解は俺が解いておく。心配するな」

それだけ言葉を千鶴に向けて今度こそそのまま、見えなくなっていった。
残された千鶴は一人、戸惑っていた。

沖田さんの誤解??な、何のこと??
・・・・やっぱりちゃんと聞いておけばよかった・・・でも・・・
誤解っていうことは、解けたらまた、いつものように戻るのかな・・・・

気持が少しだけ浮上して、まだ遠くで争う声は聞こえて気にはなるけれど、向いたい気持ちをぐっと抑えて、千鶴はそのまま部屋に戻って行った。







夜、巡察に向かった総司と斎藤は帰りがいつになるかわからない。
何事もありませんように・・・と祈りながら千鶴は床についた。

その日はいろいろ気になることがあって、なかなか寝付けず、気がつけば丑の刻を回ったあたりだろうか。
ようやく千鶴がうとうとと意識を手放そうとした頃に、そっと部屋の前に訪れて来たのは総司。

「・・・千鶴ちゃん、入るよ」

そっと周りに気が付かれないように、小声で一応に断わりを入れる。
そっと障子戸を開けた総司は、その声に気がつき、眠い目をこすりながら総司を迎え入れようとした千鶴の姿に驚いた。
後ろ手で障子戸を閉め、千鶴の傍に寄ってくる。

「・・・千鶴ちゃん、ごめんね、起こしたかな」
「・・・いえ、なかなか眠れなくて・・・」
「まだ寝てなかったの?」
「はい・・・」

ぼうっとする頭で総司の顔を見上げる。
その表情は・・・いつものように柔らかい。千鶴に心を開いてくれている、総司の顔だった。
思わず千鶴は安心して、言葉を漏らす。

「よかった・・・斎藤さんの言ったとおり」
「斎藤君?なんて?」
「よくわからないんですけど、誤解は俺が解くって・・・誤解って何だったんですか?」
「・・・・・正確にはまだ、解けてないんだけど」
「そうなんですか?」
「うん、解きに来たんだ」
「?」
「・・・・・・・・・・」

聞きにくいことなのか、総司はなかなか話の先を言わない。
それでも千鶴が待っていると、決心したように・・・

「千鶴ちゃんって誰が好きなの」
「・・・・・・・・・・・あ、あの・・・」

昼間、斎藤にも似たような質問をされたことを思い出す。
正確には、総司以外に・・との質問だったけど。
当の本人を目の前にして「沖田さんです」とはやはり言いにくい。というか、言えるわけがない。
総司の視線は千鶴にずっと固定されていて、返事を待っているけれど、こればっかりは・・・冗談や嘘でごまかすなんてできない。
でも、本当のことは言うなんて、もっとできない。
千鶴が沈黙を貫いていると、その沈黙を総司が破った。

「僕が好きなのは千鶴ちゃんだよ」
「・・・・・・え?」
「いつか・・・お嫁さんにだって来てほしいなって思うくらい」
「お嫁さん!?」
「だけど、君、嫌なんでしょ?」
「・・・・・・?何がですか?」
「僕のお嫁さん」

・・・・・・話の方向が全く読めない。
総司の気持ちを今初めてはっきり聞かされたのに、お嫁になんて、そんな話したことが・・・

「嫁に行かないで、誰かの傍にいたいんじゃないの?」

そこまで言葉にすると、言いたくなかったことを言わされたように、口を尖らせて、拗ねた表情をする総司。
確認するように紡がれる言葉とは裏腹に、千鶴に否定してほしいという気持ちを目に込めて、千鶴の返事を息をひそめながら待っている。
そこまで言われて、初めて、総司が昨夜見た夢のことを言っているのだと千鶴は気がついた。

「・・・沖田さん・・それ、夢の話・・・ですよね?私、何か寝言を言ってました?」
「・・・・・・うん」

苦々しく返事をする総司は、いつもの余裕綽綽な態度はどこへやら、千鶴に縋るように投げかけてくる視線は小さな子供のよう。

「それで、今朝からあんなに・・・」

総司の、夢のことにそこまで気にする態度がかわいくて、思わず笑を浮かべると、総司は心外だというように顔を曇らせた。

「夢って言うのは願望が現れるんだよ。つまり、君がそう思ってるってことでしょ」
「確かに願望だとは思うんですけど・・・」

その言葉に総司の表情は一層曇っていく。その様子に千鶴は慌てて言葉を続けた。

「あっ違うんです!違わないけど・・・えっとあの・・・」
何を言えばいいのか、言葉に詰まってぱっと総司の顔を見た時に視界に入る、不安そうに千鶴を見つめる顔。そんな総司を見て、そうか、これを言わなきゃいけないんだ・・・と千鶴はきゅっと口を噤んで、恥ずかしいけれど、ゆっくりと口を開いた。

「私が好きなのは沖田さんです」

その言葉に一瞬目を見開いて、千鶴を見つめる総司の顔に色が差す。けれど、それでは不安を拭いきれないのか、でも・・・と言葉を返してくる。そんな総司に千鶴は優しく諭すように、

「沖田さんの嫉妬の相手は・・・父様ですよ?」
「・・・綱道さん?」
「はい、ちゃんと聞いてくださいね」



千鶴が夢の話をして、総司の誤解が無事に?解けて。
同時に安心したせいか、急激に眠気が二人を襲う。総司は何を考えているのか、そのまま千鶴の布団に潜りこんだ。

「沖田さん!何してるんですか?自分の部屋で寝ないと・・・」
「無理。もう眠い」
「だ、だって怒られますよ!組長さんがそんなことして・・・」
「怒られるのなんか慣れてるし、いいよ、どうせ土方さんくらいだし・・・」
「土方さんと言えば・・・お昼の揉め事は一体何だったんですか?」
「・・・・・・・秘密」

そういって目を瞑って、もう動かないよと態度で示す総司に千鶴はふうっと溜息をつきながら、もう一組布団を・・と立ち上がろうとした。
けどその前に総司の腕にがっしり掴まれていつの間にか布団に引きずり込まれている。

「沖田さん!もう〜」
「黙って、あんまり騒ぐとみんな起きちゃうよ?」
「騒ぐなって方が無理です・・・沖田さん・・・そういえば食事当番じゃないですか?」
「あ〜・・・大丈夫、なんか平助や左之さん達が代わりにしてくれるって。だからゆっくり寝られる」
「そうなんですか・・・皆さん優しいですね」

話しながら、布団と、胸に引き寄せられて感じる総司の体温が心地よくて、一気に意識が遠ざかっていく。

総司が何か呟いたような気がした。
だけどもう朧気で、それでも手は無意識に総司を求めて、背中をきゅっと掴んだ。

・・・・今日は沖田さんの夢を見られますように・・・・










チチチ・・・小鳥のさえずりが聞こえる。
屯所にいた頃とは違い、自然の音以外には何も自分たちの眠りを遮ることがないこの生活にもだんだんと慣れてきた。

目を覚ませばいつも総司の腕の中。
先に目を覚まして、朝食の支度でもと思うのに、自分に絡みつく長い手足は、千鶴が離れることをよしとしない。
身じろいで離れようとしたら、それ以上の力でぎゅっと抱きしめられるから。
それがわかっているから千鶴は総司が起きるのをそのままいつも待っている。

目を伏せた長い睫毛をじっと見つめながら、こんな無防備な寝顔を見ることを嬉しく思いながら、千鶴はそっと声をかけた。

「総司さん・・・今日は、懐かしい夢を見ました。一番最初に、一緒に眠った時のこと・・・」

あの時、朝はやっぱり見つかって怒られたけど、それでも、今と同じように、寝顔を見て、抱き締められて、幸せを感じた日。

今も変わらず、同じように眠っている総司が、愛しくて、愛しくて。

今も変わらず、同じ温かく感じる体温は、心地よくて、一度起きたのにまた眠りに誘われる。

今日もまた、総司が優しく囁いて起こしてくれるのを待っていよう・・・

目を開けた時に見せてくれる、千鶴を慈しむような笑顔に出会うために。

そう思いながら総司に身を寄せて、胸に顔をこすりつけて甘えるようにして小さく言葉を呟いた。

「総司さんの夢をもう一度、見られますように・・・」







END









SSと言いながら長くてすみません。
ED後のシーンはどうしても挿入したかったんですけど、わかりにくかったでしょうか?
千鶴の話だけだとわかりにくい点もあると思いますが、総司の方の話も読んでいただけると補完できると思います。
二人の幸せな生活を書きたくて、このような形になりました。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました<m(__)m>