斎千←沖SS




「受け取る想い」





何を話すでもなく、二人でぼうっと空を眺めながら、時間を費やす。
傍から見れば、時間を無駄に過ごしているように見えるかもしれないけれど、黙っていてもたまに横に視線を向ければ、恥ずかしそうに相手も視線を向けてくれる。合わさった視線を外すことなく、何となく微笑みあう二人は仲睦まじく、二人の雰囲気は周囲の目にもあたたかい。
たまに交わす会話は斎藤の好きな刀の話、屯所内の話など、色めいたことは何一つなかったけれど、それでも二人は時折頬を染め合っている。

「あ〜・・・また二人で雰囲気作ってるよ、邪魔だな」

無自覚の二人にはわからないだろうけど、周囲にばらまく雰囲気に気づく皆が、二人の邪魔にならないようにと、気を遣っていた。
そんな気遣いなどごめんだとばかりに、鋭い視線を投げかけるのは総司。
何だか見ていると、胸の内にもやがかかったような気持ち悪い感覚になる。だから、いつも見かけてしまうとただ一人堂々と二人の間に割り込んでいく。そして今日も・・・


「それで、庭の一角に移した花がもうすぐ咲きそうなんです。楽しみで・・・」
「そうか、きれいな花が咲くといいな」

優しく微笑んで言葉を返す斎藤に、千鶴は頬染めながら俯いて、また顔を上げると遠慮がちに、

「咲いたら・・・一緒に見ませんか?・・・そ、その、いい休憩にもなると思うし」
「俺と?・・・俺でよければ、一緒に見よう」

その言葉に千鶴の表情はぱっと晴れやかな笑顔になって、それを見て斎藤も嬉しそうに小さく笑う。そんな時に、二人の前を何か布きれがひらひらと飛んでいき、地面にそのまま落ちていく。
どこから飛んで来たのか?二人が思わず飛んできた方向の背後を振り向いた途端、背中にかけられた声は総司のもの。

「あ〜ごめんね、手ぬぐいが飛んじゃって・・・」

にこっと笑う総司に、斎藤は何か企んでいるような、そんな意思を感じて、一瞬顔を曇らせた。

「あっそれじゃあ取ってきますね、待ってて・・・」
その千鶴の厚意の言葉を遮って、総司は斎藤に目を向ける。

「あ、斎藤君、悪いけど取ってきてくれる?」
「・・・・・・何故俺が・・・自分で・・・」
「だって、草履も何もないし、千鶴ちゃん動かすのもどうかな〜と思って」

そう言われれば、斎藤が取りに行くしかない。
最初に感じた警戒を忘れて、斎藤はそのまま腰を上げて落ちた手ぬぐいを取りに行く。
取って、戻ろうと振り向いた瞬間目に入った光景に、眉を寄せてその光景に顔をしかめた。

先ほど自分が座っていた場所には総司が陣取っていて、千鶴の横にはもう座る場所がない。
座るのならば、総司を間に挟んで座るしかないこの状況に、わざわざそこを退けと言うべきなのか、大人しく空いた場所に座るべきなのか、悩んでしまう。
そんな斎藤の様子を面白そうに見ている総司に、気まずそうに総司と斎藤を交互に見る千鶴。

総司の思い通りになるのは癪な気がする。けれど、それで我を張って千鶴が困る事態になるのは・・・
そう思い、努めて普通に二人の場所に戻り、総司に手ぬぐいを渡す。

「ありがとう」

言いながら、やはり全く動く気がないらしく、それでね、千鶴ちゃん・・・と斎藤を無視して語り出す総司に、斎藤はため息をつきながら、総司の隣へ腰をおろした。
千鶴を一人放って部屋に戻るのは、はばかられたから。
そんな斎藤の様子を、総司越しに覗こうとする千鶴は、総司の話に相槌を打ちながらも話に全く参加しない斎藤が気になって。
そんな千鶴の態度に総司はむっと顔を歪ませた。

「千鶴ちゃん、話聞いてる?」
「え?は、はい!もちろんです!そのお菓子美味しそうですよね!」

先ほどから総司が言うには、平隊士の間で評判になっている茶屋の菓子は評判で美味しいらしい、ということ。
慌てて、こくこくと頷けば、総司は満足そうに笑って、

「じゃあ、あげる」
「え?あるんですか?」
「うん、さっき買って来た。斎藤君もどうぞ、はい」

いきなり話を振られて、困ったように斎藤は体を引かせて、

「いや・・・俺は甘いものは・・・」
「あっそう、それじゃ別に無理には・・・」
「そ、そんなこと言わずに、一緒に食べましょう!大勢の方が美味しですよ、・・・・それに沖田さんせっかくのご厚意だし」

身を乗り出して、斎藤に言葉をかける。最後に総司に気を遣う千鶴に、千鶴らしいなと思いながらそれならば・・と、

「では、相伴させてもらう」
「ふうん・・・ま、いいけど、はい」

懐から壊れものを扱うようにそっと取り出した包みの中には、葛饅頭。
渡されたものを一口食べると、葛の独特の触感の中に甘い餡が入っていて、見た目も涼しげで、味も甘いが楽しめるものだった。

「これは・・・うまいな」
「でしょう?はい、千鶴ちゃん」
「あ、ありがとうございま・・・す!?」

手に渡されるものだと思っていた葛饅頭は、そのまま千鶴の口に当てられて、早く食べなよ、と押し付けられる。
慌てて半開きになった口に詰まったものを一口だけはむっと噛んで食べる。

「総司!自分で食べさせてやれ!」

すかさず横から斎藤が口を挟んでくるのを、総司は知らんぷりで、おいしいでしょう?と千鶴に笑顔を向ける。

「は、はい・・・おいしいです」
無理やり口に入れられた饅頭は、今まで食べたことがないもので、ぷりっとした葛の触感と甘い餡が口の中で絡みあって、本当においしい、と千鶴は満面の笑顔になる。
それを見た斎藤は、自分の手元にある食べかけの饅頭を何やら考えこみながらじっと見ていた。

「じゃあ僕も食べようっと」
そう言って総司は・・・千鶴の口に入りきらなかった残りの葛饅頭をぱくっと一口で食べた。
それを見た二人はあっ!と揃えて声を出す。

「お、沖田さん!それ・・・私の食べかけ・・・」
「うん、余計においしいような気がする」

にこっと笑って顔を近づける総司ぐいっと掴んで引っ張ったのは斎藤。

「そういう風に千鶴をからかうのはやめろと、何度言えばわかるんだ」

総司が間にいるせいで、千鶴からは斎藤の表情は見えない。
それでも声はいつも以上に尖っていて、気を荒立てているのはわかる。
そんな斎藤を見た総司は、千鶴には聞こえない小さい声で斎藤にだけ、挑発するような視線を向けながら、

「からかってない。本気だって言ったら、どうする?」
「・・・・・・・・そういう態度では、そうは見えない。千鶴をからかうな」

総司の言葉に怯まず、殺気めいた視線を総司に向けることを躊躇しない斎藤に、総司は肩をすくめる。
その総司をそのまま、斎藤はぐいっと先ほどより力を込めて引っ張る。そうして千鶴と総司の間にできた一人分の隙間にそっと腰をおろした。
その行動に総司は目を見開いて黙った後、あはははと笑いを噴き出す。
千鶴は千鶴で、総司に厳しい視線を向け続ける斎藤を、わざわざ自分の横に座って来た斎藤を見て、胸の内に沸く嬉しい気持ちが抑えられない。
つい、袴を握る手にぎゅっと力が入る。

「別に、饅頭は二つしかなかったから、千鶴ちゃんの残りを食べただけだよ・・・斎藤君の残りなんて嫌だし」
「そ、そうだったんですか・・・すみません。頂いちゃって」

律儀にすみませんと謝る千鶴に、総司は面白そうに笑みを浮かべ、斎藤はかまわなくていい、とばかりに総司を見る千鶴の顔の前に腕を出して視界を遮った。
そんな斎藤に総司は最後に、とばかりに爆弾のような言葉を向けた。

「・・・斎藤君のまだ残ってるから、千鶴ちゃんもらったら?一口じゃ足りないんじゃない?」

にっと意地の悪い笑みを湛えて、総司はひらひらと手を振ってその場を去っていく。
後に残された斎藤と千鶴は、その残された言葉に二人とも押し黙ってしまっている。
その沈黙は、いつもの穏やかな沈黙とは違い、なんだか気まずい。

「・・・・・・え〜と・・・そ、それは斎藤さんが食べてください!わ、私もそろそろ行きますね」
「千鶴」

そのまま顔を赤くして去っていこうとする千鶴の腕を掴んで、斎藤は千鶴につられるように顔を赤く染めながら、言いにくそうに言葉を紡いだ。

「その・・・甘いものはそこまで好きじゃないから・・・食べてくれると助かるんだが」
「え!?」

まさかそんなことを言われるとは思ってなかった千鶴は、顔をますます赤くして、その手に持つ葛饅頭に視線を向ける。
・・・・あ、甘いものが苦手だからだし・・・人助けだし・・・い、いいよね?
自分の心の中でそんな風に自問自答しながら、じゃあ、いただきます、と手を出したのに、斎藤は千鶴の口に向けて饅頭を差し出す。

・・・・・・・・・え〜と・・・・・・・・

「さ、斎藤さん・・・・これは」
「食べるのだろう?」
「は、はい・・・でも・・あの・・・これじゃ沖田さんと同じ・・・」
「同じじゃない、俺は無理に入れたりしない」

総司と同じ扱いをされて機嫌を損ねたのか顔むっとさせる斎藤に、千鶴は小さく笑って、仕方がないなと差し出された饅頭に口を寄せた。

「おいしいです」

頬を饅頭で少しふっくら膨らませてもごもご食べている千鶴の様子が、やはり子供のように見えてかわいい。
赤く色づいた笑顔を、にこにこと斎藤に向ける千鶴を、同じように微笑みを返しながら、ふと、先ほど考えていたことを思い出す。
思えば、千鶴に何か土産を買ってきたことがなかったような気がする。
あんな笑顔を見せてくれるなら、何か自分も喜ぶようなものを千鶴に渡したい。何がいいだろうか・・・





数日後、庭を竹箒で掃除していた千鶴に、出かけ先から帰った斎藤が声をかけた。

「千鶴、報告が終わったら話があるから、ここで待っていてくれ」
「はい」

そのまま土方の元へと急ぐ斎藤の背を見つめながら、話って何だろう?斎藤さんから話があるって・・・珍しいな・・・
よし、急いで終わらそう!

そうして斎藤が戻ってくる頃には、千鶴はいつものように縁側に座って斎藤を迎えた。
だがいつまで経っても話は進まない。
いつもの落ち着いている斎藤とは思えないほどに、何やら今日はそわそわしている。
何か、言いにくいことなのだろうか・・・耐えかねて、千鶴が口を開く。

「あ、あの・・・何か問題でも?」
「い、いや・・違う」

不安げに斎藤を見る千鶴に、斎藤はちらっと視線を向けてから、懐に隠していたものを取り出した。

「・・・・これを・・・」
「?私にですか?」
「ああ」

きれいな和紙で包まれたものを受け取って、わあっと嬉しそうに顔を緩める千鶴につられて、斎藤も頬を緩める。

「開けてもいいですか?」
「ああ、見てほしい」

はやる気持ちを抑えて包みを開くと中には繊細な装飾が施された櫛が。

「きれい・・・・」
まさか女物の小道具をもらえるとは思っていなかった千鶴は、櫛を見て胸を高鳴らせた。
「何、斎藤君何か贈り物?」

その時不意にその機会を狙っていたかのように総司がひょっこり現れて、後ろから包みの中を見ようとする。
またおまえか・・・と迷惑そうな視線を向けられても総司はびくともしない。

「あ、沖田さん、はい・・・すごくきれいな櫛を・・・ありがとうございます、斎藤さん」
胸がいっぱいというように幸せそうな顔を向ける千鶴に、斎藤もほっとする。そんな二人に水を差すように・・

「櫛をあげたの?へ〜・・・・」
意味ありげに薄ら笑いを浮かべる総司に、斎藤は怪訝な視線を向けた。

「・・何が言いたい」
「え〜だって、これは左之さんに聞いたんだけど、櫛を贈るって嫁に来てくれって意味なんでしょう?」
「「!?」」

楽しそうに種明かしをする総司に、二人は同じくらい顔を真っ赤にしたまま俯いてしまった。

「それにしても・・・装飾が見事だね、ちょっと見せてよ千鶴ちゃん」
「えっ?は、はい・・」

言われたままに見せようとした千鶴と、受け取ろうとした総司の間に、さっと斎藤が身を割り込まらせた。
暫し二人は睨みあうように視線を交わす。

「・・・・・・・何、斎藤君、見せるのも嫌なの?」
「・・・・・・何か嫌な予感がした。それだけだ」
「へえ〜・・・さすがだね、よくわかってるな〜」

にこにこと黒い笑を湛える総司に、斎藤は呆れたように溜息を吐きだすことしか出来ない。

「・・・総司も今帰ったのだろう?任務の報告を済ますのが先だ」
「あっ追い返そうとしてる?」
「・・・・・・・・組長として当たり前のことだろう」
「はいはい・・・じゃあね、千鶴ちゃん」

面白くなさそうに総司がその場を離れて、ほっとしたのもつかの間。残された二人は、またもや沈黙。
総司の発言には振り回されてばかりだ・・・頭を痛めながら斎藤はいつもろくな事をしない男に嘆息する。でも・・・

「・・・・・・千鶴」
「は、はい!」
「櫛のことだが・・・その・・千鶴がそういうことを気にするなら、違うものを・・・」
「い、いいえ!」

思いのほか強くはっきりと否定した千鶴に、斎藤は一瞬言葉が詰まる。

「櫛が・・いいです。嬉しいです。・・・私が受け取ったら・・迷惑でしょうか?」

頬を色づけながら、それでも斎藤に向けられる瞳は不安で揺れている。
そんな不安を感じることなどないのに、不安で揺れていたのは自分なのに。
千鶴の不安げな瞳に、安心してしまった自分がいる。
自分だけでは、ないのだと。

「いや、・・・・櫛を受け取ってほしい」

気の利いた言葉は言えない。
不安を和らげるような甘い言葉も思いつかない。けれど、
今、櫛に込めた想いを受け取ってくれたなら、そう願って言葉を紡ぐ。

言葉と共に慈しむような眼差しを向けられれば、不安に揺れていた瞳は、雲間が晴れ渡るように。
櫛を手にした千鶴の目には、隠しきれない嬉しい想いが、涙となって溢れていった。






END







初の斎千←沖SSでした!!
随想録後だからどうしてもネタが入り気味です(笑)

るーこ様、いかがでしょうか?甘くなってしまって・・・相変わらず甘アマですが(笑)
こんなものでも気に入っていただけると嬉しいです(#^.^#)
20000hitキリリクありがとうございました!






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