斎千SS




※こちらは、漫画の斎藤夫妻の日常のラストからの続きです。
  まだお読みになっていない方は、先に読まれることをお勧めします。




『巡り辿る』




『話してくれるまで、逃がさないです!』

後ろから抱きとめられた体は、千鶴の小さな力にさほど抵抗してまで勝手場に向かおうとはしない。
逃げようとしない斎藤の意思など気付かずに、「だから、話してください」と後ろからせがむように、千鶴は背中にぴとっと体をつけて。

・・・そもそも、前提が間違っている
これは…この状況を嫌だと俺が思うのなら有効なのだろうが――

斎藤は自分の体に回された千鶴の手にゆっくりと自分の手を重ねた。

「・・・一さん?」
「・・・・・・・・・・・」

何も言わずに、指一つ一つを絡み合わせられて。
そのまま、いとも簡単に体を引き離されるのかと思えば、そうではなく。
その手はそのまま、斎藤の前で交差させるように軽く誘導されて。

自然、千鶴が斎藤を包みこむように、腕を回した形になった。

「あ、あの…」
「何だ」

柔らかい声。
たった一言なのに、千鶴に優しく降り届く。

「逃げ、ないんですか?」
「何故逃げる必要がある」

そんなことを言っても…さっきはそそくさとお茶を淹れようと…逃げようとしたのに…

「何故…?」

咄嗟に移ったのか、斎藤がいつも言うように千鶴が真似てそう問えば、斎藤は口元を和らげて…
少し俯いた瞬間、交差させた指先に柔らかく熱が触れた。

「っ!?一さんっ…!聞いてますか?」
「聞こえている。逃げるつもりはない。…話す必要はない、ということだな」

逃げるつもりはないって…だって…

混乱した千鶴の手は、斎藤の手を抜けようと落ち着きなく動きだしたのだけど。
斎藤はその手を離さず、いたって落ち着いた様子でこの状況を楽しんでいるようだった。

「何で急に…あの、お茶。お茶を淹れましょう・・喉が渇いたっておっしゃっていたし」
「いや、やはり今はいい」
「一さん〜」

どうしてこう立場が逆転しているのか。
急に逃げないで、この場に佇んでいる斎藤に慌てているのは自分だけで。

…攻め方を間違えたのだ、と気付くのには遅すぎたのかもしれない。

見つめあったり、何気ない一言で今でも顔を赤くして。
千鶴よりも落ち着きなくなるのはいつも斎藤だったのに。

…顔が見えないから?

それにしてもこの状態でずっと過ごすのは…こちらの心臓が持たないとばかりに、千鶴はあの手この手で離れようとするけれど。

ビクともしない…

「…もう、話はいいです。諦めますから・・・あの、取り敢えず離してください」
「千鶴は…このままでは嫌か?」

あまりにも離れようとジタバタしたせいか、斎藤の幸せに満ちた声に少しだけ陰りが差す。

…ずるい…

「嫌な訳…そんなことあるわけないじゃないですか…ただ、その…」
「?」
「恥ずかしいだけで…だって普段は一さんが、こう…だから・・・」

小さい声で吶々と語った言葉は、千鶴の指先にも浸透して抵抗を止めて素直に斎藤の指に絡められたまま。
それと同時にぽすっと千鶴の頭が、斎藤の背中に心地よい重みをくれた。

「…そうだな、普段は…だからだ」

理由はどうあれ、千鶴からこんな風に体を寄せてくることはそんなにない。
後ろから抱きとめられて拘束された自分の体に、
その思いがけない拘束に、
話などは頭から抜けて、戸惑いより何よりも、嬉しさが自分を占めて…

それならずっとこのままで――

そう思ったことなど、きっと千鶴には半分も、いや、それ以上も伝わってはいないのだろうけど。



――温かい

一さんの背中、温かいな…

でも、…けど…

ふと、上を見上げれば表情は見えない。

こんな時、いつも優しい微笑みで見つめ返してくれるあの眼差しが…


「…一さん」
「何だ?」
「顔、見たいです…」

絡められた指の力が、少し抜けて。
千鶴が斎藤の手から逃れるほどの弱さになった。
外された腕は、おねだりするように背中から、千鶴自身で斎藤の体をぎゅっと抱きしめた。

宙に浮いた斎藤の手はそのまま、少し空をさまよった後、千鶴の手に重なる。

「俺もだ」

一言、告げられた後…抱きしめていた手はいつの間にか斎藤の背中に回っていた。
向かい合う体に埋め尽くされた距離。
とくん、と心臓の音が、先ほどよりも響いてくる。
顔をあげればそこには…あの僅かな時間でさえ恋しくなった、愛しい人の顔がある――

「―― 一さん…」

ふわっと、幸せそうに顔を緩めて、斎藤の胸に顔を摺り寄せる千鶴。

「・・・・・・・・・・・・」

無言で千鶴を抱き潰すように腕の中に閉じ込めながら、斎藤は幸せながら内心困っていた。


先ほどまでは…背中越しで表情が見えなかったが、今は――

この状況で、見上げられながら話してください、とせがまれれば…
千鶴に勝てる気がしなかった。

・・・いや、もともと…千鶴には勝てない、だろうな…

今は話のことなど忘れて腕の中に収まる千鶴が、斎藤の今の真っ赤な顔に気が付いたら、きっと…最初のやり取りに戻るだろう。


――惚れた弱み、というのはこんなに…


きっと、もう暫くしたら困り果てる自分を想像して。


気付かれるまでの時間を少しでも、とばかりに、千鶴の髪に顔を埋めた。










END







キスなしで甘甘に!!と思っていたんですが…
こっそり指先にキスしてますね…夫婦だからこれくらい…

千鶴が大好きで、千鶴には適わなくて、とにかくラブラブな斎千を!と思いました!

二人だけだから・・・ボリューム的にはSSに丁度いいくらいじゃ…と思ったり。

それにしてもずっとくっついていたので、書いてる方が恥ずかしかったとか。

この後、根負けして、きっと話しますよ。
でも屯所時代の話とかになれば、また雰囲気の変わる話になると思います。


読んでくださりありがとうございましたv