沖千SS


※こちらは沖千漫画:学パロの続きとなっています。
 まだ読まれていない方はそちらを先にお読みになることをお勧めします。




『茜よりも、あなたを照らす』




「あれ…?」

愛好会を少しだけ抜け出して、教室に忘れものを取りに行き、戻ればそこに総司の姿だけなく。
土方、斎藤、山崎がようやく訪れた平穏な愛好会の時間を満喫していた。

「あの、沖田先輩は…?」
「ああ、あいつならもう退屈だからちょっと休憩とか言ってどっか行きやがった。放っておけ」
「ああ、総司が千鶴を放って帰ることはないだろう。気にすることはない」
「しかし、かばんも持っていったようですが…」

…帰ったのかな?
無理に誘って・・悪いことをしただろうか。
千鶴がそんな風に考えながら、ゆっくり席に着くと、土方が苦笑い浮かべながら千鶴の頭にパサっとプリントを置いた。

「あいつのことだから、どこかでさぼってんだ。千鶴…これ持って行ってやらせとけ」
「え?でも…」
「あいつも愛好会に一応は入ったんだ。簡単にさぼらせやしねえよ」

千鶴がプリントを手に取ったのを見て、土方はゆっくり手を離す。
あの、それじゃ…探して来ますっと立ち上がった千鶴の声は嬉しいのか僅かに上ずっていて。
足取り軽く、教室を出た千鶴の姿を見届けた後、山崎が口を開いた。

「…沖田さんは帰ったのでしょうか?」
「いや、本当にどこかで息抜いているだけだろう。あいつが千鶴を置いて帰るとは考えにくい」
「…まあ、息抜きだけが理由じゃなさそうだけどな」

土方の言葉に、斎藤と山崎がその言葉の意味を図るように眉を寄せて。
いいから、おまえらは続けろと言いながらも…土方は千鶴がこの先振り回されるであろうことを考えて、溜息まじりに口を緩めた。


「薫っまだ残っていたの?」
「千鶴…おまえ、終わったの」
「?愛好会のこと、何で知ってるの?」
「…兄妹なんだから、大概のことは伝わるよ」

教室の前から移動して、下駄箱のところで千鶴を待っていた薫は、千鶴の周囲に視線を巡らせた。

・・・?嫌な奴がいないな…また喧嘩か?まあ俺には関係ないけどね

「終わったんなら帰るよ。今日は帰ったら・・」
「待って、まだ終わってないの。…薫、もしかして私のこと、ここでずっと待ってたの?」
「・・・別に、今ここに居合わせただけだよ」

ふいっと視線を逸らす薫に、千鶴はそっか、と言葉通りに受け取って。

「あのね、まだ帰れないの…それで、沖田先輩探しているんだけど、見なかった?」
「見たとしても視界に入れたくないから見てない」
「薫〜!もう…昨日は心配してくれたのに…」
「認めた訳じゃない、って言っただろう?」

拗ねたような顔をする千鶴に、平常を装った顔で何なく言葉を返した後。
押し黙る千鶴の姿に溜息一つ。

「見てないよ。あいつがここに来る訳ないだろう」
「?どうして?」
「…そんなの自分で考えれば…」

あの執着心の強い男が、千鶴一人にして帰る筈がない、なんてそんなこと教えてやる必要はどこにもない。
薫の顔をじっと見ていた千鶴は、急にはっと何かに気付いたように目を見開いた。
頬が上気していくのがわかる…

「何、心当たりあったの」
「うん、行って来る」

千鶴が向かった先は階段。
タンタン…と軽く上がっていく音が続いたと思えば、少し音がしなくなったり。

一気に上るからだよ…本当に馬鹿だね

そう思いながら薫は靴を手にしたのだった。


かけあがった先のドアは閉まったまま。

・・・いるだろうか?

きっと、いる――そう思いながら、千鶴が音が響かないようにそ〜っとドアを開けた。
昼休みのことを思い出して、照れてしまう顔を余計に赤く染める夕焼けが差し込んでくる。
ぱっと見渡した先、フェンスに寄りかかりながら、運動場をぼ〜っと見つめながら立つ黒い影――

「…沖田先輩っ!」

逆光で影としかわからないけど、それでもわかる。あれは沖田先輩…

千鶴は確信して、出来る限りの声を振り絞って名前を呼んだ。
振り向いた影は…表情は見えないけど、それでも…千鶴に向かって両手を広げる。

…おいでって言われてるみたい…

くすぐったい気持ちにはにかみながら、千鶴は総司の許へ駆けていき…そして腕の中に飛び込…まずに、手前で見事に止まった。

「…あれ?」
「沖田先輩、休憩ですか?」
「・・・・・・・・・・」

千鶴の問いかけには答えずに、総司は千鶴を見つめたまま、唇を弧に象って殊更に腕を広げてくる。

「・・・?」

お互いに、にこっと微笑みあった後、千鶴はもう一度、「休憩ですか?」と尋ねて。

「…うん、まあそんな感じだけど…それより千鶴ちゃん、この手がさみしいって言ってると思わない?」
「はい?あっ…土方先生から預かったものがあって…「千鶴ちゃん」
「はいっ」

土方から預かったプリントを渡そうとすれば、咎めるような声が頭上に響いた。

「聞きたいことがあるんだけど、答えてね」
「はい…」

力なく下りた両腕は、傍に置いてあったかばんの中からお菓子を取り出して。
総司はお菓子を開けながら千鶴の様子を合間に覗いながら口を開いた。

「何で『沖田先輩』?昼は総司先輩って呼んでくれたのに…何なら総司さん、でも嬉しいんだけど」
「あ、あの…それはですね…名前で呼ぶってすごくこう…意識しないといけなくて…自然に…」
「意識してくれる方がありがたいのに」

何で?と覗きこみながら千鶴の口にお菓子をちょん、とあてた。
言葉を返そうと口を微かに開けば、甘いお菓子が口の中に広がる。
ありがとうございます、と頭を下げながら、千鶴は必死に言葉を選んでいた。

「名前のことまで、こう意識を向けちゃうと…本当にいっぱいいっぱいになって…」
「うん」
「自然に傍にいられないっていうか…その今でもドキドキするけど、それ以上にしすぎて…何言ってるかわからなくなるっていうか…」
「うん」

総司はお菓子を口に入れずに、手元で弄びながら千鶴の言葉を待っている。

「名前以外のことでドキドキしてた感情が溢れちゃうっていうか、その…とにかく、自然に呼べるまで…沖田先輩って言ってしまっても…」
「・・・・・・」
「そのまま、聞き流してくれると嬉しいです」
「…嫌だよ…」

もう一度、千鶴の口にちょん、とお菓子をあてて、けれど今度はそのお菓子を自分の口に運んだ。
運ぶなり、神妙な顔が楽しげに染まっていく。

「っていうのは嘘だけど」

細められた目に見つめられ、顔が夕焼け以上に赤くなりそうだった。

「千鶴ちゃんが…他の男の名前は呼ばないって言うなら…僕の名前だけ、呼ぶ努力してくれるなら待ってる…いいよね?」
「・・はい」
「ん〜じゃあ薫はなんて呼ぼうか」
「・・ええっ!?薫もですか!?」
「・・・千鶴ちゃんペナルティ。じゃあ僕も名前で呼んで」

どこまで本気で冗談かわからない。
ええっ!?と慌てる千鶴に、からかうような視線が向けられた。
けれど、夕焼けに包まれたこの時間は、とても二人に優しい――

「じゃあ、もう一つ。土方さんに頼まれたから来たの?」
「え?それは…」

プリントを手にしている時点で、そう言えると思う。
けど、渡された時に探しに行けるっと喜んだ気持ちは…話すべきなのだろうか?

「そう、ですけど…でも、探せて…見つけられて私は嬉しいです」
「うん、僕も見つけてくれて嬉しいよ。みんなと一緒だと息が詰まるし…だからここに来た」

フェンスにもたれかかったまま、千鶴の顔をいつもとは違って下から覗きこまれて。
胸が、うるさいくらいに騒ぐ。
静まれ、静まれ…と自分に言い聞かせながら、千鶴は総司の傍に一歩寄った。

「・・・いない時は・・・ここに探しにって…先輩が・・・だから・・・」
「うん、来てくれるかなって期待した。来てくれて、名前呼んでくれて・・・ああやっと二人きり、嬉しいなあと思って手を広げて待ってたら・・・」

意地悪言いそうな、そんな顔を不意に向けられた。
思わず、寄った距離を戻しそうになる。

「千鶴ちゃん、飛び込んできてくれないし・・・あそこは飛び込むところでしょう」
「と、飛び込むってそんなっ!!プールじゃないんですから・・・」
「それ、面白くないよ」
「うう…わかってます」

真っ赤になって俯く千鶴に、総司は君が悪い、と付け加えて楽しそうに言葉を連ねていく。

「抱きしめたくて、ちゃんと手を強調したのに…はい?って感じで無邪気ににこにこしちゃってさ」
「それはっ先輩を見つけられて嬉しかったから…」

ふいっと顔を逸らした総司に、千鶴は慌ててもう一歩近づいた。

「僕だって嬉しいけど、だからこそ・・・だよ」
「・・はい、すみません・・」
「じゃあ、抱きしめて」
「はい?」

思いっきり声が裏返ってしまい。変な声を出してしまい余計に恥ずかしいのに。
総司は小さく笑った後、そんなのはお構いなしに言葉を重ねてくる。

「僕の左手には今、お菓子の箱が、右手にはお菓子が。困ったね、これじゃ君を抱きしめられない。だから、千鶴ちゃんが抱きしめて」
「ど、どんな理屈ですか!?…それなら…私がお菓子を・・」
「これ、僕のだよ。僕が持つ。…ね、千鶴ちゃん」
「〜〜〜〜〜」

冗談めかして言ってはいるけれど、思わず言い返そうと顔をあげれば瞳は思った以上に真摯に満ちていた。

・・・抱きしめる?私から??

顔から火が出そうだと思った。
名前を呼ぶだけでもって言ったばかりなのに…意地悪だと思った。

…でも、それでも…それ以上に、この人が愛しいと、そんな気持ちが溢れて、千鶴の指先がぴくっと動いた。


「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」

思い切り背中に腕を回して抱きしめたわけじゃない。
遠慮がちに、総司の右腕に自分の両手を絡めて寄り添うように。
それでも、いっぱいいっぱいだと伝えるように、おでこをすりつけて顔を隠す千鶴。

沈黙は、言葉にならない想いになってお互いに伝わりあう。
胸いっぱいの恋は緊張して小さく震えた手から、震える睫毛から、握りしめる指先からどんどん、どんどん――


「・・・・・・あげる」

夕焼けに包まれて、ようやく発された言葉は、そんな一言。
千鶴にお菓子を次から次へ、休みなく食べさせようとする総司。

「・・・そ、そんなに食べきれないです。沖田先輩のですし・・」

抱きしめたのはこれでよかったのだろうか??
何も言わないけど、もしかしてこのお菓子攻勢は怒っているとか?不満足??

そんな不安はすぐに打ち消された。
必死にもごもご食べる千鶴に、だってさ、と総司が続けた言葉に、千鶴が思わずふふっと抑えきれない喜び笑顔にを零せば。
愛しさに溢れた笑顔がお互いを夕焼け以上に照らし合う――



『手が空かないと、君を抱きしめられない――』






END




キスなしで甘甘な沖千!!
そう思って書き始めましたが…大丈夫でしょうか??

土方さんや、斎藤さん山崎さん、薫のくだりは別に無理して入れなくてもよかったんですが…
続きらしく書きたかったので…
土方さんは何だかんだと総司さんの理解者ですね。
薫は妹大好きですね。
そんな学パロの続きを…書いてみたかったので…満足ですv

今のSSLの連載の沖千も、同じく甘甘に…っ!!頑張ります!!