アルルSS




※こちらはアルル小説『Having sincerely hoped』の続きとなっております。
 まだ読まれていない方はそちらを先にお読みになることをお勧めします。
 



『目は愛を吐く』




湖のほとりでぼうっとしながら、頬杖をつくアルバロは先ほどからたまに顔をしかめている。
その原因は…

「あっまた引っかかった!…も〜どうなってるのこの髪!!」
「俺に聞かないでくれるかな。これでも我慢してるんだけど、もう気は済んだ?」
「もうちょっと!」

とはいえ、無理な方向に時折引っ張られて痛いものは痛い。
何にでもムキになるこの性格はどうだ…

「自分でした方が早いからもういいよ、ルルちゃん」

おしまいおしまい、とルルが髪をいじろうとまだ粘るのを、無理やり手を押さえて下ろさせれば。
何故かルルはアルバロに抗議の目を向けて来る。

「…アルバロがそんな難しい髪型にしてるのがいけないんだわ!」
「ルルちゃんは自分の髪はちゃんと出来ているのにね。不器用なのは…俺の髪だからなんじゃない?」

含んだ笑をルルに向ければ、あながち否定できないとばかりに頬を染めて、それでも違うから!と言い張る。

こんな時間が退屈に思えなくて、素直に、この時間を求める自分がいる。
いつから、此処は…こんなに居心地が良くなったのか――

押さえて下ろした手はまだ掴んだまま。
薬指にはお揃いの…指輪が。
魔法など何もかけられてない、制約も何一つないこの指輪が、今は鎖以上に自分には大事なことだと思うようになっているのだから…
昔の自分が見たら何と言うだろうか。

「…ルルちゃん」

アルバロはルルの手を掬い、軽くその指輪に口付けながら、囁くように口を開いた。

「な、何っ」

こんなことでオロオロするのは相変わらずで。いつまで経っても成長しない。

「まあ俺も気をつけてはいるけど、周囲に変わった動きはないよね」

唐突にふられた話題は、ギルドの者のことだろう。
あれ以来、特に問題は起きていないけれど…

「うん、特に何も…やっぱり注意した方がいいの?」
「そりゃした方がいいはいいよね。特にルルちゃんは…騒ぎを巻き起こす天才だからね」
「ひどいっ!!…否定できないけどっ」

アルバロの言葉に、静かな、二人きりの湖のほとりの気配に、急に誰かの気配が混じっているような気がして、一瞬不安になるも。
後から付け足された軽口に、気はほぐれていく。

・・・きっと、気を使ってくれているのよね?

普段の態度にあまり変わりない様に、周囲には見られるかもしれない。
けれど、ルルにとっては…とても嬉しい、幸せな変化があった。
想いを寄せられているのだ、と…実感できる時。
一方通行ではないのだ、と遠慮なく手を繋ぐことが、本当に幸せだった。

「私はやっぱり…ギルドの人には邪魔だって思われてるの?」

少し前の事を思い出して、アルバロに尋ねてみる。
返ってくる言葉に…ちょっとだけ優しさを期待してみたのだけど…

「別に、たまたま暗殺の案件に君が踏み入ったってだけで、…それほど拘ることじゃない。
 あれで完璧主義者なんだろうね。もっと楽しんでやればいいのにねえ」
「…楽しんじゃ駄目なの!」

しれっと物騒なことを口にするのは相変わらずだった。
ルルはわざとアルバロのほどけたままの髪を、諌めるように軽く引っ張った。

「ルルちゃん、髪は首輪につけた紐じゃないんだから・・・引っ張らないでくれる」
「変なこと言うからなの!もう…」
「変なこと、ねえ…じゃあこう言えばよかったのかな…俺の女に手を出すな、と脅しつけておいたから大丈夫…とかね」

またしれっとそういうことを言う!!

途端に顔が赤くなるのがわかる。
昔はそんな言葉も冗談100%なんだ、と言い聞かせていたけど、今は…違うと思うし…うん、違う。きっとそう思って…

くれてるのよね?とそろ〜っとアルバロへとゆっくり目を移せば。
そんなルルの透けた考えなどお見通し、と言いそうな楽しげな色を、何食わぬ顔に浮かべて、ピンクの瞳でじっとルルを見ている。
見られているのを意識したら、必要以上に意識してしまうものである。

ぱっと顔を湖に移して、天気がいいわね〜と適当にごまかすルルに、アルバロは全く付きあってはくれなかった。

「まあ、さっきのことは心配ないんじゃない?…本当にそうやって脅しているからね」
「水もキラキラ光ってるし〜…って、え??」

アルバロの言葉につられてしまった時点で、もうごまかす、という手段は無理になった。
口をぱくぱくさせているルルに、アルバロは構わず言葉を続ける。

「まあ、何かの間違いだと思いたくなるけど、こうして俺は君のことが好きになっちゃった訳だし」
「・・・・・・間違いって・・あのね…・」
「一緒にいるのに邪魔なものは…先に取り払っておくのが定石ってね。楽しみを邪魔されちゃ適わないからね」

過去にいくらでも見た、嘘をごまかす微笑み、ではない。
注意を払わなくても、アルバロの言っていることが本当なのだとわかった。

「これで、当面の問題は一つだけだよね、ルルちゃん」

不意に同意を求められて、ルルには何が問題なのかわからない。

…え?ギルドの人は…アルバロが何とかしちゃってて(いつの間に…危ないことはしないでって言ってるのに!)
記憶だって戻って・・今は本当の本当に両想いで幸せで…??

ふと目に入ったアルバロの、いつもとは違う下りた髪が風になびくのを目にして。

「わかったわ!髪型ね!でもこれ難しいんだもの…アルバロ、じゃあ私とお揃いでもいい?」

至って真面目に答えたルルに、真面目だからこそ疑いたくなるということもある。

「・・・・ルル、おまえ、それはわざとか?」

片眉だけを吊り上げて、皮肉を浮かべたような顔を向けられる。
そんなことを言われてもわざとではないのだけど…と困ったように肩をすくめるルルに、アルバロが呆れを隠さずに掌を天に向けた。

「湖で二人きりですることが…髪のセット?そんな話聞いたことがない」
「聞いたことがなくても別にいいじゃない。私は楽しいけど」

アルバロの髪をいじらせてもらえるなんて、きっと私一人。
そう思うと、そんな些細なことさえ幸せで満たしてくれるのに。

幸せそうに顔を緩ませるルルに、まんざらでもなさそうな顔を浮かべながらアルバロは横目でルルを捉えて。

「もっと違うことで楽しませるって選択はないのか、おまえには」
「違うこと?アルバロが楽しいならそれで…」
「言ったな」

アルバロの素の声に、珍しく楽しそうな感情の色がついて耳に届いた。
届いた時には、背中や頭に柔らかい草の感触。押し付けられた衝撃を和らげてくれたのか、草に沈むような感覚。
アルバロと共に視界に入って、私を楽しませていた湖の景色は、いつの間にか空へと変わっている――

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こ、これは、押し倒されているの!?

「ちょ、ちょっとアルバロ!!冗談にも程があるっ!!」

アクアマリンの髪がさらさらと頬に、首筋にかかり、合間から見えるピンクの瞳は深紅の色を増していて。
ルルの頬に赤が走るのに気をよくしたのか、口元は笑ってる。

「冗談?聞き間違いか?おままごとみたいなことにずっと付き合っていたんだ、称賛されてもおかしくないだろう?」
「お、おままっ!!…」
「…ああ、傍にいて、おまえといるのは楽しくて飽きないが…」

例え、おままごとのようなお付き合いでも、別に最初は構わなかった。
それじゃ物足りなくなった理由なんて一つだけだ。

こうまで欲しいものなど、今までなかったのに――

ちょっと待って、と押しのけるルルの両腕を、いとも簡単に片手で押さえこんだ。
自由を奪う、押さえつける手とは別人のように、もう片方の手はルルの口唇を優しく撫で滑らせて。

「ルルちゃん、愉しませてよ」

急に口調を変えて、声色を変えて。
からかいめいて口元を綻ばせるのに、瞳はそうじゃない。

・・・もっと、素直に…言ってくれれば…私だって素直に、応えられるのに。

抵抗を止めて力を抜けばすぐに、手枷が外された。
自由になった両手は、アルバロにそっと添えて。

言葉にせずとも、ゆっくり瞼を閉じれば、近づく吐息。



視界が閉ざされる前にルルの瞳に焼き付いたものが、

珍しく愛しそうに細められた彼の瞳が、何より愛を紡いでくれた――






END







アルル〜!!
…これ誰?と思われた方、アルバロですよ!?

ええと、長編小説の続きというか、その後の番外編みたいなのですけど。
だからバロさんはルルが大好きだし、その気持ちは伝わっている状態ですので…

こんな感じに。

目だけは笑わないアルバロだからこそ、目が、愛しさに溢れたらすごいことです。

甘く書いたつもりですv