Noel×Lulu
襟を緩めたい…いや、しかしそんなみっともないことは出来ない!
籠る熱気に滴り落ちる汗。
こういう猛暑には寮から魔法院までの道のりだって、生死に関わりそうである。
大袈裟な話ではなく、ノエルはまさに倒れる寸前だった。
元々食べ物を受け付けなくなり、体がフラフラしだしていた頃。
同じようにバテ気味のルルを目にして。
彼女も辛いのだ。
自分と同じ夏バテならば、その辛さはとてもわかる。
彼女の為に何かできる事はないか・・と。
休日にともすればフラフラの体をおして、ソロ・モーンの魔法具店に寄っては何かいい魔法具はないかと目利きしてみたり(全敗中)
室内でせめて快適に過ごせるようなものはないかと大通りを練り歩いてみたり(めぼしいものはなく)
暑くてもこれなら食べられる!という女生徒の噂を耳にし、長蛇の列を並んで買い求めてみたり(前の人で売り切れ)
そんな努力をしてはいたのだが…
結局何も出来ないまま、ルルの夏バテは回復していて。
彼女だって、もうあんなに元気になっているんだ、僕も男としてへばっている場合ではなあああい!と一念発起して。
取り敢えず食を何とかしようと思ったのに…
エストの隣でプリンの日々が続いていた。
そんな時、ルルが持っていた怪しい荷物。
今度はそれが気になって。
自分なりにルルのことを考えて、あくせくした結果。
それはルルの物ではなく、人の物で。
問題は解決したのだが。
体力が底をついた状態で無駄にうろうろして回ったが為に。
ノエルの体はもう限界を通り越していたのだった。
「・・・何なんだ、この暑さは!魔法院がゆあゆら揺れてるじゃあないか!砂漠でもあるまいし!!」
揺れているのは自分もで。
すでに足取り覚束なくなってきている。
「誰かが、火や、光属性の魔法を下手に暴発したんじゃあないだろうな・・?」
あながち否定はできない。
ミルスクレア魔法院では何かの珍事などしょっちゅうである。
・・・・まあ、大概、原因は・・・・・
「いや、ルルは今回は何もしてないようだし」
今頃、何をしているのだろう。
そういえば最近、自分がこんな状態のせいか・・まともに話しもしていない気が――
・・・何だ?・・マントすら重く感じて――
暗い景色が段々と明るくぼやけてきて。
よくわからない天井を見つめ、ここはどこだ?と周囲を確かめようとした途端。
「ノエルっ!気がついたの!?」
自分の傍にずっといたのか、見ていた反対側からルルが突然視界いっぱいに広がって。
心配してくれていたのか、少し潤んだ瞳が嬉しそうに細まった。
「ルル、ここは・・・僕はどうして―」
「ノエル、倒れていたのよ。熱中症だって…危なかったのよ!熱だってすごくて・・意識もないし・・」
気がついて、何もなくてよかった・・と、ルルはまだ、微熱程度に熱の籠るノエルの手をぎゅっと握った。
何でだろう、覚えている筈もないのだけど。
ずっとそうして握っていてくれたような気がする―
今なら、きっと照れても・・熱がかき消してくれる、と・・
戸惑いながらもノエルもその手を握り返したのだったが。
「ノエル、夏バテがこんなに酷かったのを、気が付けなくてごめんね」
「いや、こういうのは僕の自己管理がなっていないせいで・・君が謝る必要なんてないんだ」
むしろ、今こうして傍にいてくれることに感謝しているくらいだから・・と目を泳がせながら小さい声で付け足せば。
それならよかったっとルルも嬉しそうに笑って。
「・・でも、夏バテなのにどうして部屋で休んでいなかったの?」
「・・・?いや、僕は必要最低限のことだけを・・」
「ううん。この間の週末とか、街に出て長蛇の列に並んでたってアルバロが言ってたもの」
・・・・・まさかアルバロに見られていたとはっ!!
くっ・・僕としたことが・・・
でも無事に買えていたら、ルルに渡すところまで見られていたかもしれないと思うと・・・不幸中の幸いだったのだろうか。
「それに、魔法具だって・・こういう時くらい我慢して休まないと」
「いや、それは・・掘り出し物というのは常にチェックしないとだな、手に入らないもので…」
「ユリウスも心配していたわ、すごく顔いろ悪かったって・・・」
・・・ここの目撃者はユリウスか―
ルルの為に探そうと必死だったとは言え、気がつかなかった自分が腹立たしい。
「大通りも片っ端からお店に入ってたって聞いたけど・・ノエル、そんなに欲しいものあるの?」
「いや、あると言えばあるが、ないと言えばなくってだな・・・」
「・・・ラギが不審者にしか見えねーって言ってたわよ?」
不審者はないだろうっ!!!
この僕のどこを見て不審者に見えると言うんだ!!
そんなこと言うのなら、女性を避け歩くラギの方がそうだと言ってやりたい・・・(多分負ける)
顔を赤くしたり青くしたりするノエルに、ルルはいつもの調子に戻ったみたい、とふふっと小さく笑いを漏らしながら。
「あのね、ノエルの欲しいものとか、魔法具はわからないから無理だけど・・・」
はい、と差し出されたとろとろのプリン。
「ここのお店に並んでいたんでしょう?ノエルはきっとプリンが好きだから・・と思って!」
「・・これは・・しかしすごい人が並んでいる筈じゃ・・」
それに午後の、今の時間なら売り切れているのは確実で。
それなのに、どうしてルルは――
「うん、売り切れていたんだけど・・大切な友達が倒れちゃって、どうしても一つ欲しいってお店の人にお願いしたら・・作ってくれたの!」
よかったね、ノエル。と笑顔で差し出すルル。
ゆっくり体を起して、ふらつかないのを確認したのに。
受け取ろうとした手は少し震えてる。
嬉しくて、彼女の気持ちが何より、嬉しくて――
「ありがとう・・ルル」
こんなに嬉しい気持ちを、僕は貰ってばかり。
どうやって彼女に返したらいい?
してあげたいことはたくさんあるのに、うまくいかない。
君の役に、誰よりも立ちたいと思っているのに―
『今日の午後、湖のほとりに来てくれないだろうか?』
パピヨンメサージュがルルの許にひらひらと飛んできて。
ノエルからのメッセージにルルは顔を明るくした。
熱中症で倒れた後、徐々に体調を戻していたノエル。
一緒に帰ったり、食堂で話したり。
そんなことはあったけど、のんびり話すような時間は持てていなかった。
外で時間を長く過ごせるくらい、回復したってことよね。
よかった…
また、きっと素敵な魔法具を見つけたんだ!と教えてくれるのかも。
そう思いながら時間を過ごし、授業を終えて湖のほとりに向かうと・・・
「ルル、こっちだ!」
「ノエルっ!何していた、の・・・・・・・わあっ!!」
湖のほとりにある木々の枝には、葉が溢れんばかりについていて。
その重みのせいか、枝がしなって地面に向かって下がっており。
緑のカーテンが、暑い日差しをカットして、
合間合間にたまに漏れる木漏れ日が、日中に出来た森緑の闇に光る星のようにきれいで。
「すごい・・・・きれいね・・・」
「きれい?」
ノエルとしては暑さ対策の為に、湖のほとりの傍の涼気を、さらに緑のカーテンで風は通し、熱もシャットダウンして。
快適に〜と思っていたのだが。
ルルは違うところで感動したようだ。
「・・・きれい、か。なるほど。プラネタリウムのようにも見えなくもないな」
「うんっ!すごいノエルっ!これどうやったの!?」
「ふふん、これはだなあ。僕の魔法でこの周辺の木々の成長を促してやったんだ。まあ口で言うのは簡単だがその微調整は中々難しい」
さすが僕!と得意気なノエルに、ルルもうんうんと頷いた。
「本当にすごいわっ!私はこんなこと考えつかないしできないもの!」
「・・ま、まあ僕もこんな結果になるとは思っていなかったんだが・・」
ルルに出来る事を考えて。
自分にできることを、精一杯しようと・・・
背伸びせずに、今の自分にできる事を。
結果、ルルは・・・満面の笑顔で喜んで。
嬉しそうに、空を見上げてる。
「君が喜んでくれて・・よかった」
何とか、格好ついただろうか。
やっぱり、ルルには・・少しでもそういう男に見て欲しいと思うから。
「・・・喜ばせ過ぎだと思うのっ!呼んでくれて・・ありがとう、ノエル」
微笑を湛えているルルに、遠慮がちに手繰り寄せた手。
空ばかり見ていた君が、赤くなった顔で僕を見上げる――
END
「いつもその笑顔を見られるように、もっと、もっと――」