Est×Lulu




今年の夏はいつも以上に暑くて、動くことが煩わしくて。

人との関わり合いなんて殊更勘弁して欲しい。
人と目が合わないように、焦点をずらして。
最低限のことだけをする為に、授業に出て。

そんな日常の繰り返しを僕は望んでいるのに。

何故か、食堂の片隅でへたっているあなたは目について。

それでも、放っておこおうと目を瞑り見ない振りをしていたら。

あなたはまた厄介なことをしていそうで。

体はだるくて、歩き出す最初の一歩さえ、面倒だと思うのに。

気が付けば、いつものように巻き込まれていた――




蓋を開ければ、やっぱりくだらないことで。
馬鹿らしいと思いつつも、戻る足取りは心なしか軽かった。

戻って来た、いつも通りの日々。
それは、あの人が、ルルが…

僕にあの明るく突き抜けた声で、僕を呼ぶ日々。

「また、サラダだけ食べてる」

もう、それだけじゃ栄養は足りないのよ!と言うルルに、エストは言葉も返さず。
もそもそ、と作業のようにサラダを口に運んだ。
何故か、ルルは自分の横に…腰をおろして。

今のルルには香ばしいにおい、エストには苦痛であるにおいを漂わせてくる。

「一緒に食べてもいい?」
「ルル、聞くのであれば、座る前にお願いします。・・・・・それにどうせあなたは、僕が嫌だと言っても座るのでしょう」
「うんっ」

何が嬉しいのか、声を弾ませて。
そのまま、いただきます。とこちらが食欲を減退させるほどの食べっぷりで。

「ね、エスト。この間は心配かけてごめんね」
「別に、あなたのことを心配した訳じゃありません。あなたに謝られる必要はありません」
「そう、じゃあ・・ありがとうっ」
「御礼を言われる筋合いもありません。僕は何もしていませんから」

サラダを運ぶ手はゆっくりと気だるそうなのに、言葉は間髪入れずに返って来る。
ルルはちっともその言葉に堪えていないのか、スープを口に運んでいる。

「でも、あそこまで荷物を確かめに来たのは本当だもの!何もしてないことはないわ」
「・・・行っただけで、役には立っていないでしょう。騒ぎを大きくしただけです。大体、そんな言葉はいりません。放っておいてください」

ああ言えば、こう言う。
これだけ素直に突き放しても、彼女は引き下がらない。

「でも、放っておけば大事になるかもって思って・・駆けつけてくれたんでしょう?その気持ちに御礼を言いたいの」

ただ、向かっただけで…
やっぱり、彼女がバテている時に余計な口を出さなくてよかったと今更ながらに思う。
下手に手助けをしていたら、この比じゃなかっただろう。

「・・・御礼を言う前に、少しは自分の行動を振り返ってはいかがですか」
「私の行動?」
「大体、あなたが不用意にあの荷をそのまま運ぶから・・・目について問題になったのでしょう」

もっと隠密に出来なかったのか。
変な輩に目でも付けられたら・・とか、そういう危機感は彼女はこれっぽっちも持ち合わせていない。
ああいうものに入っているのは、大体が貴重なもので。
ここにはそういうものに目がない、狂人的な者だってたくさんいる。

たった一つの荷で、自分が思ったより心配していたことを急に自覚して、エストが口籠った。
その瞳は、普段の無表情には程遠く、いつになく戸惑った顔。

「ごめんなさい。そこまで頭が回らなくて…」
「…それだけ糖分を取っているのですから、もう少し脳には回る筈ですよ。言葉だけじゃなくて、次からは行動で示して欲しいものですね」
「うん、わかったわ!」

その返事がもう、次もやらかすことを約束しているような・・・そんな神妙性の全くない声で。

エストは溜息を吐きながらフォークをトレイに乗せて、その場を去ろうと思ったのだが―

「・・・・・・・・」
「エスト、もうごちそうさま?」

エストの様子にルルが心配そうに、食べなきゃダメよ。と顔を覗きこんでくるが。

最初の勢いはどこへやら。
ルルのトレイのご飯もあまり減っていない。
食べようとする元気はあるようなのだが、体が受け付けないのかもしれない。

よくよく見れば、顔色も笑顔でごまかしているような…
袖から出た腕は、あまりに白くて細くて。


・・・・・・・ああ、そうだった。この人は・・・・

自分のことには鈍感で。
なのに人のことには妙に聡いところがあって。
他人を思いやる、自分にはわからないことを優先しようとするところがある。

彼女の精一杯の空元気に。
甘えて言いたいことを言っていたのは自分だった。


「・・・・・ルル、人のことを言えないのでは?あなたも進んでいるようには見えませんが」
「え?そう?そんなことないっ熱いから少し冷ましていたの!」

トレイに乗せられたサラダや冷製スープ、デザートはもともと冷えたもの。
唯一の温かいメインのチキンソテーももう湯気すら出ていない。

「下手な言い訳ですね。無理して食べる必要があるとは思えませんが」
「無理なんて・・・」
「・・街の大通りにスープの専門店が出来たようですよ。そこのものなら食べられるのではないですか」

先ほどからの様子だと、スープなら食べられそうな感じを見受けられて。
だから、教えた。
それだけの話。

「エスト・・ありがとうっ本当はまだちょっとしんどい時があって・・」

ぱっと顔を輝かせて、縋ってきそうな雰囲気のルルに。
一歩後退してもう部屋に戻ろうと思ったのに。

やっぱり捕まえられて。

「じゃあ、今度の日曜日、一緒に行こうっ」
「・・・・・どうして、一緒に、になるのか僕にはわかりません。ルルお一人でどうぞ。僕は遠慮します」
「だめっ!だって私一人じゃ場所がわからないもの」

・・・・・場所くらい、探せばいいだけの話だと思ったけど・・・

「それなら、他の人を誘って行かれたらいかがですか」

僕じゃなきゃいけない理由なんて、どこにもない。
あなたには、一緒に行く人なんて、いくらでもいる―

「だって、エストが教えてくれたんだし・・・エストが私を連れて行く責任があるの!」
「・・何ですか、その無茶苦茶な理論。ユリウスじゃありませんが、意味がわかりません」
「うっ・・いいの!それにエストだって食べられるスープがきっとあるわ!」
「頼みますから、ルル。僕にはそんな気は…」

僕の訴えなど無視して。
自分の意思を押し付けてきて。

「食べて、一緒に、元気になったら・・また次も二人でお出かけ出来るもの」

ね?と微笑むあなたに、これ以上どう言えばいいのか。

僕に残された選択肢は、諦めて頷くだけ。

週末までの時間が、急に長く感じられただなんて、きっと気のせいだと言い聞かせて――






END











「スープだけの筈では?」
「だって、スープ食べて、元気になったから!おいしそうだったし!」
「そうですか・・・・・・・っ!?僕はいりません」

「・・おいしいのに〜」
「・・・ルル、口についてますよ」
「え、本当?どこ?取って・・「取りません」

くだらないやり取り。・・・・そんなことが、どうしてこんなに――