Bilal×Lulu
湖のほとりに、ほんの少しの涼みを求めて訪れた。
本音は泳ぎたいというのもあるのだけど…
水を手で掬い、掌に留まらずに水面に零れ落ちる様子を眺めて。
いつもの穏やかな表情を少しだけ崩した。
ここでやらなければならない大切なことがある。
思うようには進まず、まだ祖国には当分先のようで、目星すらつけられそうにないが―
思考に陥りかけたビラールの耳に、茂みをかきわける音が届いた。
あんなに急いでこちらに向かって、自分を探しているのだろうか?
傷でもついてしまっては―
「ルル」
立ち上がれば途端に長身がその居場所を知らせてくれる。
ルルはその姿を見つけると、「あ、そこにいたの!」と一直線に駆け寄って来た。
過ごしやすい格好ではなく、今日はマントをしっかり着こんでいる。
前までガッチリ、体を覆うように…
「どうしたんデスか?今度は風邪でも・・?」
「ううんっ違うの。・・日差しが強いから、日焼けしないようにと思って」
くるくる表情が変わるルル。いつもの元気を取り戻しているのがわかる。
ビラールはルルの頭に優しく手を置くと、そっと撫でた。
「・・・ビラール?」
「・・ふふっさっきルルが駆け寄って来るのを見て、本当に元気になったと安心しまシタ」
「・・・ビラールは何だか元気じゃないみたい。何か、あったの?」
自分の憂い事は、日頃表情態度に出ないように心掛けている。
ルルが来てから、すぐにいつも通りにしたと思ったのに…
「何も。少しぼうっとしていただけデス」
「そう、なの?・・・でもわかるわっぼうっとしている時間、私も好きだもの!」
「そうデスね。穏やかな時間は癒しにもなりマスし…」
「うん!それに、気付けなかった些細なことに気が付いたりする時もあって、そういう時は得した気分になるわよね!」
ルルの言葉に、なるほど。と納得して。
こんな切り返しがたまにハっとさせられて。
「でもワタシは・・それよりももっと、あなたと話す時間が大切デス」
「・・・・・・あ、ありがとう・・」
急に黙りこんで照れて。
困らせるつもりはないのだが、本当に思ったことを伝えれば、こういう言葉になってしまう。
いつの間にか、祖国を思う心に入ってきたかわいい花。
ビラールは笑みを深くすると、ルルに隣に座らせて、自分も腰を下ろした。
「それで…ワタシに何か用があったのではないデスか?」
「あ、そうなのっビラールが取り寄せてくれたあの衣装…」
「ハイ。もう着てみまシタか?」
あの日見られると思った、ルルのファランバルドの衣装を繞った姿。
結局皆があそこに駆けつけて、ちょっとした騒動になったことで見られず終いだった。
きっと、王宮の…姫君が着るような衣装よりも。
踊り子のような動きやすい、見た目かわいらしいものを喜ぶと思ったからそれを取り寄せたのだが―
いつか、前者の衣装を―とも思う気持ちがないと言えば嘘になる。
「うんっ!アミィも衣装のこと、すっごくかわいいって言っていたわ!」
「かわいいのは、ルルのことではないのデスか?」
きっと似合っていただろうと、間近にその姿を見ることが出来たアミィを羨ましく思う。
「・・・それでね?その、学院内では・・制服じゃなくても私服大丈夫でしょう?」
「そうデスね」
「だから、実は・・・下に着て来たの!ちょっとそれだけで歩くのは目立ちそうだったから・・・」
マントをガッチリ着こんでいた本当の理由。
そんな簡単なことに今まで気が付かなかった自分に、ビラールも苦笑いを浮かべた。
「ハイ。是非、ルルの姿を拝見したいデス」
「・・そ、そんな大袈裟なものじゃないんだけど・・」
ルルは恥ずかしそうに俯きながら、ゆっくりとマントを外した。
すくっと立ち上がって、どうかな?とかわいらしくポーズを作って。
・・・・・これは・・・思っていた以上に――
「ハイ。とても似合っていマス。ルルはどんな服でも着こなしてしまいマスね」
「本当?似合ってる?」
踊り子のように、身軽にその姿態を動かして。
こういう服着たの初めて!と喜んでいるルル。
ここは湖のほとり。
丁寧に舗装された場所ではなく。
そんなことを気にしていなかったルルは、案の定泥のぬかるみに足をひっかけ、
そのまま湖にまっさかさまになる所だったのだが…
「・・・大丈夫デスか?」
「・・・うん、あ、ありがとう」
こうして、抱きあげてもらったのは何度目だろう?
いとも簡単にルルをその腕で救って。
じっと見つめてくる優しい瞳に、胸が勝手にドキドキする。
「こんなに近くで、この姿のあなたを見れて・・私は幸運デスね」
「っ近くで見ても遠くで見ても変わらないわ!・・ビラール、その、そろそろ下ろして欲しいの」
「まだ、だめデス」
「ど、どうしてっ!?」
ルルを抱えたまま、ビラールはゆっくりと足を進めた。
このままどこに連れて行かれるのか、ルルは戸惑いながら手足を所在な下げに揺らしているけど。
「今、下ろしたらきっとまた転びそうな気がするノデ」
「転ばないっ!・・・多分」
自分でも自信なさ気に返事をするルルに、それではもっと平らな所まで、と一歩、また一歩。
ゆっくり木漏れ日の中を進んでいく。
あなたは知らない。
祖国のことで気持ちが沈んでいる時。
何も進んでいない現状に、気持ちが押しつぶされそうになる時。
今私の背中に回された、その小さな縋る腕に…縋っているのは私の方だということ。
そんなことで、心に愛おしい安らぎをもたらしてくれているということ―
END
「このまま、連れ帰りたくなる――」